歴史になり始めた球界再編問題
遂に当事者たちの言葉が揃い始めた。
野球という日々の娯楽から社会経済の問題へと変化していった近鉄バファローズの身売りから東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生し、12球団を存続するまでの動きを証言するものが出始めた。
遂に球界再編問題も歴史の一片となり始めたのだ。
渡辺恒雄氏の「たかが選手が」がターニングポイントとなり、野球ファンのみならず多くの国民を巻き込んだ大きなうねりをきちんと文章で、言葉で残すことで誰がどう動いたのかの大筋をある程度見ることが出来る時代になったのだ。
恐らくその爪痕が強く残る2010年代ではできなかったであろう。かといって2030年代では過去の一事例となって証言できる人間もかなり少なくなってくる。
20年という節目を考えた時、本当にいいタイミングで言葉が揃ったと思える。
元来ファンというのはどうしても選手寄りになる。
経営陣をホワイトカラーとすれば選手はどうしてもブルーカラーという見方になってしまう。高い報酬を考えれば選手側も十分我々とは別世界の十人なのだが、どうしても経営者と労働者の闘争という見方に終始してしまい、結局は選手側の意見のみ飲み込んでしまう、という事が多くなってしまう。
これは物を作る過程でどうしても仕方のないことなのだが、どうしても片方のベクトルが傾いてしまった結果、話者にとって都合のいい言葉が添えられてしまう。これは誰が悪いというわけではなく、客観視して話すことの難しさがあるというだけの話だ。
だからこそ余計選手側にファンは寄ってしまうし、経営者側の言葉を精査することもなく、よしんば「悪の組織」のようなものの言い方で見てしまう。経営者側の考える世界を想像したうえでどういう世界になっていたか予想し、現在とすり合わせを行うようなことをする人は少ない。
そういう意味では山室寛之氏の書籍というのは「経営者側に属していた人間の証言」として貴重な存在である。球界再編問題という一つのうねりの中で経営陣はどうとらえていたのか、というのを考察するための貴重な資料ともいえる。
しかし一方で経営者の都合だけに振り回される労働者側はたまったものではない。一年後にはチームがなくなるから新しい仕事先を探してね、と一方的に告げられておしまい、なんてことをやられた側にはたまったものではない。
そういう意味ではフルタの方程式の今談話は非常に重いものになる。選手会はどういう論理で動き、その行動を同じ労働者側の選手たちはどうとらえていたのか。これもまた貴重な資料となるだろう。
私も10年ほど前から球界再編問題の是非というのは考えた事がある。
もし仮に1リーグ制11球団になったとして、それは本当に悪かったのか、と考えたものであった。これがメジャーリーグのように地区制として作ってみたらまた違った構想もあったのではないか、と考えていたのだ。
多くの人間が「ノーモア近鉄」「リメンバー球界再編」を謳う中、少なくとも私は「もし経営者側の考える世界になったら」を考えていた。もしそれが現在より優れた姿であろうが劣った姿であろうが、考察することを忘れてしまったらそれはもはや学を持った者ではない。風上にも置けない程度ではあるが私だって修士持ちだ。起こりえなかった未来を想像し、分析を重ねる事はそれなりに意味がある。
今だと「意外と面白かったのではないか」という印象を覚えていたりする。一方でやはり2010年代のメディアがテレビから大きく変化していったように巨人を中心にした1リーグ制は厳しい結末を迎えていたのではないか、と思うようになった。
というのも巨人戦がどのチームでも出来るように、というところからパリーグをなくして1リーグ制にしようとしたのが元々の始まりだ。だとしたらMLBのような地区制にして地区外戦を挟むだけですんなりそれは達成されてしまう。
今の若い人にはイメージしにくいかもしれないのだが、昔のプロ野球は巨人戦、関西ならば阪神戦以外の観客動員というのはかなり厳しかった。現在のような毎日が満員御礼みたいな試合はパ・リーグはおろかセ・リーグでもない日があったりしたほどである。広島や中日、横浜などは空席があったのだ。
パ・リーグになると殊更ひどくなる。私は福岡出身なので数度福岡ダイエーホークス(現ソフトバンクホークス)の試合を観に行ったこともあるが、内野自由席などで周りを気にせずゆったり座れる試合というのは多かった。ロッテ戦などは空席の印象のほうが強いくらいだ。
その記憶も90年代後半から00年代で、ダイエーが強力な打線を中心に展開していた時期だから、そんな時代でも、という事情がある。シーズンも後半に入ってくると優勝がかかったチームは観客も一気に増えてくるのだが、優勝に絡まないチーム、それもBクラスとなってくると客がいる方がまばら、みたいな光景は基本であった。
だからこそテレビ中継が全国区であった巨人戦があるだけで経営が潤う、という事情は加味しなければならない。
そうでなくとも球界再編以前は独立採算制をとっているチームが広島カープのみという状態で、チームもプロクラブチームというよりは本社の広告部という意識が強く、チームの赤字問題はいつでも語られていた。
プロ野球チームは金がかかる、というのはすでに常識で本社の補填があって成り立っていた。そこにドラフトの自由枠やFAのような選手にコストがどんどんかかっていく時代に突入したのもあってプロ野球チームが金食い虫であったのは言うまでもない。
チケット収入は不安定、何か収益の柱になりそうなものもない。それが過去のプロ野球チームであったのだ。スポーツを興業として成立させていく、という考えがなかった時代にランニングコストばかり上がってくるプロ野球という実態に光を差し込むのはテレビを中心とした放映権ビジネスしかなかったのだ。
その巨大なサイクルに近鉄という企業が事業の失敗も兼ねて耐えられなくなったのが事の始まりであり、今思い返せば選手会の「12球団存続」というのは土台労働者側が言っていい問題なのか、というところもある。
特にオフシーズンの年俸争いなどは本当にひどいもので、選手側は企業からどう金をぶんどるか、という所ばかり強調されていたように思う。こういう銭闘がどんどんとおとなしくなっていったのも球界再編の大きな流れであろう。
企業にない袖を振らせようとする選手、それをメディアが過剰に煽る構造が当時どこかにあった。ある意味昭和、平成の、悪く言えばどんぶり勘定な、よく言えばおおらかな時代の匂いが強く残る時代でもあった。それに現実が耐えられなかったというほうが球界再編のスタートラインとなったところは否めない。
一方でインターネットや携帯電話の登場によってメディアの構造が変わり始めていたのは間違いない。20年前にはもう携帯電話というものがあり、活字媒体でよければいつでも手に入る時代だった。パケホーダイというシステムを使って毎日のプロ野球情報を仕入れていた人も少なくなかっただろう。
無線wi-fiなどがなかった時代ではあったからインターネットの本格普及はもう少し時間がかかるとはいえ、ISDNからADSLへ、といった時代の変化が始まっていた。
youtubeやニコニコ動画など映像媒体を基調とするサイトも増え始め、第三のメディアの萌芽が始まった時期でもあった。
その流れに1リーグ制の巨人中心主義的な動きがついて行けたのか、と言われると疑問を覚える。
インターネットという新しい媒体に興味を持ち、動画配信サービスを始めたのがパ・リーグであったことを考えると巨人中心主義的な構想は確実に後れを取っていたであろう。そうでなくても00年代も中盤に差し掛かると巨人戦というコンテンツに陰りの見えていた時代であったことを考えると第二の近鉄は遅かれ早かれ登場していたのではないか、という疑問を覚えずにはいられない。
不謹慎を承知で言えば2011年の東日本大震災に東北が被災したとき、希望の柱として一角を担ったのは東北楽天ゴールデンイーグルスという、1リーグ制では恐らく誕生しなかった球団であったことはパ・リーグにとってかなりの追い風になっている。阪神淡路大震災ではがんばろう神戸を合言葉にオリックスが。というように未曽有の災害の時に明るい話題を提供しているのは意外にもパリーグの新興球団であることが多い。こういった世間の逆風に対する明るい話題を作る力を持ち切れなかったのではなかろうか。
だとすると安定こそするものの先細りが発生するのは想像が容易で、もう少しプロ野球の現在は苦しい立場になっていた可能性はある。日に日に強くなる球団格差をどう埋めていくのか、みたいなものが議論の中心になっている可能性はあった。
やはり巨人中心主義の形には無理があったと言わざるを得ない。
現在でも「日本の中心」的なチームであった巨人が苦しみ、第二の都市圏である大阪の阪神タイガース、地方のチームである広島カープ、どうしても東京に隠れがちで00年代の暗黒時代も相まって影の薄い存在であった横浜ベイスターズがここまで力を得た背景には地方を中心とする経済構想が固まっているところもあるだろう。パ・リーグが地方と新しいメディアを活用することで生き残りを図ったのならば、セ・リーグでも比較的パ・リーグの球団に近い経営基盤を持つチームが中心的存在を担っていくのはある意味で必然でもある。
集中型から分散型へ、という姿を強く出すに至っている。
そういうシミュレートをやってみるとどちらにも一長一短があった。
結果として現在は独立採算が主になり、地方の大きな柱として成長していく経営スタイルが中心になったのもあって2000年代では想像もできないほどの繁栄をしていったプロ野球だが、まだプロ野球を興業というよりは本社の広告管轄として扱っていたらどうなっていたのだろうかという疑問は尽きない。
そういう意味では球界再編の現場にいた彼らの言葉は重みがあり、どちらにも一理があり、一方で無茶を言っている。そのすり合わせが行われた結果が今であり、そのすり合わせが少し違ったずれ方をしていたらどうなっていたのか。それを考えるうえで彼らの言葉には多くの学びがある。
それを考察していき、残していくことこそが球界再編から学んだこととして今後のプロ野球を支える金字塔の一柱足りえるだろう。
球界再編問題は歴史になっていく上で何を残したのか。
本当に何も問題がなかったのか。もっと良い解決方法はなかったのか。
これを考えて、違う世界を分析してみる事こそ、球界再編問題は大きな教えとなっていくのだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?