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奏す庵のカツレツ丼(早稲田)

【カツレツ丼のお店が新しくできていたから、今度食べに行こう】

そんな連絡を受け、身構えた。
サクサクの衣に包まれた、ジューシーな豚肉。それをふんわりとくるむ、とろとろ半熟卵……

無理です。

浮かんできた絵面のせいで思考回路はショート寸前状態に陥り、想像を強制終了した。
カツ丼、親子丼、ロコモコ丼。
私が食べられない三大丼である。

天丼は食べられて、カツ丼は食べられない。
焼き鳥は食べられて、親子丼は食べられない。
ハンバーガーは食べられて、ロコモコ丼は食べられない。
無駄にあるなしクイズ風に落としこんでみたが、おわかりになったであろうか。


はい、そうです。

卵が食べられません。

***

物心ついたときにはもうダメだった。

我が家の朝食では私の皿にだけ卵料理が乗ることはなかったし、給食で「かきたまうどん、みたらしだんご」なんていう一品ものメニューが出るとわかった日には、献立表を眺めて一ヶ月間ため息をついていた(今考えても栄養士さんがOK出したとは思えないメニューである。ほとんど蛋白源ないし九割九部炭水化物だ)。
中学で手作りプリンを作ったときには立ち上る甘い卵の香りに吐き気がし、大学でとろとろオムライスが流行ったときには「食わず嫌いだってー」と言われ一口食べた瞬間吐き出しかけた。

昨今のカフェや居酒屋によく見られる「温玉かけときゃ喜ぶだろう」という風潮には殺意すら湧いてくる。安パイだろうと注文したハンバーグやスパゲッティに温玉が乗っている絶望感がお分かりになるだろうか。
メニューに書けよ。世の全ての人種が卵で喜ぶと思ったら大間違いだよ!

そんな私が憎くて憎くてたまらない料理が、カツ丼をはじめとする「卵とじ」である。

よくテレビ番組で、その店の看板料理の調理過程を一から見せてくれるコーナーがある。
こだわりの食材にこだわりの味付けをし、小鍋に入れてじゅうじゅうと、美味しそうな音を立てさせ、こちらに生唾を飲み込ませたその直後!!

「ジュアアアアアッ」

という音が聞こえたらアウトである。
それは熱された小鍋によって絶妙な熱を加えられている溶き卵の断末魔の叫び。いや、溶き卵を浴びた食材の叫びか。
すてきグルメは途端に悪魔の供物へと早変わりだ。

なぜトンカツに卵をかけたのだろう。
トンカツはトンカツで十二分に美味しいのだ。
ちなみに私はよくある「おいしいもの+おいしいもの=もっとおいしいもの」という方程式を信じていない。面白いピン芸人同士でコンビを組ませたところで、超面白いお笑いコンビが生まれるわけないからだ。互いのエッジを削りあって丸くなるのがオチである。

ケータイが再び震え、ハッとした。

【食べたら美味しかったから今度は一緒に行こう】

丼に盛られたご飯の上に、ソースのかかったたくさんのカツレツ。

ジーザス!

天を仰いだとか仰がなかったとか。
こいつは私の人生におけるカツ丼史の中で、一度だけ登場したことのある救世主。
ソースカツ丼ではないか!

***

そいつに初めて出会ったのは、高校に入学してすぐのオリエンテーション合宿の昼食だった。
お昼はカツ丼と聞いて、「今日は昼抜きか」と軽く絶望しながら食堂へ向かった。

しかしその丼に盛られたトンカツは、いつものように、ソースだけをまとい、キャベツの千切りを伴ってそこにいた。
衝撃を受けた。
カツ丼だ。これこそトンカツを丼に盛っただけの本来そう呼ぶべきカツ丼だ。

そして食べて感動した。
合宿所のごはんだったから、たいしておいしくなかったはずである。
しかし、ソースカツ丼は私のカツ丼観を確実に変えたのだ。
過剰な飾りなんて要らない。素朴な味付けさえあれば、ほら、トンカツはこんなにおいしい。都会の絵の具(卵)に染まらないで(丼になって)帰ってきてくれてありがとう。木綿のハンカチーフをぐるんぐるん回しながら拍手喝采してやりたかった。

ソースカツ丼は、合宿所があった駒ヶ岳の名物だったという。

***

奏す庵は、メニューがカツレツ丼のみ、といういさぎよい店だった。

冷たいお茶と梅干しがともされ、口のなかが清涼になったそのとき、メインがやって来る。

カリっと上がったカツレツが5枚!
甘めのソースをまとった姿で、ご飯の上にひしめき合っている。

トンカツより薄く、衣もサクサクしたカツレツは、油っぽくなく、1枚ペロリ、はいもう1枚!だ。
途中で付属のカラシソースをかけて味を変えれば、はやりの甘辛コーデに早変わり(違)。
おつけものと一口サイズのりんごは口直しか。
キャベツは丼のなかでなく、味噌汁の中に入っていた。カツレツの衣がぐちょっとしない。良い工夫です。

カラシソースをかけたときがとくにおいしい。
5枚という大量のカツレツも、あっという間にお腹の中に消えた。

ほーらね!

過剰な着飾りなんて要らないのよ。
着古した服がやぼったく見えたら、小物で印象チェンジ。それで十分なんだから!

***

早稲田がソースカツ丼発祥の地、と聞いて「ふぇえっ!?」となった。CCさくら再開記念。

正確にいうと、発祥地は福井らしいが、福井生まれの某料理人が、早稲田で一旗揚げてやろうとソースカツ丼をアレンジしたソースカツレツ丼の店を開いたらしい(裏をとってないので間違ってたらすみません)。

そして奏す庵は、ソースカツレツ丼発祥の地で開くという目標のもと作られたお店なのだそうだ。

福井で生まれたものが何故駒ヶ岳に。
何故東京のよりによって早稲田に。

どちらの土地にも縁深い私には、カツ丼を憎む私にそっと救いの手を差し伸べるべく、ソースカツ丼が生まれたようにしか思えないのだった。

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