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空が晴れている時に見える本


私は高校2年生。所謂SJK。今は夏休み中で暇を持て余している。私は昔から心配性でネガティブな性格。天気に気分を左右されてしまうところがある。因みに初恋もまだだ。本を読むことが何よりも大好きで、本を読んでいる間は何もかも忘れて夢中になれる幸せな時間なのだ。

夏休みが始まった。雨の日の朝、いつものように本屋さんに向かった。今日はどんな本に出会えるのだろう。楽しみだ。本を眺めていると、60代くらいのおばあさんが「この本をあなたに譲る、今のあなたに必要だと思うよ」と言って本を差し出してきた。おかしなことに、本のタイトルは書かれていなかったが、そんなことも気にせず私は新たな本との出会いに胸が高なり、すぐに鞄にしまいこみ、家に帰ってから読むことにした。急ぎ足で家に帰り、本を開いた。
ところが、何も書かれていなかった。何度も本を開き、考えていたのだが、疑問が残るばかりで一日が過ぎてしまっていた。そして今日もいつものように枕元に本を置いて眠りについた。

次の日の朝、雨が上がり空は快晴だった。眠たい目を擦りながら、本を開いた。
見間違いだろうか、文字が読める。昨日はなかったはずの文字が見えてしまっている。気づいたら私は物語に夢中になり、物語の世界に引き込まれていた。
17分ほど経ったのだろうか。突然文字が消えてしまった。私は現実の世界に戻っていた。
この17分間はなんだったのだろうか。私は間違いなく物語の世界にいた。そして私は間違いなく主人公だったのだ。物語の世界で魅力的な男の子にも出会った。私はまたあの少年に会いたいと強く思った。こんな感情は初めてだ。

夏休み3日目は雨が降った。少年に会いたくて本を開いたが、文字はなかった。たしかに昨日は読めたのに、なぜだ。私は考えを巡らせた。考えた末、1つの仮説を立てることができた。
私は天気に気分を左右されやすい。だから天気の変化に敏感だ。
文字が読めなくなった今日と一昨日は雨が降っていた。文字が読めた昨日は確かに晴れていた。
つまり、この本も私と同様天気に左右されているという事なのだ。私はこの説が正しいことを密かに確信していた。

夏休み4日目。見事に空は晴れた。少年に会えることを確信して本を開いた。よし、文字が見えるぞ。読み進めていくうちに物語の世界に入り込んでいた。
17分後、また現実の世界に戻った。少年の名前は前田君。物語の世界で私はアイスクリーム片手に彼と川辺を2人並んで歩いていた。幸せな時間だった。一生この時間が続いてほしいと思った。
ふわふわした気持ちのまま午後はアルバイトに行った。やはりこの感情はおかしい。こんな気持ちになるのは初めてだ。仕事に集中できなかった。案の定、私はオーダーミスを連発してしまい、お客さんに迷惑をかけ、店長にも怒られた。
まただ。私は怒られるのが苦手だし、1度ネガティブな考えをしてしまったら止まらなくなる。最悪な気分だ。

次の日の朝、彼に慰めてもらおうと思い本を開いた。もちろん空は晴れていた。
ところが、文字はなかったのだ。空は晴れているのに、どうして...彼に会わせてよ...
昨日のこともあって私の目は涙で溢れていた。
空が晴れているからといって、必ず会えるわけではないと知った。もう二度と彼に会えなくなるかもしれないと思った。更に悲しく虚しい気持ちになった。
午後になると心無しか大雨が降ってきた。
最悪な日だ。

6日目の今日は一日中雨が降っていた。昨日思う存分泣いたせいか、スッキリはしていたが、雨のせいでなんだかもやもやした気分だった。
明日は彼に会える、一筋の光を信じて眠りについた。

今日は雲ひとつない快晴だった。こんな日に限って昔の嫌な出来事を思いだし、またネガティブループに入った。
彼に会いたくて仕方がないのに、自分の後ろ向きな性格のせいで本が読めなくなっている事にはもう気づいていた。そんな自分が情けない。
ネガティブな考えをぐるぐる巡らせていると突然ハッとした。天気はどうしようもない、自分が変わらないと何も変わらないんだと気づいた。
私は自分のネガティブな性格を変える努力をした。
努力のおかげで前よりも心の状態は良くなり、久しぶりに彼に会いに行こうと決めた。


夏休みも残り2日の時だった。
彼に思いを伝えよう、もし良くない結果だとしても、前の自分とは違う。と言い聞かせ、本を開いた。久しぶりに文字がみえる。制限時間は17分。よし、大丈夫。
「前田君、久しぶりだね。」
「うん。全然会いに来ないからもう会えないかと思った。」
「ごめんね。自分なりに考える時間が必要だったんだ。」
「大丈夫だよ。」
それから私たちは時間の流れを忘れ、たわいもない話をした。やっぱり彼と一緒にいると元気をもらえる。そう確信した。
「あのね、私ね...」
「うん。どうしたの?」
「前田君に話があるんだけど...」
その時だった。
気づいたら現実の世界に戻っていた。
私はバカだ。思いを伝えるために会いに行ったのに。
彼と一緒にいる時は時間を忘れられるほど幸せな瞬間であることを実感すると同時に、大粒の涙が流れた。
学校が始まったらもうこの本は開かないと心に決めていたからだ。

夏休み最終日私は一日中泣いていた。



2学期は私たちのことを知る由もなく始まった。
いつも通りの通学路を歩いていく。
いつも通りの風景、いつも通りの川沿いを歩く。
だけど何かが違う。
私の頭の中は彼と2人並んで歩いた思い出でいっぱいだった。
涙目になりながら歩いていたせいか、視界がぼやけて前に人がいることに気づかなかった。
同じ学校の学生だ。
涙を拭って視界が開けた先に、なんだか懐かしさを覚える背格好、
優しい雰囲気、
そして後ろ姿があった。
心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
まさかと思った。
一筋の光が見えた。

「前田君!」
気づいた時には叫んでいた。










これは私が後から知ったことだ。
あの日、本をくれたおばあさんは未来の自分だった。本は私自身を全て映し出していた。
ネガティブな自分を変えるきっかけをくれたのも全て自分だった。
それから、17分という時間は17歳の私に与えられた時間だった。
自分を大切にすること、人を好きになることを本を通して教えてくれていたのだった。








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