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GDPの恒等式 Y = C + I + G + (X-M) の扱い方

アベマTVの影響か「財政政策」「経済成長」がはやっていた正月休みの連休明けに上のようなツィートをしたので、一応、自分なりのフォローをしておきます。放りっぱなしはヨクナイですから。

国民経済計算の三面等価

「政府支出Gを増やせば、経済成長はできるか?」はさておいて、それらの議論で何かと引用されていた、GDPの恒等式といいますか定義式

Y = C + I + G + (X-M) …①

Y:所得、C:消費、I:民間投資、G:政府支出、X-M:純貿易収支

これは、「ある期間における一国の所得(GDI)は、その国の民間消費と政府支出、純貿易収支を足したものに等しい」というものです。また「国民経済計算の三面等価」というSNA統計における会計基準がありますので、

GDI = GDP = GDE

上の①の式は、正確には支出側から定義した国民所得(GDI)なのですが、同時にGDPの構成式だとも言ってもよい訳です。

これは定義ですので常に成立する恒等式なのですが、その扱いが、Twitterをざっとみた限りではかなり…怪しい…ものが多かったので、なるべく簡単な形でこの恒等式の使い方をメモしておきます。


GDPの恒等式からIS曲線を求める

Y = C + I + G + (X-M) からスタートします。

Y - C = I + G + (X-M)

S =  I + G + (X-M)

とすることで、

一国の貯蓄Sは、民間投資と政府支出、純貿易収支を足したものに等しい」を導きます。ここまではただの恒等式。

ついでに、「X-Mはゼロ」とすることで「貿易はない世界」を考えます。

すなわち、S = I+G

​上の恒等式に、消費Cのレベルを所得Yで決定する消費関数を導入し、続いて投資Iのレベルを決める投資関数を導入します。投資関数には変数として利子率rを使います。

なんでそんなことをするかというと、これから上の恒等式を決定するYとrの関係を求めたいからです。それをIS曲線といいます。

それでは消費関数と投資関数を、なるべく簡単に以下のように定義します。

C = βY:消費関数

I = α - γr:投資関数

α、β、γは各関数のパラメタ(α、β、γ>0)です。これらの関数が意味するものは簡単です。

  • 消費のレベルは、所得のレベルに応じて決まる。

  • 投資のレベルは、利子率で決まる。しかも利子率が上がれば上がるほど、投資全体のレベルは減退する。

もちろん上を記述するのに、もっと複雑な関係式を導入してもよいのですが、複雑にしても説明がよくなる訳ではないので、なるべく簡略に進めます。

上の2つの関数を S = I+G に代入します。
Sは Y-C でしたから、以下のようになります。

Y = α + βY - γr + G

これを利子率rと国民所得Yの関係について整理すると、IS曲線が得られます。

r = - Y(1- β)/γ + (α+G)/γ : IS曲線

IS曲線

IS曲線は、国民所得Yと利子率rの関係です。でもこれだけではどの位置でYとrが決まるのかがわかりません。

貨幣需要と貨幣供給の均衡式からLM曲線を求める

そこで続いて、別途貨幣需要と貨幣供給の均衡式から、同じくYとrそして実質マネーサプライMを変数に含むLM曲線を導出します。
実質マネーサプライMは、一国全体の価格p(GDPデフレータ、インフレ率と言ってもよい)が変化しない(p=1)ものとすれば、中央銀行が供給する名目マネーサプライ(pM)と一致します。

M = L : 貨幣需要&供給均衡式

L = Y-δr : 貨幣需要関数

δは、δ>0となるパラメタです。
上の2つの式は以下のことを意味しています。

  • 中央銀行が実質マネーサプライMを提供する時、貨幣市場が均衡しているならば、貨幣供給と貨幣需要は一致する。

  • 貨幣需要自体は市場で決まり、所得のレベルと利子率によって決定する。所得が上がれば貨幣需要は増え、一方、利子率が上がれば貨幣需要は減る。

貨幣市場が均衡している時、M = L は常に成立するので、

M = Y-δr

これを利子率rと国民所得Yの関係について整理すると、LM曲線が得られます。

r = Y/δ -M/δ : LM曲線

LM曲線

LM曲線も、国民所得Yと利子率rの関係式になっています。LM曲線の導出時に、貨幣供給と貨幣需要の均衡式を使っているので、LM曲線上では常に貨幣市場は均衡状態にあると考えていることが大切です。

IS曲線は縦にr、横にYを軸とすると、右下がりの曲線、LM曲線曲線は右上がりの曲線になるので、両者はどこかで交わることになります。

IS曲線とLM曲線の交点で、均衡利子率r*と均衡国民所得Y*が決まる

それらIS-LM曲線が交わる交点で均衡利子率r*と均衡国民所得Y*が決まるとするのが、古典的なケインズ経済学のフレームワークです。

IS-LM曲線が交わる交点で均衡利子率r*と均衡国民所得Y*が決まる」と言っている時点で、「均衡利子率r*と均衡国民所得Y*」を決めるのはあくまでも市場であって、これらの値を直接、政策担当者が決められる訳ではないと考えるのが、経済学の基本的な考え方です。

では政策担当者は、一体何を動かすことで、経済政策をすることができるのでしょうか? それはこの式に含まれる先決外生変数がどれか、ということに他なりません。政策担当者は、先決外生変数を変化させることで、経済全体に影響を与えることができる、と考えるのがマクロ経済政策の考え方です。

このIS-LM曲線の交点で決まるr*とY*に対して、政策担当者が動かせる先決外生変数は政府支出Gとインフレ率で割った実質マネーサプライMです。

日本の場合、Gを政府が、Mを日銀が調整することで、均衡利子率と均衡国民所得を決定し、それが国民所得の恒等式を通じて、CとIのレベルを決めているというのが、「ケインズ的なマクロ経済モデルから見た日本経済観」となります。

それが本当に正しいのかどうかは、また別の話です。


乗数効果とは?

もっと基本的なケインズの乗数効果というのがあります。これがよくマクロの財政政策の根拠に使われますが、こちらは

S = I + G

から始めて、

C = βYと定義することで、消費関数を導入します。βは限界消費性向という値です。一般的には、0<β<1の値をとると考えられています。

S = Y-C だから、S = (1-β)Y

従って、

(1-β)Y = I+G

Y = (I+G)/(1-β)

なので、Gを1単位増加させると、1/(1-β)だけYが増加するという理屈です。

上のIS-LM分析と違うのは、これはISの世界だけでYが決定するように式変形をしているということ。つまり「いくらGを増やしても均衡利子率r*付近で、利子率が動かない世界を仮定している」ということです。この時点でかなり特殊な状況設定であることがわかるかと思います。

こう見てみると、乗数効果だけで経済成長を語ってしまうのは、相当特殊な状況を前提としているということです。またそれはIS-LM分析を使っても同じです。


IS-LM分析だけでは、経済成長は語れない理由

上の簡単なIS-LM分析で欠けている要素は、インフレ率(価格デフレータ)は常に1と変化しないものとしていること(※Mが実質マネーサプライなことに注意)と、貿易収支を0としていることで為替レートの影響を受けない世界を想定していることです。これでは、現実の経済成長を説明するには不十分なことはわかるかと思います。

経済成長というのは、一国の技術体系が変わることで、そもそも要素価格に対する生産関数の反応が変わることです。今までの議論で、投資関数は出てきても、生産関数は出てこなかったのがポイントです。つまりマクロのGDP恒等式だけでは経済成長は最初から議論できないのです。
この恒等式には、経済成長を説明するための枠組みが最初から含まれていないのですから当然です。

結論からいうと、「Y = C + I + G + (X-M)」この恒等式を持ち出して経済成長はGさえ増やせばできる、と主張することは、かなり特別な条件を前提としている上に、その前提が現在の日本経済に関して暗黙の内に適用してよいものかすら説明しないようでは、「相当雑な意見と言われてもしょうがない」と自分は考えます。


おまけ:モデル内に含まれる様々な変数、パラメタ、先決外生変数…について

上のIS-LMモデルですが、式の中にいろいろな変数が出てきました。それらは大きく3つの種類に区別することができます。

  1. IS-LM曲線の均衡点で決定するもの(市場が決定するもの/内生変数):r*、Y*

  2. 政策担当者が制御可能なもの(先決外生変数):G、M(※正しくはpM、名目マネーサプライ)

  3. 各関数のパラメタとして事前に与えられるもの:α、β、γ、δ

3番目の「各関数のパラメタとして事前に与えられるもの」とはどんなものなのでしょうか? ちょっと考えてみましょう。

これらの消費関数、投資関数、貨幣需要関数のパラメタとして与えられるものは、各々の関数の特性を表す係数です。これらの係数は、「日本」という経済主体が、消費、投資、貨幣需要という行動に関してどういう反応をするのか、もうちょっと砕けた言葉で言えば、「どんな嗜好を持っているのか?」を表しています。性格プロフィールの傾向みたいなものですね。これらのパラメタは、数日~1年ぐらいの範囲ではあまり変わりませんが、それよりも長い10年ぐらいのスパンでは、経済環境によって大きく変わっていくものでもあります。

実は「経済成長」というものは、これらの各関数のパラメタを大きく変化させる要因でもあります。
従って、IS-LM分析は上のようなパラメタが変化しないスパンでの短期分析に用いると大変よい効果が得られます。

この点でも、マクロ経済モデルはその適用範囲が重要だということがわかるかと思います。ひとつのモデルで全てが説明できるものは、ほぼないと考えたほうがいいですし、むしろ「今の状況はどのモデルを適用して考えるのが適切か?」という視点を持つと、より理解が深まると思います。

まとめ

  • 経済問題を考える時には、分析に使うモデルがそもそも考えている経済問題を扱えるものなのか、確認することが大切です。

  • 経済政策を評価する時には、その経済政策が前提としている、暗黙の仮定がなんなのか確かめる必要がある。そこを考えないで、違う意見同士を戦わせても、ぶっちゃけ意味は無い。

  • 政策担当者が直接操作できるものは、そのモデルの外で事前に決めることができる変数だけ。それ以外は市場内で決まるので、自由に値を操作することはできません。

  • 最後に、モデルは常に正しいとは限らない。「メニューを食べてはいけない」。

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