マリ 1
「人の口に指入れるってさ、信用してなきゃ出来ないよね?」
正臣は笑いながらそう言って、唇をすこし開く。ぷりぷりした唇からちらりと覗く歯がかわいくて、わたしはその中に人差し指を差し込む。
指を差し込んですこし進むとぬるりとした舌に指が触れる。このまま前歯で噛まれたら痛いだろうから、やっぱり正臣の言うように信用していなきゃこんな事はできないだろうとおもう。
「でもオミくんもさ、わたしがこのまま指を喉奥まで突き立てるかもしれないって考えない?」
「マリちゃんは俺にそんな事しないよ」
そう言って彼はわたしの指を丁寧に舐め上げてくれる。
正臣、わたしがオミくんと呼んでいる彼は、わたしを担当する美容師だった。
いつも行っていた店の担当が辞めてしまって、たまたま見つけて行った美容室で初めて接客してくれたのが彼だった。
彼はいかにも美容師ってかんじでふわっとしたパーマをかけていて、爽やかなのにおしゃれな服を着ていた。モテそうなタイプで、センスが良くて趣味が合った。
話が盛り上がって、いつしか飲みに行くようになって、いつしか寝るようになった。
聞いてはいないけど、正臣には彼女がいると思う。怖くて聞けないのと、興味がないのが半分ずつ。わたしには彼氏がいるから、聞いたところで何も変わらない。いや変わるかな。
・・・・
その日は久しぶりに、髪を短く切ろうと思った。夕方に予約して、そのまま正臣と飲みに行った。
「マリちゃんビールでいい?」
「うん、あと枝豆ね」
まだ夏になる前だったけど、暑くてカラッとした日だったからわたしはなんだか浮かれていた。
ビールと枝豆を摘みながらどうでもいいことを話す。
「それにしても、ばっさり切ったね」
「そう?切ったのオミくんだよ?」
ふざけて笑い合って気付くとけっこうな量飲んでいた。
店を出て、肩と肩が触れ合って、そのままなんとなく、手を繋いだ。
なにも言わないから、いつもみたいにホテルにでも向かうんだろうと思ってついていくと、そこはさっきまでわたしが髪を切ってもらっていた美容室だった。
「どうしたの?忘れ物?」
「いいから」
真っ暗な建物の中にはもちろん誰もいなくて、2階にある美容室まで階段を登っていく。正臣が鍵を開けて入る。
真っ暗な美容室なんて初めて入る。
「おいで」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?