リョウ 1
「わたしがいなくなったら悲しい?」
彼女はしょっちゅう、ぼくにそうやって聞く。脅すような目で。その言葉を投げかけられるとまるで、釘を打たれている気分になる。動けないし、痛い。
「マリ、なんでそんなこと聞くの?悲しいに決まってる」
ぼくはマリの茶色い目を見ながらそうやって答える。童顔でかわいい顔してるけど、マリはぼくより15歳年上で、エステサロンとか経営してる。付き合ってもう、5年くらいになる。
時々酒に酔ってくりくりした茶色い目をうるませながら、ぼくに釘のような言葉を打ってくる以外はなにの問題もない。
ぼくは、ライブハウスで働きながらバンドをやっている。そこそこ人気はあるけれど、デビューとかそういうのはもうないんだろうな、となんだかもう諦め気味だった。
そもそもぼくは、一生バンドで食っていこうと思ったことがあったっけ。
好きだからやっていることで、べつに大きな夢なんかない気がする。小さな幸せの世界を守っていけたら、それはそれでいいんじゃないかな。マリと。
「リョウ、わたしもう疲れたのよ」
マリは白いシーツに包まったまま、自分の仕事のことや、これからのことを気怠げに話し始めた。
マリは若い頃からいくつも事業をこなしているけれど、成功しても満たされない。それには人生のパートナーが足りない。そんなようなことだった。
「じゃあさ、ぼくバンドやめて、バーやるよ。マリと一緒にさ」
ぼくがそういうと、マリは体を起こして、赤く充血していた目を輝かせ、ぼくに飛びつく。
「それ素敵!」
マリの年を重ねた燻ったような匂いと甘いシャンプーの香りがふわっと香る。ぼくは彼女の腰を抱いて、キスをする。
まだ化粧をしていないはずなのに、ぶどうみたいにつるんとした唇に吸い付く。
すこし開いた唇の隙間に舌を滑り込ませると、マリの暖かくて甘い吐息が漏れる。熱くてざらっとした舌にぼくの舌が触れる。絡ませてみると、どんどん唾液が溢れてくる。
マリはぼくに主導権を握られまいと、突然、ぼくの乳首を摘んでくる。
「ちょっ、マリ!それは反則だよ」
びっくりして唇を離してしまう。
「だって、今日はこれからお出かけだもん、つづきは後でしよ」
そういってぼくの腕からするりと抜け出してバスルームにうきうきと向かっていった。
さっきまでの鬱々とした感じはどこに行ったんだよ。
女って不思議だな、と思った。
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