正臣 1


「べつに、何か残さなくたっていいんじゃない?爪痕?みたいなやつとかさ」


さゆりにそう言われて、ハッと目が覚めた。

俺はどうして、生きているうちに何かを成し遂げてなにかを残さなきゃいけないなんて勘違いしてたんだろう。



さゆりは俺が美容専門学校に通っていたときよく行っていた居酒屋で働いていた。

化粧っ気はなく、黒くて長い綺麗な髪をひとつに束ねて、Tシャツを着ている。サバサバしていて、いかにも姉御って感じの女で、仲間としょっちゅう飲みに通っていた俺はなにかと気にかけてもらっていた。

俺が学校を卒業して、美容師として働き始めたときから寝るようになった。知り合ってからもう5年ほどになる。





関東が梅雨入りをしたその日は、せっかくの休日なのにどんよりじめじめした1日で、何か悪いことが起きたわけでもないのに、気分と体が重かった。

今日はなにをしよう。

小さなワンルームの床に転がった缶を拾いながら、タバコに火をつけてスマホを見る。


いくつかの仕事やどうでもいい連絡の中に、さゆりからのメッセージはなかった。

今日、なにしてるの?

さゆりにそうメッセージを送ってスマホを放る。

『今日、やすみだよ。用事がすんだらそっち行くね。』

しばらくしてそう返事が来た。すこし気持ちが軽くなったから、シャワーを浴びてトイレ掃除をした。


昼過ぎにさゆりが来た。コンビニの袋と、なんかこじゃれた紙袋を持って。

「はい、おみやげ!」

渡されたそのこじゃれた紙袋の中を覗き込むと、可愛いスケルトンピンクの電動ディルドが入っていた。


「お土産、ってさゆり・・・」

びっくりして顔を上げるとこころなしか頬を赤くした彼女が早口でまくし立てた。

「ちがうのっ、これはねさっきまで友達とお茶してたんだけど、その子が!!イイから使ってみなって、そんなつもりじゃ・・なk」

さゆりはサバサバしたタイプで、あまり照れたりするところを見たことがなかったから、こんな彼女を初めて見て、正直、興奮した。

手を引っ張って引き寄せて、耳元で言ってみる。

「じゃあ、ためしてみようか?」



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?