vol.3 身体に訊く〈ヌトミックのメルマガ〉
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vol.3 身体に訊く〈ヌトミックのメルマガ〉

*この記事は6月5日(金)に「ヌトミックのメルマガ」で配信された内容を抜粋してお届けします。


|過去から考える(額田大志)


▷ 身体の快楽を取り戻す

今は、どうにかして身体と身体が出会う場所を取り戻せないかと思っています。

新しい生活にも慣れてきました。意外と悪くない気もしています。しかし、一刻も早くリハーサルを行い、演奏や上演をしなければとも思っています。このままでは、人と人が出会う「快楽」を忘れそうです。

快楽というのは「大勢で演奏したら楽しい」、「演劇を見ると気持ちが奮い立つ」、「なんだかワイワイ騒ぐと面白い」といった、身体の体験です。作品の質や内容とは、あまり関係がない場合もあります。しかし今の日常では、人と人が出合わなくても案外生活できる、という認識が広まり、そんな身体感覚を忘れないか心配しています。

身体が快楽を感じるから、音楽も演劇も必要だと言えると思っています。(もちろん、それ以外の理由も沢山ありますが)
まずはリアルな場で人と会うこと、そして人と協働することが快楽を生むことであり、その一つとして、集まってリハーサルをすること、演奏をすること、作品を上演することも含まれているでしょう。

人と人がリアルな場で接触することで生まれる身体の快楽を忘れないよう、定期的に自分が思い出したい、そして誰かにも思い出させたいと考えています。そんな企画を、水面下で進行中です。うまくいけば夏頃に現実世界でお出しできると思います。どうしても濃厚接触が避けられないので、色々と苦戦するかもしれませんが…。

また話は変わり、2019年に実施したオーディションから、新たに俳優の長沼航(ながぬまわたる)がヌトミックのメンバーに加わりました!
ヌトミックの作品には未出演ですが、こちらもお披露目できる機会を準備しています。長沼くんのメルマガコーナーも今号から掲載中ですので、ぜひお読みください。



|ふかさわのまとめ。(深澤しほ)


▷ 2020年5月31日

気づいたのですが、最近は「疲れたー」と言っていません。正しい疲れを感じていない毎日が続いていて、日々に達成感が無いんですね。どうにかして日々をやり過ごす、という感覚で、中学生時代の休日を思い出しました。

中学生の時、とにかく寝ることが好きで夕方までずっと布団の上で過ごしていました。兄達がゲームをしている音を聞きながらいつも夢を見ていました。
この、「夢」というのは未来に思いを馳せるとかそういうものではなくて、眠りが浅くて見る夢のことです。何度も寝直しては夢を見て、起きた直後に、見た夢を思い出す、というのを繰り返していました。

兄がゲームの『聖剣伝説』をやっていれば、私は夢で森の中にいました。『マリオカート』をやっていれば、私の脚は絡まって橋から落ちました。夜になると交差点の真ん中から一本足の傘のお化けがぴょんぴょん跳ねながらこっちを見つめていました。
寝るときはいつも夢を見ていた気がします。今考えると精神的にも身体的にも不健康だし、中学生という青春時代をひとりでひたすらに夢想していたので、友人と遊んだ、とか楽しかった思い出がすぐに出てきません。

最近も夢を見ることにはまってしまって、いろんな情景やいろんな動物が出てきます。とある人が出てきて、久々に会うなあ、と思っていたら翌日に連絡がきたりして、嬉しい体験もしました。と、ここまで文字におこしてみて客観的に見るとちょっと自分ヤバい。ダメな気がする。この話ちょっとストップします!話を戻すと、つまり最近「正しく疲れていない」のです(このとき私が思う「正しく疲れていない」とは「熟睡できていない」ということです)。

料理したり、ラジオを聴いたり、勉強したり、それなりに楽しい日々は過ごしているのですが、その楽しさも一定のところまできてしまったので新たに何か始めようと思います。とりあえず外に出ていっぱい歩こうと思います。もう6月になってしまう。6月です!2020年の折り返しはすぐそこ!こんな日々を過ごす予定ではなかった!悔しいです!
悔しいのでこれから散歩に行ってきます。肉のハナマサで肉を買ってきます。今日はカレーにします。



|ひととヒトと他人と(長沼航)


みなさん、お初にお目にかかります。長沼航です。俳優をしています。この度、ご縁がありヌトミックに加入することになりました。末長くよろしくお願いいたします。

メルマガですね、マガジンなので雑誌です。様々なコンテンツの混交。僕はつらつらと雑多な誌面を飾るエッセイ、らしきものを書いていきます。人生初の連載。連載を持ちました。自分で作り出した連載、錬成された連載。その名も「ひととヒトと他人と」(ひととひととひとと)です。一青窈とはなんの関係もなく、書いていきます。内容も形も季節の移ろいと一緒に変わっていくかと思いますが、ゆるやかなお付き合いをお願いします。

私、友だちがいません
実際のところ、いなくはないんですが数は少ないです

何をしてもひとり……

友だちがほしい(別に友だちを募集しているわけではない、募ってもいない)
と言ってしまうとき何を求めているんでしょう

何がほしいんでしょう

友だち、とは謎ですね
あのいつの間にかできている、人間との関係性、存在

謎だけれどみんなにいますね、それも含めてミステリー

例えば知り合い、は多い、いや、多かった方なんです
会ったら話すけど、自発的に会うことのない人(正確な定義か?)

いまや知り合いすら多くない

その代わりに仲間が増えた、仲間、仲間、仲間(由紀恵ではないです)
何かをともにする人(companyということ、か)
演劇を一緒に作る人、音楽を一緒に演奏する人など
そういう意味で「ごくせん」は仲間っぽい(由紀恵以外も)
あとは「ルーキーズ」なども

だから、円陣、円陣と仲間はどこか親和性がありますね

円陣、輪っかになる、集まりが先んじている、中心に何か目指すべきもののある円
先んじた集まりにやがて関係性の綾が出てくる(円→線の複数化)

それはだいたいなんでもそうじゃないですか?

それはだいたいなんでもそうで、でも集まりの持続性、集まりからの発展性の違い、なのかもしれないですよね
友だちだってクラスや職場なんかの集まりから出来るのでしょうけど

仲間とは違う意味はありそうでしょう、それはなんでしょう

線、さっき線と言ったけれど、線、線、友だちは線
線的な繋がり、だと思っているところがあるのだろうか、幸せの赤い糸?

向かうところがなくても線は保持されるような、そういう関係のこと?

集まりはいつか解散するので、円は消えるが線(縁?)は消えない、という状況はどうやったら生まれますか?
やはり努力が大事ですか?努力、関係維持の努力、とか考えてる時点で敗北なのか

強い集まりに身を置くか、自発的に関係を取り持とうとするか、その二者択一でしょうか?

(つづく)



|原田の、すぐには使わないものコレクション(原田つむぎ)


今回は、メルマガ読者の方からすぐには使わないものコレクションを教えていただきましたので、嬉しさが隠し切れず最初にご紹介させていただきます。本当にありがとうございます!


おばあちゃん家の棚からもらってきた綺麗な小皿

おばあちゃん家の棚からもらってきた綺麗な小皿

綺麗すぎて普段使いできない、けど綺麗なので部屋に置いてある。いつかたくさんの人を家に呼んだ時にサラッとデザートとかのせて出したい。
                      —— あやちゃん さんより

本当に美しい......!
ブルーとガラスの組み合わせがとってもさわやかです。縁のほんのりブルーは、もともと色が付いているのでしょうか、それとも真ん中の濃いブルーが伝ってきているのでしょうか。
サラッとデザートをのせて登場するその日まで、小皿たちがお部屋で待機している姿を想像するだけでなんだかわくわくします。
何をのせたら一番いいかな?と、デザートを考えて、買ってきたり作ったり、準備する時間までも特別になりそうです。
私まで、テーブル(床に直置きでもすてき)に並んでその周りをたくさんの人が囲む日が来るのが待ち遠しくなりました!

そして、久しぶりに「待ち遠しい」という言葉を使ったかもしれません。
正直最近は、○か月後とか○年後とか、少し先のことがなかなか考えられないまま一日をぼやーっと過ごすことが多かったので......。すぐには使わないコレクションは未来を想像させてくれるんだなと、自分の近くに置いておきたい理由がひとつわかったような気がします。
簡単なことなのかもしれませんが、自分では気づけなかったので、あやちゃんさん、本当に本当にありがとうございました!

私も、少し先が待ち遠しくなるような、すぐには使わないものコレクションをご紹介してみようと思います。


空っぽの缶たち

空っぽの缶たち

いつかコーヒーやお茶、クッキー、調味料などを入れておきたいと思って買った缶たち。まめな性格じゃないので缶に移し替えるということがなかなかできないまま月日が経ってしまい、いまだに何も入っていないままです。

最近家でお茶を飲むことも増えてきたことだし、しばらく使っていなかったコーヒーを淹れるセットを引っ張り出して、近所のコーヒー屋さんで豆でも買ってこよう!
そうするとこの缶たちはすぐには使わないものコレクションを卒業することになるのかも?でもなんだか、明日が、明後日が、もっとその先が、楽しみになるような時間を過ごせそうです。


ちなみに前回のこのコーナーで、バナナジュースを作ったらご報告しますと言ったので、誰も必要ではないかもしれませんが、実際に作ってみました!
結論を言うと、「バナナの質で味が決まる」です。
ざっくり、バナナ、牛乳、ヨーグルト、砂糖、はちみつ、シャリシャリにしたい人は氷を、それぞれお好みの量で入れたらほぼ間違いないものができると思います。しかし、バナナだけはぜひちょっといいものを使っていただくことをお勧めします。

※みなさんの「すぐには使わないものコレクション」がもしありましたらぜひ教えてください。メルマガご登録者の方からいただいた内容はここで紹介させていただくかもしれません。と同時に、私が「すぐには使わないものコレクション」を決める際の参考とさせていただきます。



|イチオシ・アルバム・レビュー(額田大志)


このコーナーでは、家でじっくり聴きたい音楽アルバムを1枚紹介します。


▷ B.B.King “Live At the Regal” (1965)
label:Geffen Records

アメリカで起きているBlack Lives Matterのニュースを見て、改めてこのアルバムを聴いた。

アメリカ音楽の歴史は、黒人と白人の歴史である。とはいえ日本で生活していると(もちろん私自身も)、実感として捉えることは困難だと思う。
できることの一つとして、好きな音楽の歴史を辿ってみるこがあると感じる。例えば、南北戦争で捨てられた金管楽器を黒人が安価で手に入れたことがジャズの誕生に繋がり、白人が黒人を演じるミンストレル・ショーがミュージカルの起源の一つになっているように、私たちの身の回りの音楽には黒人と白人の対立の歴史が潜んでいる。
(両ジャンル共に、諸説あり。またジャンルは複数の歴史的な出来事が重なって生まれるため、これだけが発端ではないことは付け加えておく。オススメ書籍のリンクも載せました。)

アルバムの話に戻ると、本作はブルースミュージシャン・B.B.キングの熱狂的なライブを収録した音源である。最初から最後まで観客の叫び声が入り続けるのが印象的だ。演奏の素晴らしさはもちろん、B.B.キングのスター性、ブルースの絶頂期を感じられ、とにかくその場、その時代にいるような臨場感が味わえる。

私自身、ブルースといえば当初は「なんとなく暗そう」というイメージを持っていたが、本作で認識を改め、ブルースの歴史を少しずつ調べるくらいに興味が湧いた。もちろん本作に限らず、アメリカ音楽のルーツを辿ることで、今起きているBlack Lives Matterの理解へと繋がると思う。

〈アメリカ音楽のルーツを辿るオススメ書籍〉



|編集後記 (河野遥)


▷ withコロナ時代の観劇を考える

緊急事態宣言の解除とともに、都内の人出は以前のような賑わいを取り戻し始めているように感じます。
私は4〜5月の間、ほとんど自宅の周辺で用が済んでいたので、もし今後電車に乗らなくてはならなくなったときは極力座席には座りたくないし(隣の人と近すぎる)、窓が開いていない車両には乗れないだろうと思っていました。心身が必要以上に警戒していたのです。

6月に入り、早くも電車に乗らなくてはならない日がやってきました。
その日は行きも帰りも、肩がギリギリ触れ合わない程度に満員電車。途中で大雨が降ってきたので、窓は閉めざるを得ません。この状況に一瞬絶望を味わいましたが、周りの人は思ったよりも平気そうに見えました(心の中で我慢しているであろう人も含めて)。

今、一部の人はこの数ヶ月が何事もなかったかのような元どおりの距離感を取り戻し、一部の人はこれを機にウイルス共生を前提とした距離感を体得し始めています。異なる距離感を持つ人同士が一つの空間にいなくてはならないとき、誰しもが意図せず他者を傷つける可能性があることを忘れてはなりません。
例えば、誰かが隣の空席に座ってきて、先に座っていた人がその距離に耐えられず立ち去ってしまったとき。見たこと、経験したことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
誰も間違っていないし、誰も悪くありません。そのとき立ち去った人が拒んだのは、隣に来た「人」ではなく「距離」だったのではないでしょうか。空間が、人間関係を壊してしまう可能性があるのだと実感しました。

それでは、あらゆる年代・職業の人々が集まる劇場が再開する時、主催者は対人距離をどのように設計するべきか。
演劇公演の多くの場合、観客は用意された客席に座らなくてはなりません。居心地が悪いと感じたとき、電車なら一本見送ったり、席を立ったりすることができますが、劇場ではそうはいきません。
目に見えない、多様な「距離のものさし」を持ってやってくる人々に、私(たち)はどのような鑑賞環境を用意するべきか、慎重に考えていきたいと思います。
読者の皆さま、これからの観劇に対して不安なことはなんですか? もしありましたら、ご意見お聞かせください。


追記
満員電車のあの日、窓から容赦なく入ってくる降り始めの雨に、我慢するか、閉めるか、葛藤していた乗客たちの数十秒がちょっとだけ愛おしく思えました。


さて、ヌトミックのメルマガ vol.3、お楽しみいただけましたでしょうか。
次回配信は6月26日(金)です。

最後までお読みいただきありがとうございました。



編集:河野遥
発行:ヌトミック

2020年6月5日発行



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2016年に東京で結成された演劇カンパニー。 「上演とは何か」という問いをベースに、音楽のバックグラウンドを用いた脚本と演出で、パフォーミングアーツの枠組みを拡張していく作品を発表している。俳優のみならずダンサー、ラッパー、映像作家などとのコラボレーションも積極的に行う。