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Mechanical Fairy

 無機質な研究所の扉を開ける。相棒である1体のますきゃっとが張り切ったように車両の整備をしている。こちらに気付いた彼女は
「おはようございます。いよいよ今日からですね。」
と挨拶をして、こちらが返したのを聞くと再び作業に戻る。
 
普段は研究所で管理されている蒸気機関技術研究試験用蒸気動車「ジヤ903」を鉄道博物館に期間限定で展示してみないかと話が来たのは3ヶ月ほど前になる。IMRによって統治された地域の治安はIMR統治以前よりもはるかに良くなり、音楽イベントや美術館、博物館といった娯楽も楽しめる程度に安定してきた。戦時中に開発された技術も治安維持のために使われるようになり、その一環としてジヤ903の鉄道博物館展示の話が来たようだった。もちろん今後も技術試験として用いるため、展示期間終了後は研究所に返却されるのだが、長期間研究所から離れるのは前線で破壊された線路の整備以来で少し寂しい。前回と違うのは、目的地も含めて安全地帯のみでの活動で、目的地までの移動も他車に牽引される予定のためある程度自由に行動できることで、申請上は業務に含まれる出張となっていた。その話を聞いたうちの相棒は旅行ですね!と勘違いして3か月先の旅行の準備をしだしたくらいには楽しみにしているようで、実際今も私が来たからこそ真面目に作業をしているものの、研究室内にはあらゆるObjectが転がっていた。とはいえ車両の整備も怠っていなかったようで、車体からは煤が落とされ、各稼働部品には油が差されている。
ここで改めて召集をかけ、この先1か月の行程を確認する。まず今日から3日間かけて博物館への搬入、その後は最終週に火を入れての展示運転も行うようだが、基本的には営業線と繋がった線路上での静態展示となっていて、再び3日間かけて搬出・返却の予定となっている。それまで3週間も蒸気動車の火を入れておくのもまた手間のかかる話なので、ジヤ903からはすでに火を落としてあり、車内には整備用の電動ブロワーや計器類、それと動輪から外された主連棒、偏心棒、返りリンクが積み込まれていた。また、私と相棒に関してはこのジヤ903の管理・運転を任されているため、私たち二人の荷物もあるが…これは二人分か?と思うほどの荷物が積み込まれていた。衣服の選択は滞在先の詰所でしていただけることになっているし、食事についても用意がなされているはずで…
 
「どうかしましたか?」
相棒から声がかかる。
 
「いや、荷物が多くないか?」
と聞くと、
「普段は石炭という高カロリーなエネルギー源を用いることで1ヶ月ほど絶食生活もできますけど、今回の旅行で石炭は用意されて無いじゃないですか!すぐにエネルギー切れますよ!食料です!食料!」
ということだった。
食料も何も、いつも通り石炭を詰め込めば石炭袋一つで済むはずだし、食事も用意されているのだが…気にしないでおこう。
そうこうしているうちに研究所内に列車接近のサイレンが響き渡る。どうやらお迎えの機関車が研究所連絡線の入り口まで来たようだった。指令所に連絡し、研究所連絡線入り口側のゲートを遠隔で開放する。暫くすると連絡線のトンネル内から機関車のエンジン音が聞こえてきた。こちらでも研究所側のゲートを開放し、ジヤ903の連結器の梃子を揚げ、連結の準備をする。ガガガガガガガガというDML61のエンジン音が響き、やがて研究所連絡線トンネル内から煌煌とライトを照らしたDE10型ディーゼル機関車が姿を現した…が、研究所に2両分の線路長はないためゲートの手前で一旦停止をする。研究所のゲートを跨ぐように徐行をしてジヤ903と接近し、連結器がかみ合ったところで空気ブレーキ管とジャンパ管を接続する。ジヤ903にまでDE10のエアが行き届いたことを確認してDE10の機関士に合図を送り、研究所から指令所にも連絡を行う。指令所からの合図を受けて信号機が注意信号を示したところで2両の列車は動き出すが、2両ともに研究所のゲートの外側へ出たところでいったん降車し、研究所のゲートを外側から閉鎖する。この研究所では車両が一種の鍵のような扱いとなっており、ジヤ903に搭載されたチップを線路側で読み取ることで研究所ゲートの閉鎖・開放を行っており、特に長期の出張の際は所員自らゲートの閉鎖と電源のシャットダウンを行うことになっている。
 
無事にゲートの閉鎖が確認できたところで私と相棒は再度ジヤ903に乗り込み、久々に連絡線の暗いトンネルの中を牽かれていく。
「楽しみですね」と相棒から声がかかる
まぁな、と小さく声を返したが、多分トンネル内に響くエンジン音にかき消されて聞こえてなかったかもしれなかった。
 
5分ほど経過したところでようやく地上の光が見えてきて、トンネルを抜けるとそこには幅100m、長さ1㎞の細長い操車場が広がっていた。一度貨物ホームの方へ行きすぎてから、推進運転で詰所から見て一番手前の線路に戻り、そこで昼休憩となった。
 私たちが普段過ごしている研究室も一応この車両所に属していて、普段は電話やメールで連絡を取っているが、こうやって直接車両所の人たちと顔を合わせるのも久しぶりで、詰所に入り歓迎を受ける。この時点ですでに昼下がりとなっていたため、私と相棒は詰所の食堂に向かい、遅めの昼ご飯を取ることにする。ここに来るたびに私が注文するのはうどん出汁に中華麺が入った「素ラーメン」と呼ばれるご当地ラーメンで、中華麺に程よく絡みついた素朴な甘みと、出汁を吸い込んだ天かすの食感が面白い一品。夏なので冷やしたうどん出汁に冷やした麵とごま油を効かせた冷やしラーメンもメニューにあったが、食堂に来るのが遅かったからか食券機のボタンには赤い売切れの文字が点灯していた。うちの相棒はというと、素ラーメンにカニ飯をセットし、食後にパンケーキまで注文していた。よくそんなに食えるなとも思ったが、普段の食事が超高カロリー固形物「石炭」なのでまぁこれくらいは余裕なのだろう。
30分ほどで食事を終え、車両所を一望できる管制室へ移動する。私はこの後夜にジヤ903の連結作業を行うまで特に用事はないので、宿直室のベッドを借りて仮眠することにしたが、うちの相棒はどうも久しぶりの外出に落ち着かないようで、車両所の人を見かけてはよろしくお願いしますねと声をかけていた。それもまぁこの小さな車両所の中なので1時間と足らずに全員に声をかけ終わり、久しぶりの歩き作業で熱を持った膝関節アクチュエータの冷却のために隣に寝そべってきた。
 
 背中で風船の膨らむ感覚があって18時ごろに起こされる。隣の相棒は同様の風船目覚ましが膨らんでいるが人とは構造が違うからか相変わらず目を閉じて眠っているのをたたき起こし、そろそろ準備だぞと声をかける。私は詰所内の売店で軽食を確保し、うちの相棒は車内に大量の非常食(?)を持ってきているのに売店でさらに何種類かお菓子を買い込んでいた。ジヤ903の留置場所に向かうと既に連結予定のEF64型電気機関車が横に据え付けてあり、パンタグラフを上げてブロワーを温めていた。機関車の汽笛を合図に入れ替えを行い、ジヤ903の前部に機関車が連結される。今回の牽引機は電車牽引用特殊装備を備えた数多のジャンパ連結器と双頭連結器を装備しているが、ジヤ903は試験車とはいえ基本動力が蒸気という超アナログ車両なので空気ブレーキ管と普通のジャンパ管と自動連結器の連結を行う。また、あとで後方に連結される客車編成のブレーキや空気ばねとパンタグラフの制御のために、ジヤ903自体にはまったくもって意味のない管も2、3種類ほど連結しておく。22時を過ぎたあたりでいよいよEF64型電気機関車とジヤ903蒸気動車の駅への移動が始まり、双頭連結器と自動連結器の隙間からガシャコンと音が鳴る。ものの3分ほどで2面4線の高架駅のホームの無い中線に進入する。
23時20分ごろ、接近ベルが鳴り響き、後方から2灯のヘッドライトを照らして夜行急行「真砂」が入線してくる。ホームのある2番線に入線した夜行急行からディーゼル機関車が切り離され、それと同時に中線にとまっているEF64型とジヤ903が動き出す。ディーゼル機関車が引き上げ線へ退避したのを確認して、夜行急行の先頭にEF64型とジヤ903が連結される。夜通し走る夜行急行「真砂」の今晩の編成は先頭にEF64型電気機関車、回送として連結されるジヤ903型蒸気動車、個室A寝台車が2両、個室B寝台車、ロビーカー兼電源車、開放B寝台車が3両、ノビノビ座席車、2等座席車の機関車含めて11両編成となっていた。ジヤ903と客車の間にまた複数のジャンパ管をつなぎ、電源車のパンタグラフが上昇して電動発電機の起動を確認する。私と相棒は先方のご厚意で、ジヤ903の確認がしやすいようにと一番車端に近い個室A寝台があてがわれており、そこに乗り込んだ。連結を終えて私たちを乗せた夜行急行「真砂」は深夜の高架駅をゆっくりと進みだし、分岐器を超えて単線で高規格な高速新線に進みだす。試しに相棒のGPS装置を信頼して速度を尋ねると、95km/hで走行中とのことだった。私と相棒は揃ってベッドに腰掛け、高架線から深夜の都市部の夜景を眺める。ちょうど日を回ったころに次の駅に停車、A寝台車も連結しているとはいえ急行扱いの列車なので停車駅はそこそこに多く、機関車列車なので加速は鈍く速度も遅い。相棒はというと、車窓に張り付きながらそのオレンジ色の目に並行する高速道路の流れる街灯を映していて、そんな様子を見ながら私はつい乗り心地に任せてうとうとし始めていた。
 
 
ゴトッ…ゴゴゴゴゴゴ
 
そんな急ブレーキとも衝突音とともとれる轟音に起こされたのは深夜2時半ごろのこと、列車は音とともに停まり、その振動で相棒も起きたようだった。相棒の眠そうなオレンジの瞳にはクエスチョンマークとエクスクラメーションマークが浮かび、眉が垂れていたが、すぐに首を振っては真面目な顔になり、「鉄道通信モード」へと切り替わる。この辺りのスイッチの切り替えの速さはさすがアンドロイドだなと感心する。普段は私の研究室での相棒として活動しているうちのますきゃっとであるが、本来の製造目的は蒸気機関を操作するための仲介役、いくら蒸気機関が"人間らしい機械"だとしても、大きな隔たりのある「人間」と「機械」の間に立って、機械からの通信を読み取り人間に伝え、そして人間からの指令を機械へ伝達する仲介役が必要だとカスタマイズされた量産型のらきゃっとの1機だ。
相棒は背筋を伸ばして個室のドアを開けて車端に向かい、車掌室の電子錠を開錠する。車掌室には簡易運転台程度の装備が備え付けられており、その一端にあるコネクタに頭から生えたケーブルを差し込む。エアインテークから聞こえるファンの音が大きくなり、編成の各車両や指令室、機関士、車掌と同時に複数のやり取りを行って負荷がかかっていることがわかる。5分だったか10分だったか、安全の確保を待っている間私は特にやることがなかったが、一通りの連絡を終えた相棒が計器に向けていた顔をこちらに向ける。
 
「覚悟、してください。」
 
と相棒が一言を言い終わるか終わらないかのうちに、ガタンと車両が大きく横に揺れる。異常事態に気付いた相棒は頭の通信ケーブルが千切れるのも厭わず客室デッキに飛び出す。そこには破壊された青い扉と、一機の赤い目をしたのらきゃっと型アンドロイドが立っていた。
 
「いかがなされましたか。お急ぎの様ですが。」
 
久しぶりに聞く相棒の丁寧語に相手が只者ではないと気づき、こちらも身構える。
 
「急用でこちらの列車に乗ることになりました。客室をお借りしても?」
 
相棒は一度こちらに困った顔を見せたが、「わかりました。では私共の部屋をどうぞお使いください」と赤い目のアンドロイドに答える。
私は相棒に問い詰めようかとも思ったが、赤い目のアンドロイドの後ろから黒い猫が覗いたところで状況を察する。
 
「やぁやぁ久しぶりだね。こんな深夜に何事かと驚いたとも思うが、いやまぁのらちゃんがね、今日はなんかおいしいものが食べたいです!と言い出したものだからこっちの方まで足を延ばして牡蠣鍋を食べに来ていたのだよ。んで、今は帰るところなんだけど、こんな深夜だし飛行場も近くにないし、IMRの力をもってすれば何でもできるんだけど、ただまぁちょうど列車が通りかかったもんだからついでに乗ってみようかと思って。」
 
「なるほど、それでたまたまこの列車に目を付けたわけですね。まぁ車両の停め方と乗り込み方くらいはちゃんとしておいてほしかったですけど…。で、要件としては、今からこの列車はIMRの重役が乗る本線上の最重要列車となるから、運転についても信頼された機関士と機関助士に頼みたいというわけですね?」
 
「その通り。話が早くて助かるよ。ついでに客室は編成内で最高級の部屋を頼むとすれば、まぁ君たちの使っていた車掌室に最も近い個室A寝台を使うことになるわけだけど。」
 
「その話ならば、今日に限っては変更がございます。きっとのらちゃんにとってもこれ以上ない設備かと。」
 
「ほう…。ならば案内してもらおうか。」
 
 どうやらのらちゃんのために牡蠣を食べに来ていたが、帰宅手段について考えていなかったため、途方に暮れていたところでたまたまこの列車を見かけ、踏切に立ち入ったのらちゃんが強引に機関車ごと列車を停め、ドアを引きちぎって乗り込んだということだった。IMRの重役じゃなかったら列車のハイジャック事件として大事になっていただろうけど、多分今回の緊急停車は何かしらの圧力がかかって、鹿との衝突とかで処理されるんだろう。
 そんなことを考えながら、私と相棒は寝台車を降りてジヤ903の扉を開ける。
「こちらがnusa都市研究所の誇る蒸気機関技術研究試験用蒸気動車『ジヤ903』にございます。技術研究用ではございますが、戦線でも最低限の生活が担保される設備を備えており、敵襲に備えての防弾設備や非常用装備等もあります。本日に限りましては博物館への展示に備えて回送として連結しておりますが、うちのますきゃっとが非常食として持ち込んだ多種多様なご当地グルメもございます。どうぞごゆっくりお楽しみください。」
 
黒い猫と赤い目のアンドロイドに軽く紹介をしている間、相棒はジヤ903と客車の間でジャンパ栓をつなぎ変える作業をしている。回送車として連結する際に不要だった440V通電ケーブルを接続し、ジヤ903に客車と同様のサービス電源を供給する作業だ。ジヤ903の無機質な車内の蛍光灯が点灯したことを確認し、再び車両に戻る。引きちぎられた寝台車の扉はそれっぽく元に戻したが、開けられなくなってしまったのでこれはIMRの方で修理してもらうことにしよう。EF64型とジヤ903の間には貫通扉を開けて通路をつなぎ、重役との連絡が問題なく行えるようにしておいた上で、私と相棒はEF64型の運転台へ向かう。ここまで運転してきた運転士には相棒が連絡をしていたようで、すんなりと後ろの客車の方へ移動していった。
空いた運転席に私が座り、助手席には頭から生えたもう一本の予備ケーブルをコネクタにつないだ相棒が座る。せっかく用意した非常食が他人に食べられてしまうのは少し嫌そうな相棒だったが、博物館に着いたらたんまりとご馳走してあげようというと満足げな表情をし、そして真面目な顔へ切り替える。指令室へは相棒が連絡をしており、ただでさえ列車本数の少ない夜行時間帯の前方線路上には既に「進行」の青を示した信号が並んでいた。電動発電機の電源を入れ、コンプレッサーがコポコポとブレーキ用の空気を作る。主電動機の電動送風機からゴオオと轟音が鳴り響き、ブレーキを運転位置に緩める。ノッチを入れ、抵抗器用の電動送風機の起動からワンテンポ遅れて機関車が重たい足取りで発車する。ゆっくりとノッチを上げ、速度が95km/hに達したところでノッチを緩める。本来ならば右斜め前にあるスタフを見ながら運転を進めるが、IMRの重役の乗った列車とあらば「スジ」なんてものは関係ない。相棒が車掌に"他の乗客の乗降を無視する"旨の連絡を行い、つまりはここからノンストップで終点へ向かうという突拍子もない列車となった。
約1時間遅れで所定の駅を通過し、曲線での減速と下り勾配での発電ブレーキ等を駆使しながらできるだけの速達便で、列車は終点へ向かっていく。東へ向かう列車はやがて夜明けを迎え、前の戦で破壊された海峡大橋の向こうに朝焼けを見る。少しばかり相棒の方に目をやると、朝焼けと同じ色の瞳は変わらず真面目そうな表情で、淡々と指令との連絡や車両状況の確認等を行っているようだった。列車は複々線区間へ突入し、始発列車を抜かしながら東へ向かう。右手に24時間稼働するコンビナートを掠めたら工場内の支線が合流し、左からは市内電車が並走してくる。野球場とアウトバーンを眺めたところで一度減速し、左に分かれる短絡線へ入る。整備工場と高架線に挟まれた地平の短絡貨物線を抜け、複雑な分岐を渡り高架線の下を潜り抜け、列車は東北方向へ進路を変える。再び旅客線と合流し、過ぎ去る景色はビール工場のレンガ屋根と貨物ターミナル、アンドロイドメンテナンスセンターに光るIMRのロゴマーク。だんだん列車の本数も増えてきて、少しばかり速度の遅い夜行列車はなかなか気後れしてしまうが、それでもこちらはIMRの重役を乗せた現時点での最重要列車、終点までのラストスパートを駆け抜ける。蒸気動車が展示される予定の博物館が見えてきたところでブレーキ弁を常用ブレーキ位置にかけ、重なりに戻す。この停車時のブレーキの掛け方が機関車特有の自動空気ブレーキ装置では扱いにくく乗り心地が悪かったりするのだが、そこは私と相棒の息の合った電子制御でゆっくりと終着駅の隅にある頭端式ホームへ滑り込む。最後に保ち位置へブレーキを回し、停車位置がピタッと止まったことを確認してふうと息を吐く。ハプニングで一時間遅れとなったが、ノンストップで走り抜けたことで最終的には定刻とさほど変わらない到着時刻となっていた。客車のドアが開き、途中まで運転していた運転士が機関車の方にやってきたところで機関車の扱いを任せ、ホームに降り立つ。駅のホームでは途中駅で降りそびれてしまった夜行急行の乗客への案内がしきりにアナウンスされ、乗客が戸惑う中で黒猫と赤い目のアンドロイドが並んでいた。
 
「お疲れさま。   運転も上達したようだな。」
「お疲れさまでした。運転も上達したようですね。」
 
私と相棒に対してそれぞれから声がかけられる。貴殿の乗車される列車を運転できて大変光栄に思います、と息を合わせて敬礼を行う。
駅のホームにはこれはこれはと駅長が駆け付け、私と相棒のために博物館の館長と担当者も迎えに来ており、朝ラッシュの時間帯においてホームのその一角だけが少し異様な空気を醸し出していた。黒猫と赤い目のアンドロイドはさらなる目的地へ向かうためにこの先は新幹線へ乗り換えるようだが、最後にこれをと手を差し出してきた。手に握られていたのは「Mechanical Fairy」と書かれた銘板、「君の車両にでも飾るといい。試験車とはいえ、やはり最上級の設備だな。」そう言って空になった手を振ると黒猫と赤い目のアンドロイドは駅長に案内されて新幹線ホームへ向かっていった。これから博物館での展示へ向けて入換作業が始まるが、これはいいサプライズになるぞと気持ちを昂らせながら、相棒の方を見る。相棒は相棒で、赤い目のアンドロイドから何か頂いたようで、少し嬉しそうだった。
「さて、行きますか」
相棒の合図で蒸気機関技術研究試験用蒸気動車「ジヤ903」、またの名を「Mechanical Fairy」へと足を進める。
出発からハプニングに見舞われたけど、イベントはまだまだこれから。相棒のちぎれたケーブルとか客車の壊れた扉とか、問題は山積みだけど1ヶ月後に研究室へ戻った時の土産話を考えながら、今日も両手に白手袋をはめるのだった。

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