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ICUC-125_2022.9.4【些細なこと:自己完結しないで自己開放する】ICUC知的好奇心向上委員会

彩☃CHROMA×615

【ICUC知的好奇心向上委員会】の私の知的好奇心の向上&趣味の文字起こし。I see, You see ! Intellectual Curiosity Update Committee !

角田陽一郎125「些細なこと:自己完結しないで自己開放する」ICUC知的好奇心向上委員会

今日はなんか話したくなくて、やめようと思ったけど、配信してみました。
なので、そんなに見て欲しくないなあ(笑)

角田陽一郎 オフィシャルwebサイト

mireva channel

動画の内容(+文字起こしメモ&感想)

元気ない

 おはようございまーす。知的好奇心向上委員会でございます。えー、髪の毛緑はやめました、バラエティプロデューサー角田陽一郎でございます。よろしくお願いします。
 えーとね、どっから話そうかなぁ。今日はテーマをね、「些細なこと」ってことにしたんで。ま、いつも些細なことを喋ってるというか、自分が思ってることを喋ってるんですけど。うん、まあ今日はめちゃくちゃ些細なことかなーなんて思っています。ただ、めちゃくちゃ些細なことって言うんですけど、些細なことほど日常のね、なんか些事っていうか、そういう事こそなんかダメージ大きいっすよね、という言う意味で言うとね、正直そんなに元気ないですね。でもそれが、なんて言うんだろう、いつも言ってる様な究極的な問題点があるとかね、世界の悲しみとかね、そういうものではなくて。本当に些細なことですね。うん。なんか分かり合えないというかね。そういうものって、すごくこう、悲しいですね。一生懸命やってるだけにねっていう、お互いというかね、関係者達がねっていうか。まあそんな事を思ってて。
 で、僕なんとなくこうルーチンでやってるものって色々あるんですけど。このICUC知的好奇心向上委員会ってのもね、毎週末、土曜日か日曜日かに30分程度喋ってますけど。それもね、なんかもう昨日とかちょっと止めようかなーとも思ったぐらいですね。まあ止めようかなってのがまた些細な理由でというか。う~んと…つまり、あの、大きい話でこんな感じだよ!ってことでもなく、うん。些細なことで参ってる自分がいたとして。その参ってる自分みたいなものをオープンにするっていうのはすごいマイナスだよなーなんて思ったりしてね。
 そんな時に明るくくっちゃべりゃいいじゃんってことなんだけど。その明るくくっちゃべるという事って、このアーカイブ的にこの喋りを残してるという意味で言うと、ちょっと偽りでもあるし。いや別に偽りでもいいじゃんってことなんだけど。あともう1つは、そんな風に自分が出来るだけのパワーというかスキルはないですね。うん。
 とすると。こんな1人喋りで、すごいプライベート的にやってるとすると、すごいこう、気持ちが参ってる時には、やっぱり参った喋り方になってしまうなーなんて思うと…。いつもね、視聴数とかを気にしてはいますけど。今日とかって本当に見なくていいっす(笑) 1人とか2人ぐらいでいいんじゃないかなっていう風な思いです。

レディ・ガガを観る

 いや、だから別にじゃあ喋んなきゃいいじゃんって話なんですけど。だから本当に今日もう止めようかなーと思ったんです。止めようかなーと思ったんだけど、昨日レディ・ガガ、ベルーナドームでしたっけ?元西武ドームに観に行ってきたんですね。そしたらレディ・ガガが素晴らしくて。いやぁ、素晴らしいだろうなと思ったんで、1回生で観てみたいなーと思って、まあ、行って良かったんですね。素晴らしくて。
 レディ・ガガかっこいいな!うん、という様なものを観てね。ちょっと──。かっこいいなと思って、むしろ…”ああ、もう、ああいう人間にはなれないんだよな”っていう事を考えると、ああいう人が歌を発表するとか、ライブをやるとか、なんなら世間オピニオンを放つっていうのには価値があるけど、そうじゃないならもう別に…一緒じゃないかなーなんてこう、ちょっと、思ったりしてね。うん、些細なことっていうタイトルで言うと、自分という存在が些細じゃんって言うことなのかも知れないです。と、すると。まあ別にそんな事を世に出さなくてもいいよなーとちょっと思ったりもしたりして。昨日とかはベルーナドームの近くって駐車場とかなくてね。で、結構遠い駐車場までとぼとぼ歩きながらね、そんなことを考えながら…考えてたわけです。
 だから本当に今日とかはICUC止めようかなーと思ってたし。それこそ去年の5月ぐらいからおはようございますSNSというのは、僕は人知れずやってるわけですよ。TwitterとインスタとFacebookとnoteとホームページに──そんなに書いてんの!?えぇ?…Twitter、インスタ、Facebook、note、ホームページ、5つに文章を上げてるんですけど、その文章をずっと書いてて。自分が本を読んだ一説とか、自分が思った事とか、うん、まあそういう事を書いてたんですけど。それもね、もういっかと思って。だから昨日9月2日まで書いて、止めちゃったんですね。昨日はついに書かなかった。
 ついに書かなかったと言いながら、今年の3月ぐらいに1回とめてんですけどね。3月…うん、311の日ぐらいから何か止めてて。でもやっぱりやり続けようと思ってまた4月からやり始めてたんですけど。うん、なんかその、こう、自分なんかが出してもしょうがないかなーなんてちょっと思ったりしてね。うん、まあ止めようかかなと思ったわけです。

TMネットワークを観る

 で、思ってたんだけど。今日ね、TMネットワークのライブ観てきたんですよ(笑) TMネットワーク。んん~かっこよかったですね。ウツ、テツ、キネの3人ですか。うん、僕何年か前だっけな?「オトナの!」って番組に出ていただいてるんで、小室哲哉さんが。そのご縁で横浜アリーナにそれこそ2015年とかぐらいに観に行って。それはすさまじくかっこよかったんですけど。なんかその時より何かパフォーマンス上がってるなー!なんて思いましたね。皆さん僕のひと周り、12歳ぐらい上なんですけど、かっこいいなーみたいな感じでやってて。
 そのかっこいいのをやってるのを見てて…ねぇ?小室哲哉さんがいらっしゃるじゃないですか。小室さんなんてもうすごい…ね、時代の寵児というか。TKとしてすごい活躍してきて。でも逮捕されたりとかね、様々なスキャンダルとか色々あって。でもそんな事がありながらもね、結局今そこで、横浜でやってたんですけど、”ぴあアリーナMM(みなとみらい)”ってところで結構なお客さんの前でね、かっこいいパフォーマンスをやってて。うん、きっと小室さんとかもそういう些細なこととかで悩んでたんだろうなーなんて、ちょっと思うんだけど。でもそんなこと関係なくパフォーマンスをやってるのを観てて、”そっか、まあそんなこをも考えずパフォーマンスをやってるという事は素晴らしいことなんだな”と思い直し。
 だからレディ・ガガを観て、圧倒的なものを観て。うん、自分の小ささ、些細な差を感じつつ。今日はTMネットワークのライブを観て。うん、まあ些細なことなんだから、些細でもやり続けることも大事かなーなんて思ったりしてね。なので、このICUCは喋ってみようかなーなんて思って、今喋ってる次第です。
 うん、あの…、おはようございますの方はね、ちょっと、まあ別に止めようとも積極的に思ってるわけではないですけどね。うん。あの、まあ続く時には続けるけど、続かない時には続かないぐらいの気楽さでやってみようかなーなんて思ってます。

メルマ旬報とTwitter

 ああ、でもね。それもう1つ原因があって。メルマ旬報という、水道橋博士のメルマ旬報ってとこで僕は連載してるんですけど。あれって月1で配信してて。で、自分はメルマガも書いてるから…自分のメルマガ月2で配信してるので、月3本文章を書くのってのはなかなか大変だなーなんて思った時に、水道橋博士のメルマま自分がTwitterで呟いていることを1カ月まとめるということに使ってたんですね。読んで頂いてる方は読んで頂いてると思いますけど。
 で、「なんだよ、それ?手抜きかよ。」とか思われるかも知れないけど、…というのがあったので。結構毎日毎日、多い時は日に4つとか5つとか呟いたりとか、ほぼ毎日呟いてたってのは、結果それって、あの140字だったら140字結構満ぶりで呟いてたと思うんですよ。一応、だから意見としてというか。だからつまり「ああ~、疲れた。」みたいなヤツは時々呟くけど基本そういう事はそんなしないで。ちゃんと文章になってるものを毎日呟いてたってのは、それをまとめることで一文になるじゃないですか。140×30だと結構な数字になりますよね。なので、実は水道橋博士のメルマ旬報の原稿として書いていたっていうところが僕の中ではちょっとあるんですよね。
 ところが水道橋博士がめでたくも参議院議員になられて。だから水道橋博士から水道橋先生になられたと思うんですけど。なったんで、そういう諸事情があってメルマ旬報がね、9月で廃刊になるわけですよ。
 ってことで僕は毎月20日が締め切りだったんで、9月20日が最後の号になるんですけど。うん…寂しいんですけどね。その事に関してはICUC…じゃなくて寿司特っていうコトブキツカサさん、映画パーソナリティとやってるYouTubeの方でもね。コトブキさんもメルマ旬報の執筆者だったんで、コトブキさんとも話してますし。その次の次の週にはね、水道橋博士まさにゲストに来てもらって、3人で話してたんで。その件に関してはそこを見ていただければとは思うんだけど。
 まあそういう事もあるから、原稿にするという意義はちょっとなくなったんだよなーと思うと。こう毎日毎日140字で書くっていうことをそんなにやる必要もあるのかなーなんてのは思ってました。で、思ってた中になんか自分の些細な気持ちで、なんか──うん、なんか、嫌だなーって思うのとかはちょっと嫌だなーなんて思ったりしてね。うん、だから今日9月4日、9月2日までは呟きましたけど、9月3日は呟かなかったんですけど。今日もたぶん呟かないまま今日は終わるのかなーなんて思っております。

八戸ゼミ合宿

 ちなみに9月2日と9月1日は僕は青森県の八戸市にいたんですけど。八戸で文化資源学っていう東大の大学院に私通ってるんで、そこのゼミ合宿に参加してですね。そうすると文化資源学的に色んな文化施設を見学するということをやってまして。それに参加して、青森県八戸市に行きました。
 そこにはね、街の文化を作る施設というのがあって。”はっち”っていう。八戸なんで”はっち”って言うんですけど。というのがあったりとか。あとこれ全国でも珍しいと思うんですけど、市が運営してる本屋さんがあるんですよね。図書館とかは運営してるのってあると思うんですけど、なかなか書店ってのは珍しいと思うんですけど。
 という事なんで、そこを、施設をね、見学したりとかして。その事について1日と2日は呟いています。

八戸ポータルミュージアムはっち
八戸ブックセンター

 不思議ですね。3月にもね、1回ICUCを止めようと思ったって言ったんですけど。止める前に最後にICUC撮ったのが実は文化資源学の合宿で兵庫県の城崎温泉で寝っ転がりながら撮った動画があるんですけど。動画撮ってから止めようと思っちゃったって言う意味で言うと、なんかゼミ合宿というのが僕にすごく影響を与えているものなのかもなーなんて思ったりもします。うん。
 あの、何なんでしょうね?その辺の…タイミングというか。何か若い学生とかとね、ゼミ合宿だから話したりしてると、自分の立ち所みたいなものが我に返るんですかね?うん、よく分かんないですね。うん、でもそんな様な気持ちになったりして…うん。

修士論文中間報告会

 八戸でね、面白いのは──。これ、どこまで話していいかはあれなんだけど。ゼミ合宿って、まあうちの大学院はね、社会人が多くて。で、そのまま学生から大学院に行ってる人も多いという意味で言うと、本当に大人、30代、40代、50代みたいな学生もいれば、23、24、25みたいな学生もいるんですよ。で、合宿なのでそういう文化施設を見学するというのとは別に、修士論文とかを書かなきゃいけないね、学生の、中間報告会的に”今こんな様な研究がここまで進んでます”みたいなね、報告会とかをやるわけですよ。そうするとね、東大の文化資源学の学生の発表とか聞いてるとなかなか面白いことをやってる人とかいてね。うん。
 19世紀の著作権というかコピーライトとは何なのか?みたいな研究してたりとかしてね。コピーライトって簡単に言うと絵とかあるじゃないですか、絵画。絵画ってそのものを所有する権利とそれをコピーして使ってもいい権利って、本当は分かれてるんだけど。今は一緒になってんでしょうけど。その分かれてるという考え方とかがまだないから、持ってるんだけど作家側が勝手にどんどん刷っちゃったりとか模造品みたいなの作っちゃったりとか、海賊版ではなくて…みたいな事とかって。作家としてはそれでお金になるからねっていうのもあるし。買った方の側がこれを持ってるんだから広告に使っていいでしょってどんどん広告に使っちゃうとか。そういう事例みたいなものとかがあるらしくて。それすっごい面白かったですね。
 で、その発表の彼とかはね、すごい優秀な人で。もうすっごい優秀なんだろうなーと思うんだけど、うん。将来何やりたいの?って言ったら、そんなに将来をね…まあだから素晴らしく優秀だから、楽観もしてないけど悲観もしてなくて。こういう事をやろうっていうのがすごい現実的な感じで。それはそれで素晴らしいことなんだけど。言葉を選んで喋ってますけど、なんて言うか、もっとこう…世界に羽ばたけるパワーというか能力を持ってるのに、その辺で収まっちゃおうとしてるのが勿体ないなーと思ったりして。って事をちょっと僕がね、その後飲みに行った時にちょろっと言ってみたりすると、でもこれコレこういう理由でこうなんですよとか言ってて。その理由ってのは素晴らしく正しいんですよ。頭が良い優秀な方だから。そうなんだけど、もうちょっと冒険したらたぶん世界は変わるぐらいの能力を持ってるのになーなんて思ったりしてね。うん。何かそんな風に思ったりするのがちょっと面白いのかも知れないですね。若い子達の話を聞いてると。

 あと、例えばもう1人の人はですね。何かね、ちょっと集団行動が苦手な子がいたわけですよ。で、何かみんなで歩いてる時とかもちょっと距離を取ったりとかね。まあいつの時代もいるし、どちらかと言うと僕もそんな様な人間だったかとも思うんですけど。で、その子とかが発表する段になるとね、何かね、すごいネガティブな事言ってるんですよ。「みなさん私の論文なんか全然興味ないでしょうけど」とかね。うん、で、何かそのゼミ合宿の準備とか全然手伝わなくて本当に申し訳ないと思ってるから、私なんかのこのこ来てんじゃねーよとか思ってる方が多いんでしょうけどとか。何かこう枕詞を並べながら発表してたりしてね。で、発表終わったあと先生がね、その人に、もう…ちょっと泣いちゃうかも知れないけど、きつい事言うけどさ、と。そんな、みんなあなたのこと、そんなに気にしてないからねっつって。
 うん…そうなんですよね。そう。でも何かその子の中では済まない思いがたくさんあって。それが自虐的になってたんだろうなーなんて思うと、僕も比較的自虐的な男なので、その気持ちとか超分かるんですよね。そう言いたくなるね。うん。だからその子に後で僕が言ったのはね、「そんなに自己完結しなくていいよ」って話をしたんですよ。自分の中で…頭の良い人達だからかも知れないけどね。だから僕その頭の良い人達の苦悩、自分が頭が良いからって意味じゃなくて、頭が良いとか思ってるからとかじゃなくて、その苦悩ってちょっと分かるんですよね。ああ、東大生特有の悩み的なね、なんか分かるなぁ、あれ。まあ世間のこと、評判とか世間の目を気にしてるのか、自分の思ってる実情まで自分がやれないことへの悔しさみたいなのが滲んでるのか。
 うん、だからさっきのね、その優秀な学生もそうだし、その自己否定をしている学生もそうだけど、僕はその時ちょろっと言ったんですよ。「皆さん」と。「同級生かも知れないけども、一応歳だけはくっているので、そういう意味での人生の歳上として言わせて頂きますと。そんなに自己完結しなくていいよ。」って。「そんなに自己完結しない方がいいよ。自分が考えてることでね、辻褄が合ってるからじゃあこれはやめるとかね、これは出来ないとか思う以上にね、世間っていうか、世界というかは、もっと自己で完結出来ないからね。」っていう話とかをしたんですけどね。まあ響いてるかどうかは分かんないけどね。
 だからそう考えると自分が大学出て、TBSテレビで働き始めたりして。ああこれ自分の部下、今で言う部下にも言ったことあるな。なんかこう自分で全部やろうと思うんだけど出来ない時に、出来ないから手伝って!って言うか、自分だけでもやろうとするか?って、結構分かれ道だったりするじゃないですか。で、優秀だなーと言うか責任感があるなーっていう真面目な人ほど自分でやり遂げようとするんですよね。うん、でもやっぱり自分でやれる事ってアレだからね、限界があるわけだから。自分だけじゃ出来なくて、どう自己で閉じ籠っちゃうんじゃなくて、自分を解放するか?ってことが大事なんだよなーなんて事をね、思いますよ。うん。
 だから自分に閉じ籠らないで──うん、自己完結しないで、自己解放すると言うかね。うん、まあそんな事を言ったりもしてて。言ってるっていうのは一方で、ってことを自分が思ってるってことかも知れないですけどね(笑) うん。僕がそう思ってるのかも知れないですけどね、むしろ。

色んな問題点

 でもそんな風に思いながらね、その八戸のね、地方公共団体が経営してる本屋さんとかそういう文化施設みたいな話を聞いたら、色々すごい頑張ってて素晴らしいところがたくさんあるんだけど。一方で揶揄する人たちはね、やっぱり市からの補助、つまり税金ですよね。という事があるから、そういう文化施設を運営できてて…それでいいんだろうか?みたいなね、論調も一方であるあらしいんですよね。
 で、そうすると色んな問題点が出てくるよなーなんて思って。問題点があるけど、でももうその地方都市の文化を絶やさないためにやっているっていうのはすごく高く、僕も志としてはすごいいいなーなんて思ったりしてね。
 で、その文化施設のね、担当の方から小一時間そういう講義を聞いて。じゃあ一回施設を見学しましょうって見学する時に、地元のボランティアの女性。うん、だからまあ、お婆ちゃんに近い方が案内して下さるんですよ。すごい優しい感じでね。で、僕らとしては文化施設の見学だから、もっと文化施設的な裏側を聞きたいんだけど、そのボランティアのお婆ちゃんは地元の事を伝えたいって熱い思いがあるから、地元の良いところを沢山たくさん話して頂けるんですよ。時に面白くね。だから全然退屈とかじゃなくて普通に面白いんだけど。ただ僕らの聞きたい事とちょっと趣旨が違うよなーなんて思いながら八戸のいいところを案内していただけるんですよ。
 でね、その案内してるものをね、すごいシビアな目で見ればね、それって僕らの見学の意味とちゃうでしょ!みたいな風になってしまうかも知れないじゃないですか。そう考えたらそんな事よりもうちょっと端折って話して貰えばいいじゃないかなんて思ったりもするけどね。
 でもそのお婆ちゃんがね、すごい献身的にね、一生懸命僕らに語って頂いてのを僕は見てて。もし僕が若い頃だったらそんなこと思うんだと思うんですよね。もっと効率と言わないまでも、もうちょっとスムーズにやりましょうよ、みたいな。だけどなんかね、そういう意味の拙さというか、なんて言うんだろう?そういう意味の上手くいってないところみたいなものを含めて、そういう方との触れ合いみたいな事が実は一番素晴らしい事なんじゃないかなーなんて思っちゃったりすると、その文化施設みたいなものに色んなね、お金的な大変さとか、色んな大変さとかあるんだけど、その問題点を1個1個クリアしていきましょうよ!と言うより、何かこう、問題含みというか、問題を抱えながらもそれが在るという事が、それでいいんじゃないかな?って、ちょっと思ったんですよね。
 それってね、政治だろうがね、経済だろうが、文化だろうがね、あなたの会社だろうがね、あなたの家庭だろうがね、うん、僕…あなたって言ってるのは僕かも知れないけどね。そういう様なものとか、社会とか、学校とかね、あらゆる問題点ってあるじゃないですか。で、あらゆる問題点にワーッと言ったりする事は大事だと思うんですよね。だってその問題点を無くさないと問題が山積みだから。だけど、問題って星の数ほどあるじゃないですか。ずぅーっとずーっと、素晴らしく沢山あるわけですよね、その問題点って。素晴らしく問題点があるんだなと思った時に、解決してもまた次のが溢れるというか、永遠に問題って繰り返されるんだよなーと思ったら、解決…完璧に解決された、問題が解決された世界なんてものは”無い”。あるいはもうそれは死の世界と同じなんじゃいかなーなんて思った時に、問題含みでいいんじゃないかな?って、ちょっと思ったって言うか。問題があるということでいいんじゃないかなーなんて。なんかね、そのお婆ちゃんの会話を聞いて、ちょっと思いました。うん。
 だから何か地方には地方の問題があって。でもそれを…都会には都会の問題があってとかね。でもそういうものを改善しようと思って頑張ってる人たちがいて、出来ない事があってとか。批判に晒されてとか。ああ、今ね、コメント頂きましたけど。「苦労と悔しさがなくなっちゃったら、きっと人間は死んじゃう。」って。ねぇ、まさに同じ事を仰ってるんだと思いますね。だから苦労とか悔しさというものがあるから人生ってことなんだろうなーなんて思うと、それで良いんだろうなーなんてちょっと思ったりもしてて。うん。

 そう考えるとね、話がグゥーッと自分の方に戻って来るんだけど。些細な思いがあってね。些細なわだかまりみたいなものがあって。なんか自分が凹んでるよなーなんて思った時に、まあ、それでいいんだろうなーなんてのをちょっと思ったりもするわけです。うん。それについてレディ・ガガを聴いて感動して、とかね。TMネットワークを聴いて感動して。落ち込んだり復活したりするというのも含めてこその人生なのかなーなんてちょっと思ったりもしたりしてね。

水火既済

 うん。本当に今日のこのICUCって見られなくていいな。んっふっふっふ!5人とかでいい気がする。なんか…そう、だからそんなにすげーこと話してるわけでもないし。一方であれですよ、斎藤幸平さんっていう経済思想史家、いま東大の准教授の方と7月に蔦屋でトークイベントやりましたけど。それをAtoBtoCという動画で一昨日くらいから配信してます。AtoBtoCってのは
Academic to Business to Creative なんで、アカデミック編とビジネス編とクリエイティブ編があって。今日ビジネス編をアップしたんですけど…アカデミック編とビジネス編。でも明日とか明後日にクリエイティブ編をアップするので、このICUCとか見ているんだったら、それで斎藤幸平さんの話してるのを見て(笑) もっと人新世の資本主義がどうなるのか?とかを、脱成長社会とかをどうやって行くのか?とかを考えた方がいいのかなーなんてのも思ったりもします(笑) 僕の今話してる事はめちゃくちゃ些細な、些末なことだなーなんて思ったりもしますね。うん。まあ、今日はそんな気分でございますと。

 う~ん。なんかね~。本当に思うんだよなぁ。自分がこう熱くやればやるほどマイナスな事が起きてしまうってのが僕のいつもの悩みなんですけどね。そしたら、熱くやんなきゃいいじゃんってことなんだけど。熱くやるなって事はそんなにコミットするなって事だから。すごい…何て言うんだろうね?愛情過多なんでしょうね、きっとね。でも愛情過多みたいなのって悪い上司とかいったりするじゃないですか。よくね、部下に部下を信用してないのかとか。うん、手放すみたいなものってすっごい難しいっすね。うん、まあこれは別に人間関係全てがね、そんな上司と部下みたいなものもそうかも知れないし、親子もそうだし、恋人とか夫婦みたいなものをそういうものなのかも知れないけど。──うん、想いというものが──だから何か自分の想いというものとかが叶っても叶わなくてもいいんだよねって思える境地になるといいんだろうなーなんてのは思ったりするんだけど。そう思ってるとそもそも想いが立ち行かないんですよね。なんか熱い想いがあるからそれって成立、始まって成立して、それで物を作ろうなんて思ったりするわけだから、うん。なんかなかなか難しいっすね。…とは、思います。

 うん~、面白いですよ。あの、9月にね。僕いつも毎回易をやってるんですけど。8月にね…じゃない、9月にね、易をやってみたわけですよ。そしたらね、えーっと…なんて言うんだっけな?──水火既済っていう八卦が出たんですよ。”すいか”ってのは水と書いて、”か”は火で、”きせい”の”き”は既にで、”せい”は済む、経済の済ですけど。つまり既に済んじゃってますよっていうのが僕の9月の運勢で出たんですよ。
 これってね、なんかすごい面白いなーと思うんです。だからもうあなたはやり遂げましたよ。やり遂げたというかもう終わりですよ、みたいな。八卦って64パターンあるんですけど、出たのが63番目なんで、本当にもう終わりでーすみたいなのが出たりして。へぇ~、こんなの出るんだ~なんて思ったりするわけですよ。
 で、思ったりして。そんな事思ってるじゃーんと思って。9月2日にね、たまたまTwitterとか見てたら、山田恵子さんっていうね、知り合いがタロット占いの方がいて。田中泰延さんの会社、”ひろぶと”の今…会社員なのかな?会社員というかそこの人間なんですけど。タロット占いをいつも占ってんですよ。そしたらね、そんな風に思ってた9月3日、昨日の占のタロット占いがTwitterに出てて、、、

【2022.09.03(土)】
一時停止。忙しない日々の流れから切り離されたような、不思議な時間を過ごしそう。懐かしい人に出会うかもしれません。
雑音に引っ張られることなく、純粋な自分の本音を見極めたい日。現状を俯瞰して、しっかり観察しておくとよさそうです。
#ごきげんタロット

 っていう。”ごきげんタロット”っていうハッシュタグなんですけど、書いてて。おおぉ!なんか水火既済だし、一時停止だし…なんて思ってたりして。もしかしたらSNSを止めてしまったのかなーなんて思いながら、今日のICUCはこれで止めたいと思います。ではまた来週。…あるかな?分かんないや(^^) んふふ!

文字起こし後の文字寝かし

(好き勝手に思った感想を書き残しておくことを文字寝かしと言うことにしました)

 そんなに見て欲しくないと言われると文字起こしも申し訳ないと思いつつ。でももう100回以上は見られてるし、何年か後にあの時は…と思い出して味わう時のためにカチャカチャっと。
 
 角田さんが熱くなると周りと温度差が出来て落ち込んでしまうケース、ホント多いなーという印象。発展途上人学で会話には閾値があると仰ってたけど、角田さんの熱は周囲の人にとっては耐熱温度を超えているんだろうか?例えば熱中すると目が見えなくなる様に、角田さん自身も熱さで気球みたいに飛んでしまうんだろうか?
 仕事にたいして不必要な熱意は持たないという人も多い。行動そのものが全体的にそうなんだろうな、傷つきたくないから。角田さんは傷つきながらも何度でも熱を持つのはすごいことだ。

 傷つきたくないのは自虐が多かった学生さんもそうかも知れない。ふと、笑いのネタじゃない自虐は八つ当たりと言えるのでは?と思った。聞いてる人は声の掛けようがない。あなたのこと分かるよと言われても分かるはずがないと思うし、卑下しすぎ、もっと自分を褒めようと言われたら分かってないなと思うし、かといって迷惑な話し方だと言われたら傷つくし。とにかく一方的に自分が上手く振る舞えない状況を愚痴るだけで受け入れられないのだから八つ当たりかなと。優秀な人だって、優秀な人に囲まれてしまえば劣等感もたくさんあるだろう。でも嫌われない努力は好きになってもらう努力とは違うんだって、思って欲しいな。

 西武ドーム。幼稚園は千葉県野田市にいて、小学校から25歳まで西武ドームが見える歩いて球場まで行ける家に住んでいた。お隣の西武遊園地では夏休みの間は毎週末花火があがり、毎週末ベランダで花火を見ていたし、昔はドームがなかったので、西武が勝ったら球場の方からも花火があがったり、風に乗って渡辺美里のコンサートの曲が届いたりして。ドームが出来る頃には遊園地側にあった木が大きく育ち、花火の半分は木の向こうで上がる様になった。そんなところにレディ・ガガが来る衝撃。
 角田さんが車を停めたであろう結構遠い駐車場も、ああ、あの辺だろうなとよく分かる。この辺は中学校の学区だったので友達の家ものも多いし、おそらく兄弟の家の前を通ったはずだ。球場の他に尾崎豊の命日が近くなると墓参りに来るファンの方でまた混んだりするのだ。

 角田さんのおはようございますSNSを、私はどこか占いの一種として見ていた。星占いは実際の天気から占うものじゃなくて、天体の動きそのものから占うけど、角田さんの場合は実際の天気感があって。つまり、止める時は曇って星が見えない日なんだなと。最近はInstagramストーリーに投稿があるときがあって、ちょっとレアなものを見て得した気分になる。

 ICUCが対面だった頃、どうして自分のサイトにTwitterのまとめを載せてるのか?聞いた事があった。毎月1日のコイン易の結果がタイトルになったブログで。私の記憶だとその時はメルマ旬報は1ヶ月分のツイートではなかった様な…?
 で、回答は、「1カ月間の自分の考えの変遷が分かるし、その記録から本が書けるから、そう思えばそんなに手間じゃないでしょ?」と。私としては文の方ではなく、Twitterの投稿ごとのリンクを貼ったブログだったので、そこですごく手間をかけてると感じたのだった。自分はそういう自分の思いの変遷みたいなものを残すことも面倒くさいし、残したところで見返すこともなく、Facebookは去年の今日を知らせてくるから見てみるものの、何を言ってるのか分からない事が多くて。やっぱり出来る人はこんなにも立ち姿が違うんだと思ったのだった。

 もうちょっと冒険したら世界が変わるほどの能力があるのにな。まさに天は二物を与えずだ。冒険心はなくとも、冒険に連れ出す人と深く繋がる可能性に期待。

 文化施設の案内のお婆ちゃん。角田さんはこの人の話をしている時はちょっと笑顔になってしまう、人の良さが分かるってもんだけど。でもこのお婆ちゃんは本来としてはズレたことやってると思うと、自己否定が激しい学生さんと真逆なんだと思う。見学に来てくれた人が興味があるとかないとか、どうして来てるのかも捉え損ってる状態でも、八戸への思いの丈を次々と見せている。自己完結の反対は解放だけど、素直な解放なのかも知れない。

 苦労と悔しさがなくなったら、人間はやる事がなくなってしまうと思った。苦労がなくなったらとことん好きなことやればいいじゃないと思うけど、好きな事をとことんやってしまうところに苦労と悔しさが生まれる。向上心と自分の腕の差に悩むというか。好きな事だと苦労だと思ってなかったりもすることが多いから、苦労や悔しさが裏なら、表は楽しさだって忘れがちだ。

 ”自分の想いというものとかが叶っても叶わなくてもいいんだよねって思える境地”って──先週のICUCで話してなかったか?いや、私が思った事の中にあったのか?
 SBPの回の水天需だ。需の意味として「準備をして”前向きに待つ”こと。前向きとは人に期待して待つのではない。タイミングが合えば万全で進める様に準備する。」ということで、私は「前向きで積極的でありながら強引ではない。あった事をあった事として受け止める。一喜一憂しすぎると積極性やタイミングを逃す。」と思ったんだ。期待しないというのが結構難しい。
 そもそも欲することに利害があると想いが穢れる気がしてしまうという話だったから、愛情過多の角田さんにとって難しいのかも知れない。私は期待しないことは難しいと思うけど、角田さんの言う利害は人への期待が含まれてる気がするから、期待しない状態で持った熱をどうコントロールするか。応答のない愛情は虚しい。頭の良い人ほど1人でやり遂げようとするってことだけど、角田さんも頭は良いけどプロデューサーなので人を頼る…というと期待と混同しがちだけど、仕事を振り分けることが仕事でもある。そこに愛情があるのが角田さんの問題点なのか?角田さん専用の熱くない愛情の持ち方が見つかると良いんだけど。


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