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ICUC-145_2023.01.29【是非に及ばず】ICUC知的好奇心向上委員会

【ICUC知的好奇心向上委員会】の私の知的好奇心の向上&趣味の文字起こし。I see, You see ! Intellectual Curiosity Update Committee !

角田陽一郎145「是非に及ばず」ICUC知的好奇心向上委員会

数日前、お皿が割れた。まるで陰と陽が岐れるように。
そんな朝、そんなメールが届く。
諸行無常、致し方無し、是非も及ばず
陰陽は変化し続ける。

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映画『THE LEGEND&BUTTERFLY』観る。自分的には予想外の展開だった。
人生をどう解釈するか?
歴史をどう見立てるか?
生き様をどう見せるか?
それは織田信長のであり、木村拓哉さんのであり、綾瀬はるかさんのであり、大友啓史監督のでもある。

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日本画家片岡球子・面構(つらがまえ)展。高田純次さんが好きだというのを聞いて興味も抱き終了直前に伺う。
小学校教諭をしながら描き続け何回も落選した落選の女王、100歳を超えても描き続けた。彼女が描いた各人の面構に人生が滲み出る。

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頑張ってるだけだと評価されないってあるけど、頑張ってるだけだけど評価されてもいいような気がする。じゃ無いと頑張ることが無価値化してしまって、頑張ってることが阿呆らしくなってしまう世界は、結果、結果もダメになってしまう気がする。そもそも結果が出るかどうかは、また別な話だし。
なんていうか結果とか成果って求められるんだけど、で求められる意味もよくわかるんだけど、なんかそれでもそんなこと最早どーでもいいような気が年々歳々増していく。役立たずでくだらなくてセコくてなんならそんなに意味のない人生でも、それと逆でもなんでも所詮たいして変わらないとでもいうか。
で、そんでも頑張ってる人って、なんか滑稽じゃないですか。愛おしいじゃないですか。
そんな頑張ってる人が好きなんですよ。
そんな頑張ってる人生が美しいんですよ。

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角田陽一郎 オフィシャルwebサイト

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動画の内容(+文字起こしメモ&感想)

解釈の解釈

 おはようございます。知的好奇心向上委員会でございます。1月の、29日。もう1月も終わりですね(笑) 早っいなぁ。うん、未来のこと考えてると早くなっちゃう。あ!来週の事を考えてると早くなっちゃうって言ってましたけどね、誰かが。あ、僕が(笑) んふふ!先週?先々週?に。うん…考えてなくても早いんだな(笑) いや、もう1月も終わりということでね。1月最後の日曜日でございます。
 毎週これ話してはいるんですけど。で、基本話すこと…大したこと話してないんですけど。今週はですね、うぅ~ん、そんなに話したくない気がしてて。んふふふ。実はもう30分ぐらい前ぐらいに始めようかなーなんて思ったんだけど。何話そうかなぁ…みたいな。って思ってタイトルは『是非に及ばず』ってタイトルにしたんですけど。
 この是非に及ばずってあれですよね、織田信長が本能寺の変で明智光秀に責められたのを知った時に「是非に及ばず」と言ったという話。致し方ないって意味ですか、みたいな言葉だと思いますけど。何でそんな事を思ったかと言うと。『THE LEGEND&BUTTERFLY』ですか。これね、木村拓哉さんと綾瀬はるかさんの映画を昨日観てきてですね。それで…それだからそういうタイトルにしてるわけじゃないんですけど。これねぇ、カッコいいし、美しいですね。まあ、これを観てきたんですよ。(笑)いや、だから別にそれで『是非に及ばず』かっていうわけでもないんだけど。うん、まあそんな話からいこうかなーと思うんですけど。

 う~ん、なんだろうな。やっぱりね、前の前の週にお話した高橋幸宏さんが亡くなった話をしたんだけど、その辺からずーっと、なんか僕の中で引きずってるのかなと思うんですけど。織田信長っていうのも天下布武というかね、国を…一つにまとめようと思ってたのかな?彼は。まあだから戦国大名のトップに行く途上で部下に謀反を起こされるわけじゃないですか。
 でね。それって、じゃあ仮に部下に謀反を起こされなかったらどうだったのかな?って思った時に、どっちでも一緒ですよねぇ?(笑) どっちでも一緒ですよねって言うのは、いやいや、あの…歴史は変わりますよね。歴史は変わると思うんですけど。その人の人生っていい事が起こっても、悪い事が起こってもなんか一緒なんじゃないかなーなんて、ちょっと思っちゃったりしてて。だから是非に及ばずって本当に言ったかどうか知らんすけど、是非に及ばずって言うのは、致し方ないっていうのは、まあ頑張ったし、仕方ないよねっていう。うん、なんか悔しいとかじゃないわけですよね?きっとね?後悔でもないわけですよねぇ。なんかそれってすごい示唆に富んでるなーって思ったりするわけです。なんかそんな事をね、映画を観ながら思いました。
 なんか映画の感想はね、まあ人それぞれだと思うんで。まあ、歴史人物じゃないですか、信長ってね。で、濃姫ってね、よく分かってないんですよね。だって濃姫って名前じゃなくて美濃から嫁いだから濃姫なんですもんね。だからそんなに分かってないから、逆にどういう風なストーリーを作っても、それはもう古沢良太さん次第なんだろうなーと思ったりして。で、あ!今回はこういう描き方なんだっていう意味では、なるほど!って思わせて頂いて。
 それってね、まさに今日、さっき、数時間前に「どうなる家康」?あ、「どうるす家康」?あれ?「どうなる家康」?(笑) 松潤さんのね。それもさっき観てましたけど。あれも古沢良太さんですからね。それで…うん、だから、つまりこう、解釈なんだなって思うわけですよね。その歴史的事象というか人物をどう描くか?っていう解釈って、面白いなーて思って。
 で、まさに今日の大河ドラマってね。信長と家康が話すシーンで。その戦いに勝ったか?負けたか?ってのをどう解釈するか?なんてことをまさにやってましたけども。面白いですね。そのストーリーの中でどう解釈するか?みたいな事を言っているその作品自体がその人物をどう解釈するか?って事で紡がれてるんだよなーなんて思ったりして。
 で、そうするとそれが本当に歴史上にいた人物を描いているか?あるいは全くフィクションなのか?みたいなことも、結局『是非に及ばず』というか。どっちでも一緒だよなーと思ったりしてね。その人が作る作品って、それが良いとか悪いとか、好きだ嫌いだみたいなことは当然あるんでしょうけど、どう解釈するか?なんだよなーなんて思うと、なんかどっちでもいいんだろうなーなんて、すごい思ってるんですよね。

陰から陽から

 で、この「どっちでもいいんだよなー」っていう思いって。なんか、う~ん…、悪く捉えると無力感みたくなるじゃないですか。良く捉えると達観とかとも言いますよね。うん──なんかね、達観なのかも知れないですね。…いや。でも達観しちゃうとまたそれはそれで面白くないですよね?人生ね…。うん、そう、なんかそんなぐにゅぐにゅ気持ちなんですね。なんかね。

 今日インスタに上げましたけど。何日前だったっけなぁ?3日前くらいだったけなぁ?いつも、いつだか分かんないけど、皿が割れたんですよ。なんか真っ二つにね。で、真っ二つに割れたんですけど、インスタに上げてますけど、この真っ二つに割れた感じが、なんか太極図、陰陽の。陰陽道のね、太極図みたいに割れたりして。で、陰から陽に、陽から陰に変わっていくわけですよね。だから何か良いことがあってもひゅぅっと悪いことに繋がってるし。悪いこともひゅぅって良いことに繋がってるよなーなんて、すごい思ってるわけですよ。
 で、思ってるなーなんて思ったらね、そう、今日、本当に朝パッて目覚めたら、そんなに良くない連絡が来て。うわぁーとか、結構思ったんだけど。そうだけど、是非に及ばずじゃないんだけど、致し方ないよなーなんて思っちゃうとですね…、致し方ないんだよなーなんて思ったりして。んふふ。なんかすごいグルグル回ってますね。そう!あの…致し方ない。うん。なんかね、そんな事を思ってるわけです。

頑張ることの滑稽さは美しい

 あのー、何だっけ?いつ書いたっけな?…そうそう、そうそうそう。金曜日の夜にね、ちょっと書いた文章を読まさせて頂くとですね。

頑張ってるだけだと評価されないってあるけど、頑張ってるだけだけど評価されてもいいような気がする。じゃ無いと頑張ることが無価値化してしまって、頑張ってることが阿呆らしくなってしまう世界は、結果、結果もダメになってしまう気がする。そもそも結果が出るかどうかは、また別な話だし。

なんていうか結果とか成果って求められるんだけど、で求められる意味もよくわかるんだけど、なんかそれでもそんなこと最早どーでもいいような気が年々歳々増していく。役立たずでくだらなくてセコくてなんならそんなに意味のない人生でも、それと逆でもなんでも所詮たいして変わらないとでもいうか。

で、そんでも頑張ってる人って、なんか滑稽じゃないですか。愛おしいじゃないですか。
そんな頑張ってる人が好きなんですよ。
そんな頑張ってる人生が美しいんですよ。

https://www.instagram.com/p/Cn68TLDy12P/?utm_source=ig_web_copy_link

 って書いたんですけど。これ何で書いたかって言うと。そう思ったからなんですけど。
 その日の夕方にですね、GMOさんがやっている渋谷futureというイベントにですね、お呼ばれして。まあちょっと見てきたんですよ。全部居たわけじゃないんですけどね。そこで論破王ひろゆきさんと空飛ぶ車の開発者達が話したりとか。Web3について話すみたいな事なんだけど。まあ、その前にGMOの熊谷さんと渋谷区長が話すみたいな事とかがあったりして。渋谷に空飛ぶ車が最初に飛んだら面白いですよねーみたいな。区長、何とかしてくださいよみたな。一企業じゃ出来ないですからーみたいな。いや、国交相がありますから…みたいな話をして。へぇ~とか思って。
 その後ひろゆきさん登場して。で、もう司会の人はひろゆきさんの論破するところが見たいから、論破して頂きましょう!みたいな事を振るんだけど。論破して頂きましょうって振る感じとかが何か、どうかなーなんて。僕の主観ですけどね。
 と思いながら空飛ぶ車ってこういう利点があるんですよってところを、ひろゆきさんがいちいち論破してて。全くひろゆきさんの仰ってることは、全くその通りだなと僕も聞きながら思ってて。空飛ぶ車があったらいいけど、本当に空飛ぶ車がすごい活躍する時代が来るのかなぁみたいなね。まあそんな事を言ってたわけです。
 で、そう思った時に、熊谷さんなんて僕より年上ですし。僕より年上の方もいたのかな?でも何となく30代40代の方がわーっといて。もっとこうした方がいいって言う…こうやると輝ける未来があるっていう話を聞いて。うん、だから、輝ける未来に対してこういう事をやりましょうてっていう話を聞いてたらですね、その事に対して否定も肯定もないんですけど、さっきのね、頑張ってるだけだけど評価されないってあるけど、頑張ってるだけだけど評価されてもいいような気がするっていう事をなんか思ったんですよね。

なんていうか結果とか成果って求められるんだけど、で求められる意味もよくわかるんだけど、

 例えばそれが空飛ぶ車で言うとね。空飛ぶ車がすごい成功するとかね。利益を産むとかね。みんなが幸せになるみたなことが求められるんだけど。で、求められる意味もよくわかるんだけど。

なんかそれでもそんなこと最早どーでもいいような気が年々歳々増していく。

 っていうのは、なんか…それをみんな目指して開発者は開発するんだろうけど。それが仮に失敗したとしても──いや、成功したらそれは成功したでいいけど。失敗しても、その人は失敗したなと思いながら、その行為を一生懸命やっていることって、ひろゆきさんが論破しようが論破に負けようが、なんかどっていでもいいような気がする…ような気がしちゃったんですよね。

 それってだから本能寺で信長がね、謀反を起こされて死んじゃうわけですけど。そっちでもよかったり、そうじゃなくてもいいんじゃないかなーみたいな。うん、なんかそんな様な事を思ったりしたんですよね。なんていうかアレじゃないでか。──なんて言うんだろうなぁ、この、この思いをなんか形にしたいなーとは思いますね。で、形にするっていうのは、もしかしたら、こういうICUCというYouTube動画で喋るとか、その事をダイレクトに文章にするというよりも、本当はそれをさっきの解釈じゃないけど、作品としてその解釈を伝える、みたいなことがやりたいのかなぁなんて。

生きるとは想いを作品に落とし込むこと

 うん、今日も本当はね、今日は1日このLAS(ラス)──何でLASって言うかは、ええーと、いつだったっけ?1月の最初の回とか見ていただければ──ここのLASに篭って作品を作ろうかなーって思ってた時に。思ってた矢先にね、ちょっと朝、ほら、そういうメールが来たものだから。急にやる気もなくなり、ね。なんだよ!もう!せっかくやる気起こそうと思ってた時に、そんなメール来やがってぇとか、ちょっと思いながらね。やる気ないなぁなんて思いながら。でも何となく机に向かってたんですけど。

【LASとは】
角田陽一郎142「紅白歌合戦の酷評と誘惑幻惑効果に抗う」ICUC知的好奇心向上委員会

https://youtu.be/wRLOFwLD74w

 で、昼間はちょっと散歩するかっつって、海に直接行くバージョンじゃなくて、山に行ってから海に行くっていうロングバージョンで今日は歩いてみたりして。で、歩いてる時につらつら、つらつら、考えてた時に。是非に及ばず、是非もなしというか、そう思った時にね。それでも…じゃあ僕が、僕がって言うか、みんなが生きていることって何なんだろうなーなんて思うと。なんかそういう想いみたいなものは、想いをダイレクトに…じゃないんだけど、想いを作品に落とし込むことかなーみたいな事を思ったんですね。

全部飲み込もう
そして受け入れよう
そしてそれを吐き出そう
それが作品を創るのだ
それが世界を生み出すのだ

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是非に及ばず。しかし人生は続く。

 みたいな事をね、なんかさっきちょろっと、その行きながらちょっとメモったりしたんですけどね。なんかそんな事を思いましたね。

片岡珠子展「面構」

 あとあれですね。まさに昨日か。ホント今日までしか…今日までだから終わっちゃったんですけど。これ見に行ってきたんですよ。

 片岡球子さんという、2008年に亡くなったのかな?103歳で。103歳で亡くなった日本画家の片岡珠子展で。「面構(つらがまえ)」って書いてありますけど。なんて言うんですか?面構えのこう…(展覧会図録を見せながら)今のは葛飾北斎ですけど。そういう様に面構えをですね、描いてるんですよ。雪舟とか描いてる。僕ぜんぜん知らなかったんですけど。…山東京伝、浮世絵師とかね。あと武将とかもまさに描いてて…あ、信長あったっけな?あの…家康とかはありますよ、足利尊氏とかね。歌舞伎役者とか。そういう面構えを描いてるんですけど。
 これもね、たぶん60歳になってから。100歳、もう亡くなる直前まで描かれてたみたいだから──これとかすごいな。こっちが家康だそうです。面白いでしょう?ほら、面白いんですよね。
 で、この方もね、60歳にこの面構えシリーズを始めたって言ってましたけど。それまでね、ずーっと小学校の教員を横浜でやられてて。「小学校教諭をしながら描き続け、何回も落選した。」そういう出展しても。落選の女王なんて言われてたんだけど、30代半ばくらいで認められて。でもそれでも50歳ぐらいまではずーっと教諭をやりながらね。で、そこから描き続けたんですって。
 僕ぜんぜん知らなかったんですけど、日曜美術館かな?お正月、日曜美術館に高田純二さんがゲストで出てて。で、この片岡珠子さんという人を高田純二さんが好きで。なんか一枚絵を買いましたみたいな話をしてて。で、ちょうど横浜そごうで、そごう美術館でやってるっていうんで、ちょっと観てくるかと思って、観てきたんですね。
 で、そうするとね、さっきの雪舟とか、葛飾北斎とかね、面構えを描くんだけど。たぶん彼女の、想像っていうか、解釈ですよね?さっきの話で言うと。解釈して描いてるんですよ。誰だったっけな?実際の顔が分からない人もこういう顔なんじゃないか?みたいな感じで解釈して描いてるみたいなね。うん、そういうのもありましたね。…誰だったっけな?そういうのって、だから面白いなーと思うんですよね。うん、でもそれでいいんじゃないかっていう事というか。それってなんかすごい面白いなーなんて思ったりして。
 で、まさにね、それを100歳超えてまで描き続けるっていうのって、なんか、すごくないですか?
きっと是非に及ばずっていうか、色んな事があったんだろうなーなんて思うわけですよ。さっきの落選の女王なんてあだ名が付くぐらいだったりすると言うか。なんか、誰にも認められず、とかね。色んな思いとかあったんだと思うんですよね。でもその色んな思いがあったから60くらいになって面構えというので人物を描いてる時に、それはもう想像って言うか、人生の深みみたいなものって、結局そういうウジウジした思いみたいなものがあるからそれが絵に出てきて、面に出てくるって言うかね。だからその面構えの面の顔っていうのは、そのモデルというか、その人の面なのか?片岡珠子さんの面なのか?っていう様な事がすごく思われたりして。
 で、その後、『THE LEGEND&BUTTERFLY』観てきたんですけど。つまり、その是非に及ばずって思ってる信長って──ああ、そうそう。それもインスタに書いたんで読まさせて頂くと。

映画『THE LEGEND&BUTTERFLY』観る。自分的には予想外の展開だった。
人生をどう解釈するか?
歴史をどう見立てるか?
生き様をどう見せるか?
それは織田信長のであり、木村拓哉さんのであり、綾瀬はるかさんのであり、大友啓史監督のでもある。

https://www.instagram.com/p/Cn_I6zoSa9n/?utm_source=ig_web_copy_link

 そして、もしかしたら関わってる全ての製作者のでもあり。もしかしたらそれを観た観客のでもあるって言うか。
 うん、だからあの『THE LEGEND&BUTTERFLY』という作品もだし、その中で信長と濃姫をこういう風に解釈し、こういう風に見立て、こういう風に撮影し、こういう風に映画を作ってるというのが、うん。それってね、木村拓哉さんという大スター、木村拓哉さんという人生がどう解釈し、どう見立てるか?みたいな事かも知れないし、とかね。それって片岡珠子さんがその人物をどう解釈して、どう見立てて、どう描くか?みたいな事なんだろうなーなんて思ったりしますよね。
 で、そうすると、さっきのと言うか、元々話してたお皿が割れたって話じゃないんですけど。そのお皿が割れたって事をどう解釈し、どう見立て、それをどう僕が思うか?って事とか。なんかこうそういう連絡が来たみたいな事とかをどう解釈し、どう見立て、どう行動するか?みたいな事って、なんか一緒のことだなーなんて思ったりしてね。
 うん。で、そんな思いみたなものが信長の言った「是非に及ばず」って言葉なのかなーなんて、すごい想ったりしたんですよね。

アイドリングタイム

 で、別にその片岡珠子さんを観たのと、『THE LEGEND&BUTTERFLY』を観たのも、その日に決めたんですよね。ちょうどその日、書いてますけど。土曜日まさに朝方に出したのは、

考え始める前にも、アイドリング(空ぶかし)って必要。
なので、今日はアイドリングタイムにすることにする。
なにもしてないわけではない。
アイドリングをしてるのです。

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 って書いたんですけど。うん、なんかそんな気持ちって言うかね。だったんですよ、土曜日。で、そんな感じであえて考えるのを、積極的に考えるのをやめようって思ってて。で、だから日曜日、頑張って考えようと思ったのが今日だったんだけど。そうしたらそんな気分でもなく…みたいな事なんだけど。結局そのアイドリングタイムで片岡珠子さんの『面構』を観て。『THE LEGEND&BUTTERFLY』観て、みたいな。
 なんかそれって「是非に及ばず」って言うかね、なんかそんな感じがすごいするんだよなーなんて思ったっていう事かも知れないですね。で、そうなったのも、もしかしたら前日にGMOの渋谷futureというイベントで話を聞いてたからとか。なんかこう全部繋がって来ますよね。自分の想いが流転する感じって言うか。それが…分かんないですよ?悲しい事だったり、怒りなのか、愛おしいって感じなのかも知れないし。寂しいかも知れないし。楽しいかも知れないしね。面白いとかかも知れないけど。まあそういうのは何か分からないですけど。ただそういうモノみたいな、ぐにゅぐにゅしたものが流転していくことはもう是非に及ばずだし。それでいいんじゃないかなって言うかね。それがなんかどっちでもいいんじゃないかなって僕が書いた事の趣旨なのかも知れないですね。
 で、どっちでもいいから、じゃあ頑張らなくたっていいじゃんって意味では、当然頑張らなくてもいいんだけど。でもその中で、ま、頑張ってみようかなって思ってる人とかが成果を残すか?残さないか?なんて事は、それは残した方がいいけどね。信長とか見てるとさ、秀吉とかは目立ってますけど、滝川一益とかさ、前田利家とか秀吉とかは目立ってるけどさ。丹羽長秀とか出てくるわけですよ。そうだよな…、あの人たちもすごい武将なんだよなーなんて思いながら。圧倒的に今の人と違ってね。まあ歴史好きは知ってるけど、まあそうでもないじゃないですか。
 でも今の僕らが丹羽長秀をどう思うかなんて事は、丹羽長秀さんには関係ないじゃないですか。信長怖いとか。今度はあそこを征伐しなきゃなとか。なか伊勢志摩を征伐したんでしたっけ?確かね。滝川一益って関東でしたっけ?桶狭間で信長が滅ぼされて、あたふたするんですよね、確かね。で、その後、秀吉にやっつけられちゃうっていうか。うん…是非に及ばないじゃないですか、そういのって。うん、なんかそんなことかなーなんて思いますね。

2月いっぱいで最終稿にする

 ──うん、いや、まあ。1月も終わるわけで。ちょっとね。あ、そうそう。それこそ金曜日、木曜日とかはね、1月に、年末年始に書き上げた本を編集者とね、色々ディスカッションして。こういう方針でいこうみたいなのを決めて。なんとか2月いっぱいで書き切る…だから最終稿にするぞっていう話をしたりしてね。で、そのためのアイドリングっていう意味だったのかも知れないですけどね、昨日とかもね。うん──ふぅぅ~、──うん。でも、是非に及ばずって言ってるって事は、是非に及んでるのかも知れないですよね?本当はね!んふふふ!その執着というか、拘りというか、わだかまりみたいなものも、またあるから。その想いがどう解釈するか?みたいな事の1つの原動力になるんだろうなーなんて思ったりもしますね。
 うん。はい。何言ってんだかって感じですけど。────そんな感じですかね?今日はね。はい。1分早いですけど、今日はそんな感じで。終わりにしたいと思いまーす。あ、でもコメント頂いてる。「頑張るという行為そのものの評価はなく、いつも行為の後の反応に左右されがち。行為単体での評価があってもいいだろうになと…」ああ!(文字が)見えない!「確かに思う。行為の評価は自己肯定感に似てるな。」うん、そうですね。おっしゃる通りですね。まあでも自己肯定しても自己否定しても、どっちでもいいんじゃないかなって事かも知れないんですけどね。うん。じゃあ頑張っても頑張らなくてもいいじゃん!みたいな話で、グルグル回るんですけど(笑) そのぐにゅぐにゅぐにゅぐにゅーって回ったものから…どうするか?みたいなことかな、さて…さて、僕は、みたいな。いや、皆さんは。世界は。みたいな。そんな感じでございます。ICUC知的好奇心向上委員会でございました。ではまた。

文字起こし後の文字寝かし

(好き勝手に思った感想を書き残しておくことを文字寝かしと言うことにしました)

 今週の角田さんの「あんまり話したくない」は、なかなかの話したくなさ。歯切れが悪い。動画がアップされるのは嬉しいし、陰陽どちらの気が多くなってる角田さんも知る事が出来るのも嬉しいんだけども、とにかく無理だけはしないで欲しい。

 もしも本能寺の変がなかったら…。敵が多い、敵が生まれやすいという点が変わらない限り、いつ同じ様な事が起こっても当然なわけで。角田さんの言う通り、どっちでも一緒で。──と考えてみて、そこでもう頭は止まってしまった。あっという間に思考の限界になる自分を見て、自分なんてこの程度なんだてってことをよく覚えておきなさい、よく弁えなさいと言い聞かせて、もう一度、何か思考が出てこないかと何度かやり直してみた。
 例えば別の人物、明智光秀以外で、同じく打倒信長と思っていた人がいれば、その人が代わりに討つかも知れない。寺ごと焼かずに斬るかも知れない。何か罠にかけるかも…なんて思ううちに、周囲の人物の形によって、その人の形が変わるんだと思い始めた。そうすると、濃姫みたいに名前も分からないような人物も、状況証拠で空白を埋めていけば、そこに人の形が浮かび上がって…。小説ってそうやって書かれてるのかも知れない。よくキャラクターが勝手に動き出すというけど、そういう事だったのかも。
 ただ、CSIならこれで犯人が分かって逮捕できるけど、小説だと正解がないだろうから、キャラクターの引き上げ方に作者の方は苦労するんだろうな。絵描きが「完成しない」というのと同じなんだろうな。
 解釈を光の当て方とすると、発射の位置、光線が伸びる方向、光量、そうして照らされたものと、その後ろにできた影なんだ。

 是非に及ばずって、ものすごく悟った言い方だなと感じる。多くの人が自分の最後はどんなものだろうか?とか、タイムマシンがあったら見てみたいか?とか空想してはみるけど、信長だったら、自分の最後は派手に焼き討ちだったか!と、なんか納得するんじゃないか?という気はしてしまう。
 自分だったらどう思うかは分からないけど、とにかく逃れようがない、これが最後だと分かったら、やり残した事があるとか、やりたかった事があるとか、あの時こうすれば…みたいな後悔はあったとしても、「決断するその時に、自分に嘘をついた決断だけはしなかった」と思えれば、なんとか、致し方なしと思えるんじゃないかと思う。

 お皿が割れた。各SNSのコメントでも金継ぎ案が多かったのが面白かった。いつかやってみたいけど、継ぐまで取っておくことが一番難しかったりする。
 私が金継ぎをやってみるなら、ネットでやり方を探して、材料を用意して、それで金継ぎをお試しでやってみる確率が高いと思うけど、食器というのはなかなか割れないし…なんて考えつつ、つい先日、コーヒーカップが欠けたけど、あれをチャンスに金継ぎすれば良かったと後悔した。
 で、あんまり洋風な食器だと金継ぎに合わないんじゃないか?と思った。金継ぎ例を検索してみたけど、洋食器ではすごく変だ!ということはないけど、和食器、中華風の絵柄の食器の方が合っていた。次に何か割れたり欠けたりした陶器があったら、とにかく取っておこうと思う。
 それにしてもどこのお皿だろう?角田さんが青い線を描いた?いいお皿。

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