大谷翔平のグラブプレゼントとニューバランスの戦略
大谷翔平が小学生にグラブ6万個 過去には松坂大輔、松井秀喜、新庄剛志らも/球界の主なギフト
正直に言えばニューバランスにおける日本へのアプローチ、というほかない。
大谷翔平が日本の小学生にグラブをギフトする、という記事は野球を知らない人にjも多く届いたであろう。それに歓喜の声を上げることも多い。
なるほど岡田斗司夫が「ホワイト社会」「いい人戦略」という言葉を使って今の社会を説明するわけだ。
正直に言えばあれほどわかりやすいニューバランスの広告戦略もない。
こうすることで「聖人・大谷翔平」を演出するだけでなく「大谷翔平の使っているグラブ」にスポットを当てさせ、それを購入させる、という算段だ。
テレビCM1回、全国で打てば50万円以上の予算必要と考えたら(参考:https://liskul.com/tvcm-cost-29170)子供用グラブ一個5000~10000円にしても原価率で考えたら5億もいかないだろう、それに輸送費なども含めて10億以下で抑えられる。
近年対費用効果の弱くなってきたテレビでのCMに何千、何億も出すよりよっぽど効果が高い。出した金額はテレビよりは高いかもしれないが、大谷翔平像が確立している日本ではこの方法だと高い購買力が見込める。
そもそもドナイヤ、RYUのようにプロ野球選手が使っているグラブ一つにさえ多くのファンが注目し、オーダーが舞い込むような日本野球が持つギア界の経済力だ。これがどれだけ強い波及効果をもたらすか想像に難くない一方、どこまでシェア率を伸ばすかは予想だにつかない。
とにもかくにも日本でのシェア率を取り、あわよくばアメリカでのシェアを奪っていきたいニューバランスの思惑が見受けられる。
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今年六月の記事だがここのクリス・デービスの発言は気にかかる。
クリス・デービスは大谷翔平を野球のアイコンとしての見方をあまりしておらず、どちらかといえば日本人への文化的アイコンとして見ている、というところには注目したい。
クリス・デービスの中ではすでに大谷翔平という存在は「対日本戦略の柱」という存在として見受けていることがわかる。
言い換えたら大谷翔平が宣伝することやニューバランスが関わる大谷翔平の慈善事業はすべてニューバランスの対日本戦略として受け止めることができる。
まさに小学生へのグラブプレゼントはニューバランスにおける日本スポーツ戦略の一本目の矢なのだ。
世界的にみてニューバランスはトップ10にこそ入っているもののトップ5とはかなり水をあけられている。
【2022年】スポーツメーカー売上ランキング(世界編)プーマ・ナイキ・アディダスは何位?
2022年のデータであるが世界7位のシェア率を誇る。
またほかのデータでは5位ともされる。
上位の多くがアパレルを中心に発展しており、目下靴を中心に展開するニューバランスにおいてはシェア率も高い位置にいることがわかる。
しかし、なぜ野球なのだろうか。野球は確かに近年国際大会などが多く開かれ世界でのシェア率も上がる傾向を見せている。しかしそれはいまだに大きなものではないはずだ。
それもシェアではミズノを中心に多くのブランドがひしめき合う日本の野球で勝負を仕掛ける、というのはなかなかに難しい。
【野球用】グラブ・ミットのメーカーランキングTOP13! 第1位はミズノに決定!【2021年最新投票結果】
ここから見えてくることは日本では「文化的アイコン」とまで称される大谷翔平を使い、「いい人戦略」を駆使しながらステルス的にニューバランスへの好印象を与える、という戦略がとられていることがわかる。
つまる話はこうだ。
大谷翔平のグラブプレゼントは子供をターゲットにしていると思われがちだが、実際は子供にギフトした大谷翔平の報道を受けた大人がターゲットである。
日本人の持つ大谷翔平観を広告の柱にすることでグラブプレゼントという「いい人戦略」を駆使することによって相対的に大谷翔平の使っているグラブ=ニューバランスのグラブをいいものとして見てもらう≒ニューバランスの相対的評価向上を狙ったものなのである。
これは何億ともテレビでCMをするより優れた効果を持っている。
特に第三のメディアがマスメディアを揺らすような時代に入った今、この広告戦略はかなり効果を期待できる。実際グラブをもらう子供よりもその報道を見た大人のほうが喜んで多くのSNSに書き込みをしているのが何よりの証拠だ。
ニューバランスの広告戦略が見事に的中したとみてもいい。
さらにSNSが発達した現代では日本での報道がアメリカや世界に広がるチャンスも持っている。あくまでニューバランスとしては大谷翔平を対日本戦略としての存在として定義しているが、この「いい人戦略」で世界の野球ユーザーにも商戦を仕掛けるチャンスも見越していることは想像しやすい。
つまりニューバランスとしては野球用品を売りたいからこのような戦略を取ったわけではない。
大谷翔平のチャリティー精神を演出することで「チャリティーの大谷翔平と彼の使うニューバランス」というニューバランスのチャリティー性を売り出す「いい人戦略」がこの肝なのである。
恐らく今ニューバランスが多くのスポーツアパレル店にグラブを卸したら爆発的に売れるであろう。スポーツアパレルのシェアでは弱い野球ですら昔の人気を取り戻したかのような販売をする可能性がある。
しかしニューバランスの本丸は野球ではない。チャリティーのニューバランスを売り出し、靴のみならずアパレルなどに積極参入し、日本のスポーツアパレルシェア率を変動させたいという意思があるのだ。
大谷翔平が「いい人戦略」を失敗してしまうようなことがなければ彼が引退するまでニューバランスは日本で安泰だろうし、そしてその頃にはその戦略を受けた世代が学生、大人になっていくタイミングでもあるので日本でのニューバランス定着化を後押しする形になる。
そこまでを意識した戦略とみてもよい。
このニューバランスの戦略から、日本における大谷翔平の力というものをまざまざと日本人は見せつけられることになるであろう。
そしてミズノやSSKといった世界でも戦うスポーツアパレル事業は苦戦を強いられることになるであろう。
ただ面白いのはなんだかんだ野球大国日本であることはニューバランスの独占を許さない可能性もあるということだ。
日本のグラブは見渡せば多くの中小グラブ作成企業があることは言うまでもない。前述したドナイヤやRYUも決して大きなメーカーというわけではない。
それだけ多くの野球用具職人が生きる世界でもある。
奈良県三宅町のように町の一大産業としてグラブ事業があり、関東にも東京を中心に多くのメーカーが軒を連ねている。
なぜ彼らが生き残れるのか、というと日本の野球選手におけるグラブはまさしく野球をするときの手そのものであるからだ。
アメリカのようにミトングラブでもなんでもよい、という着想から始まったものではなく用具としてきっちり意識し、大切にするといった感性は日本独自のものだ。選手一人一人における命の変わりといっても差し支えない。
だからこそ自分の命を預けるために大きなメーカーのものでいい、という発想をする選手は多くない。特に守備に生きがいを感じ、プロの最前線で守備を生活の糧にするような人々はジュラルミンにグラブを入れ、しっかり水分を浴びせないように丁寧に管理するほどだ。
そして手が選手一人一人によって千差万別であるように一人一人多くのオーダーが発生する。
日本ほど「グラブの質」を意識する国民性はないだろう。
だからこれほどまでグラブメーカーは発展してきたのだ。
そしてスポーツアパレルシェア世界一位のナイキを市場から追いやっていることを忘れてはならない。
野球というジャンルの販促の伸びもあるだろうが、そういった「質」を求める日本人のグラブ観がナイキの損益分岐点を割ったからこそ撤退したのだ。
日本でグラブが売れなくともナイキというブランドがダメになるわけではない。かといって動きの悪いものを延々やり続ける必要はない。
ナイキは「日本人」に敗北したからグラブ事業を撤退したのだ。
そう考えればニューバランスのグラブ事業にとって今からこそが棘の道である。
あのナイキが負けたのだ。そこに食い込むためには日本人のグラブへのあらゆることを理解しなければ十年後には撤退を余儀なくされる。一瞬でも
「宣伝の割にはグラブの質が悪い」
と言われてしまえば販促は一気に落ちる。そんな難しい世界でもあるのだ。
だからこそニューバランスのグラブ事業はどう戦っていくのかは見ものである。
少なくとも第一歩は大成功に近い。しかしどこまで継続できるか。そうでなくても世界のシェアでは決して高い位置にいるわけではないミズノが牛耳っている日本にガチンコ勝負をしかけなければならないのだから。
あのナイキですら、シェア率では格下もいいところのミズノに敗北したのだ。それが日本という国のグラブという世界なのだ。
さあ、どうなる。
一ギア好きとしてはたまらない展開になってきた。
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