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論文執筆について思うこと ②・・ガイドさんに従ってみては?①

先日、「関連性・因果推論の表現は正確に」というNoteを残しました。よく考える問題点・懸念材料について書き記しておこうという意図です。お役に立つようであれば嬉しいです。

さて、このNoteに記しているのも同様の意図です。ヒトを対象にする医学研究に限る内容かもしれませんが、「こういうのもある」と理解してもらって、うまく使えるようならぜひどうぞ・・と思っている内容です。

私が関わる学生やポスドク、ときには共同研究者にはここに書いた内容について助言しています(共同研究者に対しては一緒に確認作業するという様)。科学的な概念はあまり無いので面白くないかもしれませんが、(近年の医学論文のあり方の潮流への理解を含め)参考にしてもらえれば幸いです。

医学論文のテンプレート

医学研究の論文というのは大体、体裁が決まっています。
1.Abstract(抄録・論文の要約)
2.Introduction(導入部分・なぜこの研究が必要なのかの解説等)
3.Methods(研究の方法)
4.Results(研究の結果)
5.Discussion(結果の解釈、先行研究との比較、結論等)

という具合です。論文を書く人は、このように構成が定められていたら、これに従って論文を書きますよね。それと同様にもしもこれらの1つ1つの項目に、さらに書かなければいけない事柄が事細かに定められていたらどうでしょうか。そんな細分化が過去20年ほどで行われてきています。

それがThe EQUATOR Networkに整理・紹介されている(医学研究論文の)報告内容のガイドラインです。

たとえばランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial)の論文を書く際に、上記の5つのセクションにて、何を書かなくてはならないかがガイドとして記されています(CONSORT Statement; ガイドの紹介ページ & Word Fileのリンク)。「Methodsに盲検化について書く」というような具合です。

ランダム化した介入などしない観察研究についてはSTROBE(略語の説明は省略)というものがあります(英語日本語)。簡略化して図にしました。

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(ご存知なかった方は)「あぁ、こういう事柄を押さえなくてはいけないのだな」と考えてもらえればと思っています。詳細は上記のリンク先をご覧ください。

私がリードすることになった研究の論文をPLOS Medicineに投稿した際、そのガイドラインをチェックリストとして利用し投稿することが義務付けられていました。そしてそれは論文の発表に伴い、そのリストも公開されています(論文リンク & Word File リンク)。複数の研究をまとめたものに相当すると判断し総説に用られるPRISMAというガイドラインを利用しました。こんな風に学術誌側に報告すると考えてもらえればと。

CONSORT 2010、STROBE、PRISMAや他のガイドラインはそのためののウェブサイトがあって、それらがThe EQUATOR Networkにまとめられているという仕様です。

学術誌による推奨

学術誌の多くは、投稿する論文の規定を述べる際に、内容や構成が上記のようなガイドラインに沿っていることを要求しています("should" or "must")。PLOS Medicineのようにガイドラインをチェックリストとして用いてそのリストを1つのファイルとして論文投稿時に投稿することを指定する学術誌もあります。つまり、投稿先次第ではガイドラインの利用は必須となるわけです。

トップジャーナルの多くはガイドラインの利用を強く推奨しています。JAMAの場合ですと、次のように投稿規程に記載しています。

Authors of reports of studies and systematic reviews should follow the EQUATOR Reporting Guidelines.

しかし、論文投稿時でチェックしたものを投稿せよという規定はありませんでした。同様のスタンスが多いようですが、PLOS Medicineは上記のようにチェックリストとして利用、そして投稿することを求めています。Lancetは系統的レビュー、および介入試験について独自のガイドラインを設けています。

さて、ここで述べたいのは次の事柄です。

論文を書く際はガイドラインを構成のテンプレートとして書いてはどうでしょうか

The EQUATOR Networkに掲載されたガイドラインは、論文を書いていく段階では通常、用いられません。その理由は次の2つが少なくともあると私は考えています。

.ガイドラインは、「あなたの論文がきちっとガイドラインに従っているか投稿前に確認してください」というように利用されているため。
.こうした確認を求める学術誌は特定のものに限られ、普及していないため。

著者の先生とお会いする機会が実って購入した医学論文の執筆の指南書(註1)でもThe EQUATOR Networkの紹介がされているものもありますが、投稿の準備段階で紹介されています。おそらく書籍によってばらつきのある事柄でしょう(註1)。

論文を書く際、学術誌のターゲットを決める場合は多いと思います。しかし、その投稿規程を確認することは少ないかもしれません。確認するとしても抄録と本文の文字数と図表、引用文献の数くらいで、他の部分は「後でいいや」と後回しにしてしまうのではないでしょうか。共著者の考えや仕上がった論文の調子によって投稿先は変わってしまうかもしれませんので仕方ないですよね。

しかし、言わずもがな論文を書いた後に「え、これも書かなくてはいけないの?」「また共著者に確認をとるのが面倒くさい」などということにならないように投稿規定は確認しておきたいですよね。

そしてここで私が述べたいのは投稿先や投稿規定がどうであれ、該当するガイドラインを確認しながら論文を書いた方が効率がよいだろうということです。けっきょく研究論文に書くべき基本事項を押さえているわけですから、それに従って書いていった方がよいのはいうまでもありません。そして多くの学術誌が推奨しているのですから、投稿先が定まらなくとも後に手間をとるリスクは軽減できます。

査読する側としての視点

そして、査読者としてそれなりの経験を積んだ視点から述べますと、ガイドライン通りの内容を押さえた論文は概ね読みやすいです。というより、ガイドラインに従って内容が整然とされていることをある程度は無意識にでも想定してしまうので、その想定通りに話が進んでいくと読みやすいのです。

また実際のところ多くの査読者はそのガイドラインに従った内容・構成に慣れているかと思います。よい査読者ほど、多くの(トップジャーナルの)論文を査読しており、ガイドラインに従った論文を書いた経験を持ち、そういった論文に多く触れているからです。

さらにガイドラインで押さえるべきとされている内容は研究の質に関わる内容も多くあります。その部分が論文中で欠けていたら、査読者はその部分を指摘することになります(指摘すべき内容であることが多い)。やはり細かなポイントを見つけるたびに指摘するのは大変なので、ガイドラインにある基本はカバーしてほしいというところなのです。

項目によっては筆者側が書く必要がないと考えられるものもあるかもしれません。あるいはそもそも書くことなど念頭にない事柄もあるでしょう。(栄養学領域でよくある例として最下部(註2)に記しました。)ですので、その確認のためにガイドラインを文字通りガイドに論文を書くのが良かろうと思っています。

また専門としている分野が応用医学系でない科学者(e.g. 基礎研究者・社会科学者・理論[統計]学者)が、医学系学術誌に論文を書くとなると、構成や論述の仕方がとても異なるケースもあります。もちろん質の良い論文も期待できるのですが、医学系学術誌に論文を投稿するのでしたら、その学術誌で期待されている内容の流れに合わせた方がよいでしょう。

査読者は医学論文としてのスタンダードを基に論文の質を判断したいので、容易に予想できることでも、やはりガイドラインに書いてある項目は最低限でも押さえたいものと思います。

論文に書くべき内容がガチガチに固定されてしまうが・・

このNoteのタイトルを「ガイドさんに従ってみては?」としたのは、ガイドラインやそれに沿ったテンプレートなどは医学論文の内容・構成として基本だからです。"書きやすさ"の利点から、つらつら論文を書いているとその"基本"から外れることはあると思います(註3)。とはいえ読者や査読者の"読みやすさ"は"書きやすさ"よりも優先されなくてはなりません。ですので、基本に立ち戻る意識でもって、ガイドラインの項目に早い段階から慣れて参考にするとよいかと思っています。未経験でしたらぜひ!

論文の執筆内容が固定されてしまうと論文を書く側が主張したいユニークさが無くなってしまうかもしれません。しかし、そのユニークさを許すあまりに論文の内容やバイアスへの視野、視点が医学界でバラバラになってしまうことも考えられます。そしていざエビデンスをまとめる系統的レビューの段階になってエビデンスの質を一律に評価できなくなってしまいます。そうした問題・懸念がそもそもThe EQUATOR Networkやひとつひとつのガイドラインの構築の動機になっています。

ですので、何かしらのユニークさを強調したい場合は、あくまでガイドラインの基本を押さえた上に築いていくというスタンスがよいでしょう。スポーツや料理、芸術関係でも、奇をてらう前にまずは基本を押さえてからと言われますが、そうしたことと似ているのかなと個人的には考えています。

The EQUATOR Networkのガイドラインの和訳

実はこのNoteを書き始めた際、ガイドラインをしっかり訳して紹介しようと考えていたのですが不要でした。The EQUATOR Networkに集積されているガイドラインは翻訳もなされ、日本語のものも拡充しているからです。

たとえば、上記に紹介したCONSORT 2010は東京大学の津谷喜一郎先生らが邦訳し、論文として発表なさっています(『薬理と治療』, 2010;38(11):939-947)。

CONSORT 2010を含め、STROBE、PRISMAなどなど日本語に翻訳されてきたものは、特定のページにリストされています。他分野にわたる日本人の先生方も注目していること、恐れ入ります(このNoteがそうした尽力の紹介の一助になれば)。

英語・日本語問わず効率よく使用して、論文執筆のプロセスと内容を向上させましょう!(そして査読者や編集者の負担を軽減させましょう!)

おしまい。

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註1)康永秀生,必ずアクセプトされる医学英語論文完全攻略50の鉄則,金原出版株式会社(2016);該当箇所はp143(第9章「投稿から掲載まで I」第3節「投稿の準備」)に掲載されています。
 森本剛,査読者が教える採用される医学論文の書き方,中山書店(2013)にはThe EQUATOR Networkの紹介はありませんでしたが、各セクションで書くべき項目が挙げられており、私が記した内容と遠くないかと思います。
 後藤匡啓(編),長谷川耕平(監),JEMNet論文作成マニュアル2017年版(ver 2.0)(2017)にはSTROBEとCONSORTの紹介があり、私の記載ほどの強調はありませんが、特に観察研究の方法を書く部分でSTROBEに従うことを推奨する主旨が記載されています。無料で論文の執筆の仕方が読めるのでお薦め(このNoteを書く前に確認しておけばよかったです)。
 日本栄養改善学会,論文の書き方・まとめ方,第一出版(2003)には、私が記したものと同等の記載はありませんでしたが時期からして仕方ないですね。栄養学研究にも応用の利く内容ですので参考になれば嬉しいです。私が頻繁に関わる学術誌でも上記のガイドラインの使用を義務付けているところもあります。
 他にも医学論文の書き方の書籍はあるのは認識していますが、網羅できず。私と同様のことを書いている書籍はもちろんあることでしょう。

註2)たとえば私の専門とする栄養分野においては極端でない食事の介入となると、多くの場合、副作用は考え難いものです。ですので、副作用についてまったく表記がない論文が多くあります。しかし、査読する側としてはその報告が無かったのなら、そのように書いて欲しい内容となります。また栄養学研究では、多くの研究で欠損値に関して無頓着なものが多くあります。欠損値があれば解析から除外し、それに伴うバイアスの解析や解説は少ないのが実情です(残念ですが)。

註3)たとえば次のような例が挙げられます。
.細かな解析とその結果について、方法の部分で細かく記載するのは避けて「結果(Results)」の部分にのみ、解析方法と結果を並列して記載する。
.あるいはDiscussion執筆時に必要と気付いた解析についてDiscussionにだけ記載する。
査読する側としては「あれ、これ方法の部分に書いてあったっけ?」と混乱してしまうので本当に避けて欲しい事柄です。

冒頭の写真はPINTEREST.COMより

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