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疫学の基本から注意してみる・・ビタミンDの急性呼吸器感染症に対する効果①

COVID19の蔓延に対してビタミンDのサプリメントによる予防効果(あるいは治療効果)を期待してもいいのではないか・・という話があります。医学論文にも掲載されているように今のところ、その効果を期待させる強いエビデンスはありません。

このNoteはそれに関連しそうな疫学研究の補足の内容になります。簡単に述べると呼吸器感染症に対するビタミンDの予防効果はそもそもそんなに強くないよということです。

同トピックについて公の情報

以下、国立健康・栄養研究所による発信です。

アメリカ医学界の学術誌JAMAでも、効果が実証されていないこと、撤回された研究などがあることが紹介されました。そうした内容を含んだ日本人向けの記事も多くあります。

参考になりますね。

ビタミンDの呼吸器感染症予防への期待

さて、ではなぜそもそもビタミンDがこうした感染症の予防についての期待を生んだのでしょうか。

その期待を膨らませているのは、次にある英国医学会誌に発表された総説とそれを支えるエビデンスになると私は考えています。

Martineau AR et al. Vitamin D supplementation to prevent acute respiratory tract infections: systematic review and meta-analysis of individual participant data. BMJ. 2017; 356i6583

この論文はビタミンDのサプリメントが安全で呼吸器感染症に対して予防効果があることを示しています。そして特にビタミンDの血中濃度が低い人にとってよいであろうことを述べています。

この研究は同研究グループから今年の3月に更新されました。
Jolliffe DA et al., Vitamin D supplementation to prevent acute respiratory infections: a systematic review and meta-analysis of aggregate data from randomised controlled trials, Lancet Diab Endocrinol, 2021;9(5):276-292

37の研究をまとめたもので、ビタミンDの摂取をランダムに依頼された人は、比較対照(e.g. 偽薬の摂取)の人たちと比較して、オッズ比として0.92(95%信頼区間0.86-0.99)という推定を出しています。2017年のもの(0.88;95%信頼区間0.81-0.96)と比較して程度は弱いですが、その推定値が1.0よりも有意に低いので効果が示唆されたという解釈がなされています。ただその程度が弱いのでそれほど効果がないという消極的な表現がされています。

そのとおり効果の推定値はそれほど大きくないのですが、それでも過大評価だと考えられます。なぜなら、それは効果推定が「オッズ比」の推定によるものだからです。

疫学を勉強した経験のある人は、「え、ここでその話?(笑)」と思われるかもしれませんが、そのとおりです。良い機会と思ったので主題とさせて頂きます。

上記の2つの論文ではともにオッズ比が推定されており、リスク比は紹介されていません。以下、リスク比とオッズ比の解説になります。ご存知の方は流し読みしてください。

ちなみに、同内容について(あぁ、良い例かもな)・・と思って記しておきたいと思っていたら、同じ指摘はすでにされていました(MJ Bollard, BMJ, 2017BMJ, 2021)。基本的な要注意事項と考えてもよいのかもしれません。

リスク比って?

私たちはサプリメントの効果を知りたいというときは次のような数字を気にします。たとえば一ヶ月、無防備に過ごしたらCOVID19を患うリスクが10%だとします。そしてあるサプリメントを服用することでこの10%が1%に落ちるのか、5%に落ちるのか、8%に落ちるのか推定したいわけです。5%に落ちた場合、リスク5%÷リスク10%で、リスク比は0.50になります。

わりと理解し易いですよね。「リスクを半分にしそうだ」とか「リスクを50%下げた」という表現になります。あるいはリスクを5%下げたともいえます。相対的に見るか(5%÷10%)、絶対値で見るか(10%-5%)ですね。%の減少を%で示すとややこしいですが。

オッズ比って?

ではオッズ比とはなんでしょうか。文字通りオッズの比です。オッズというのは、疾患に罹らない人1人に対して何人が疾患に罹るかという数字です。

競馬とか賭け事で使う「オッズ」と意味が違うように感じるかもしれませんが、「100円賭けたら、その100円に対していくら儲かるか」と考えれば似たようなものと伝わるでしょうか。

さて、もしも発症するリスクが10%だったら、100人のいるとして、感染しない人が90人いて感染する人が10人になります。ですのでオッズは10/90=0.111です。感染しない人1人対して、感染する人は0.11人という推定です。

もしもサプリメントがリスクを半分にするとしたら、リスクは5%ですよね。100人の人がいたら、感染しない人が95人いて感染する人が5人になります。オッズは5/95=0.0526です。

ではオッズ比はというと、2つのオッズの比なので0.0526/0.111=0.474 になります。オッズ比は0.47です。

オッズ比とリスク比は違う・・ビタミンDと呼吸器感染症の論文ではオッズ比が推定されている

上記の架空の例では同じ集団で同じ効果を検討した結果、
・リスク比は0.50
・オッズ比は0.47

と推定されました。これは疫学では基本的なことなのですが、リスク比とオッズ比とは計算上、ずれが生じます(リスク比とオッズ比がともに1.0である場合は例外)。この例だと0.03の違いが出ました。

上記のようにリスクの比を考えると感染する率が50%減ったね・・というように解釈したいのですが、オッズ比をみるとそれも適いません。オッズが53%減ったねっていってもよく解りませんよね。

これがオッズ比の問題の1つです。オッズ比は解釈しづらいのです。でも論文ではオッズ比が推定されています。その理由を簡単に述べると、ちらの方が容易で皆が使ってきたからです。

では先日3月に発表された論文ではどれほど違うのでしょうか。論文上に公表された情報から推定してみると下に貼り付けた図のように表示することが可能で

オッズ比:0.86 (95%信頼区間:0.83-0.95)
リスク比:0.98 (95%信頼区間:0.95-1.00)

と推定されました。37の研究があり、図ではそれぞれの研究の2つの推定値を羅列しています。左側がオッズ比、右側がリスク比です。そしてそれを統合した推定値が最下部(ダイヤモンド)で表示してあります。

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オッズ比0.86のときにリスク比が0.98って大分、違いますよね。オッズ比は過大評価なわけです。

私がこの場で再現するのが面倒なプロセス(あるいは前提等が必要なプロセス)があって、論文ではオッズ比は0.92と公表されていますが、これはリスク比にして0.98や0.99くらいと個人的には考えています。

ということで、呼吸器感染症の予防効果があるっていってもその効果は論文に紹介されている数字が与える印象以上に本当に小さなもの・・ということです。たとえば、ある一定期間中、呼吸器感染を患うリスクが10%だったら9.8%くらいになるという様子です。40%だったら39.2%ということで、リスクの差はビタミンDを摂るか摂らないかの差で0.8%という程度です。

特定の集団での効果

上述にて参照した3月の論文(Lancet, 2021)では、ビタミンDのサプリメントを摂取する頻度などによって効果が異なることが紹介されています。研究者向けの論文の要約部分(抄録)に紹介されているものは、オッズ比(95%信頼区間)として

毎日摂取        ・・0.78(0.65-0.94)
400-1000 IUくらいの容量 ・・0.70(0.55-0.89)
摂取する期間が1年未満  ・・0.82(0.72-0.93)
対象の年齢が1歳~16歳 ・・0.71(0.57-0.90)

だそうです。こうしたオッズ比もリスク比として安易に解釈はできないわけです。オッズ比とリスク比がどんなときに近似するのか、公衆衛生上の価値の考え方(註1)など紹介するのもよいですがここでは省略しますが、ともかくも表示された数字ほどは期待できないということですね。

さて、成人に限って効果を推定しても期待される効果は推定されなかったとは個人的には驚きでした。でももしかしたら成人に対して400-1000 IUの容量で毎日、摂取してもらえれば効果があるかもしれません。それは判りませんが、論文の著者は「ビタミンDのサプリメントは安全で効果はあるようだが、その効果は小さいだろう」と結んでいます。そしてCOVID19の予防効果についてはまだ判っておらず研究が必要とのことです。

オッズ比とリスク比の違いは、公衆衛生学や疫学を学ぶ上で基本的な事柄として紹介されます。なぜBMJなどの論文で(オッズ比の方が簡単とはいえ)リスク比が推定されないのかとても疑問(註1)なのですが、こうした基本的な事柄も最新の論文の読解には役立つということですね。そう再認識させてくれる機会でした。

オッズ比のリスク比からの乖離(おまけ)

おまけとしてオッズ比とリスク比とがどれほど離れるものなのか図示したいと思います。下の図は偽薬を摂取している群のリスクを横軸にとり、そのリスクが20%減ること(リスク比=0.8)を想定した際のオッズ比とリスク比になります。

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対照群のリスクが高くなってもリスク比は一定です(0.8のまま)。しかしオッズ比とリスク比とは放れていきます。オッズ比がリスク比と異なることに加え、対象となる集団のリスクによってオッズ比の解釈が難しいことも解ります。オッズ比の利用はこうした困難さから注意を要するのですが、そこまで考察の及んでいない論文が多いのが実情です。書く際にも読む際にも気をつけたいですね。こうした数的な描写は疫学の初頭の授業の宿題に出るような内容だと思います。学んだことのある人は、適当な復習となっていればと持っています。

註1)Number needed to treatの話とか。

註2)オッズ比の問題点に加え推定方法などは多くの論文にて紹介されています(例:D Spiegelman, E Hertzmark, Easy SAS Calculations for Risk or Prevalence Ratios and Differences, Am J Epidemiol, 2005;162(3):199-200)。こうしたメタ解析でも、可能な限り応用したいところです。

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