2016~2018年、広島三連覇を辿る 前編

 誰かが書いていたか覚えていないのだが、面白い記事を見つけた。
 2016~2018年の広島カープはなぜ強かったのか、という記事であった。
 その記事自体はタナキクマルが活躍したから、バックの選手に厚みがあったから、という野球ファンなら誰でも知っているようなことが書かれていたので割愛するが、もうそろそろ5年は経つであろう広島カープの三連覇。選手層も変わりつつある今だからこそ語れるのではなかろうか、と思い、個人的に調査する事にした。
 確かにタナキクマル、いわゆる田中広輔、菊池涼介、丸佳浩の三人が広島カープにおける勝因の主である事は否定する余地もない。一方でそれだけで三連覇などが出来たのか、というと疑問になる。アライバと呼ばれる中日ですらその二人だけで優勝を一方的にしていたというわけではない。
 それではなぜあの三連覇が成し遂げられたのか。一度整理してみるのも面白いと思ったため、記事に起こすことにした。
 ただ、この記事を私は数字をほとんど使わず書いてみようと思う。
 確かに個人やチーム成績を書いてしまうだけは非常に簡単だ。だが、それでうまくいけばスポーツなんてものは必要ない。プレイステーションでもニンテンドースイッチでも起動してパワプロなりなんなりしておけばいいだけだ。
 ではどう描くか。それを私は当時のチーム事情やそうなる要因を以って書いてみたいと思う。

1,2015年までの広島カープ

 よく栄光の2016年から広島カープを語られがちだが、果たしてここに至るまで広島カープは順調であっただろうか。まずそれを見直ししたい。
 もう7年も前のため忘れ去られがちであろうが、2015年の広島カープはかなり激動であった。
 まずノムケンこと野村謙二郎が監督として勇退。緒方孝市に監督業を譲る事になった。そのタイミングで黒田博樹がヤンキースからFAし広島カープにまさかの復帰。これは広島ファンならず日本中の野球ファンを驚かせる事になった。筆者は当時静岡に住んでおり、JR静岡駅に専修大学の大きな広告ポスターが張られていたが、それは黒田だったことを覚えている。それほど存在の大きな選手が、メジャーでも一番有名なチームからこの球団にやってくるのは驚きを隠せずにいた。
 それと同じ時期に阪神タイガースを自由契約になった新井貴浩が再契約。「広島が大好き」と言いながらFAして去っていった彼がまた戻ってくる事に於いて誰もが懐疑的であったのは否定できないだろう。「辛いです。広島カープが好きだから」は広島ファンの誰もが同情できない言葉だったはずだ。
 そんな状態で始まった。
 この時点では丸、菊池が本格的に台頭。センターラインの要が出来つつあった。一方でショートを支えた梵英心が年齢的なところもあってか衰えが出るようになっていった。
 そこを抑えたのが2014年JR東日本から入団した田中ではあるが、2014年、15年の段階では起用方法が定まらず、下位打線に置いてみるなどの固定された使われ方が見えていない、いわゆるスタメンだが定位置がない状態であった。
 投手はバリントン、大竹寛FAによる退団などもあったが、何よりも前田健太のポスティングによるMLB移籍が気がかりであった。前年が3位で終わった事もあり、本格的に優勝に向かえるチームとして整いながら、戦力的にはこれが優勝を狙える最後のチャンス。打撃陣よりは投手陣が完成されたシーズンはここが一番でもあったため、優勝を望む声は大きかった。
 しかし蓋を開けてみれば結果としてシーズン4位。監督一年目の緒方監督の不慣れな采配と昨年の本塁打王ブラッド・エルドレッドが右ひざ半月板損傷により離脱。ヘスス・グスマンやネイト・シアーホルツ、新井が埋めるものの絶対的な存在にはなれず。不安定なままシーズンを終えた。
新人王を取ったドラフト一位大瀬良大地が絶不調、一時期中継ぎに周り先発陣が崩壊。加入したジョンソンや福井優也が必死になって先発陣をフォローするものの焼け石に水。シーズン本塁打20本打者0名。投壊のままシーズンが終了してしまう。
 そしてシーズンオフ、恐れていたポスティングにより投の要前田健がMLBに移籍。またもや要を失ったチームはまた優勝できないのか、と肩を落とすファンばかりであった。
 そのため、マルキク、大瀬良などの存在がありながらも2016年は「できればAクラスに行ってほしい」と希望を持つくらいが関の山の、決してファンにとって望まれたシーズンではなかった。

2、タナキクマルの固定と交代制四番打者、そして神ってる男の登場

 では2016年から何が変わったか。
 スタメンだけでみても一番印象的なのは田中が一番固定された事であろう。元々一番は丸、菊池などが入っていたが、両者とも足こそ速いが盗塁がうまいというわけでもなく、丸は盗塁王こそ2013年に取っているものの成功率は65.9%(盗塁数44に対し29)と高いものでもなく成功も失敗も多いタイプ。菊池はそもそも盗塁を企画するタイプではない。鈴木誠也なども一番候補として試合に出ていたがしっくりこない。
 そこに割って入ったのが田中であった。2016年こそ59.4%(盗塁数47に対し成功数28)だがこののち広島三連覇を代表するリードオフマンとして成長していく。
 これによって元来中距離打者であった丸が盗塁などを考える必要がなくなり打撃に専念。チャンスメーカーとしての田中、ポイントゲッターとしての丸、状況次第でどちらにでも回れる菊池。タナキクマルトリオが完成する事になる。
 しかしこのトリオには弱点がある。ポイントゲッターを破壊されると脆くなってしまうところだ。このトリオは田中がかき乱し、菊池が状況によってスイング、バントで塁に進め、丸でとどめを刺す事が重要である。2011年ソフトバンクにおける川崎宗徳、本多雄一、内川聖一の打線などが象徴的だ。川崎、本多がいても内川がポイントゲッターとして打ってくれることが重要で、そこに至るまでに川崎が塁に出て、本多が投手や内野守備を揺さぶる。言い換えれば本多がヒットもバントもするのは相手投手や守備陣を揺さぶる事で敵チームの守備を機能不全に追いやる事が内川のクリーンヒットにつながっていくのだ。
 そして何より内川の場合は後ろにアレックス・カブレラ、小久保裕紀といった強打者が待ち構えていた事も重要である。彼に気を抜いても次から次に強打者がやってくる。内川ではヒットで許されるかもしれないが、カブレラだとホームランもありうる。穴こそあるがカブレラは歴代の長距離打者だ。それならばホームランで大量失点するよりは単なる単打の可能性もあるし、と内川と勝負する事になる。それを狙いすましたかのように内川がクリーンヒットする事で相手の投手及び守備陣を壊していくのだ。
 つまりタナキクマルトリオに於いて丸を徹底的にマークされると機能しなくなる。そのため四番打者が重要になってくるのだ。
 そこに入る打者は当初エクトル・ルナであった。ご存じルナは長距離打者ではない。それどころかミートヒッティングで打率を稼ぐ打者だ。その彼をあえて四番に置くのは緒方監督も四番打者にはホームラン以外のものを求めていたと示唆できる。
 緒方監督当初のイメージはタナキクでチームを崩し、丸ルナなどで一点を確実に取る快足打線であろう。元来80年代後半から90年代前半にかけて広島が最も得意とした戦法である。ホームランで一気に点を取るのではなく、走者で相手チームを徹底的にかき乱して相手が脆くなったところを崩していく。そんな80年代カーディナルスのホワイティ・ボールのような野球を目指していたのではなかろうか。
 しかし緒方監督の思うようにはいかなかった。4月16日にルナが怪我でリタイア。四番打者を探さなければならなくなった。しかしフリースインガーのエルドレッドは四番にあっているとは言い難い。できれば重要な場面など関係ないところでカッとホームランを打ってほしいタイプだ。かといって松山では丸を自由に動かせるほど恐れられた打者ではない。
 そんな中で光を浴びる事になったのが新井であった。前年スタメンに返り咲いた彼は長距離打者の面影は失ったものの、ここぞという場面で打てるベテランになっていた。その彼を四番に据えたのだ。
 これが成功し、丸が打ちそびれてもここぞで打ってくる新井が待っている。それが終わればエルドレッドや松山が待っている。こうする事でタナキクマルトリオをバックアップする体制が完成したのだ。
 とはいえ新井はこの時40のベテラン。以下に勝負強さが売りとしてもフルスタメン4番が成り立つわけがない。そこにルナが途中復帰し、ルナと新井が四番を分けあう形に。ルナが戻ってきたら新井を五番に添え、エルドレッド、松山を添える事で新井の負担を減らすスタイルを取る事が出来た。これによってベテラン新井を休ませながらチームを運用することが出来たのだ。
 そのため新井は2010年以来久しぶりの100打点(19本101打点)を記録する。エルドレッド53打点(21本)、ルナ34打点(5本)、松山41打点(10本)の229打点は決して低い数字ではないだろう。
 ただ、そんな彼らもいつかは息切れを起こす。そんな中で彗星のように飛び出した男が鈴木誠也であった。松山竜平や下水流昴の陰に隠れ、才能を認められながらもスタメンを取れず、たまにスタメンとしても下位打線に甘んじていた彼が8月遂に爆発。五番打者として抜擢されると「神ってる」という言葉とともに8月以降のクリーンアップを支える事になる。
 これにより先ほどのベテランたちの負担がさらに減り、新井はシーズンを上位、下位の打線を行ったり来たりしながら132試合出場。見事スタメンの一角を果たした。
 そして神ってる男鈴木。真価を現すのは翌年からであった。

3、捕手ツープラトン制完成、中継ぎ今村の登場

 2015年ついに倉義和が引退したことにより事実上一人で台所を任される事になった石原慶幸に対し、2009年より台頭してきた曾澤翼が本格的に独り立ち。ベテランの石原、若手の曾澤という形になっていった。普通のチームでは曾澤を正捕手にして石原をサブという形に置きたがるが、緒方監督はこうせず、黒田やジョンソンといった投手には石原。福井、野村といった若手には曾澤といった捕手ツープラトンシステムを採用。これにより正捕手一人に負担を置くことをせず、投手の得意な戦い方にきっちりリードできる捕手を添える事になった。
 そのため特に伸びあがる事になったのが野村、ジョンソン。野村は最初曾澤と組んでいたが途中からグラウンドボールピッチャーを得意とする石原にバトンタッチ。守備力の高い内野陣も含めて二人は成績を伸ばした。この段階では曾澤はまだ石原の陰に隠れるが、多くの速球派を相手にした彼がさらに存在感を増すのは翌年である。
 2015年から充実していた中継ぎ陣ではあるが中田の故障などにより安定感には欠けた。そこを埋めたのが今村猛であった。元々先発で調整をしていたが2016年より中継ぎ調整を本格的に変更。それがうまくはまり中継ぎの柱へ。ブレンディン・ヘーゲンズ、ジェイ・ジャクソンと多少薄いながら強力なリリーフ陣に。抑えに中崎翔太、本格復調を果たす一岡竜司、中田廉とともに三連覇を支えるリリーフ陣を形成していく。
 そういった投打における中心がそろったからこその優勝であった。

4,2016年の広島はなぜ優勝できたか~黒田博樹の存在~

 何故20年以上リーグ優勝から遠ざかった広島カープが2016年優勝に至れたか。それは戦力の充実や起用法の固定などもあったが、一番重要なのが黒田の存在である。
 プロ野球選手ならばメジャーリーガーとして求められ、メジャーリーガーとして終わりたいと思うだろう。もらえる金額も名声も違う、まさにドリームである。
 だから2014年オフ、黒田が広島カープに帰ってくると聞いた時、ファンは色々考えたはずだ。メジャーで活躍できなくなったから帰ってきたのではなく11勝(9敗)と決して選手として求められない成績ではなかった。
 それであるのにも彼は帰ってきた。
「カープの選手として終わる事が後悔ない野球人生」という言葉とともに。
 そして2015年、誰もが思ったはずである。黒田博樹を男にせねばならない、と。名誉よりも広島カープを取った男を胴上げせねばならない、と恐らくファン以上に選手が思っていただろう。特に彼なしでは阪神で現役引退もありえた新井にとってはその気持ちは強かったのではなかろうか。
 全て準備が整った。そんな2015年は優勝どころかAクラスも遠い4位で終わってしまった。しかも黒田に11勝もさせて。ボロボロになったから帰ってきたのではないのである。
 その姿を見て、選手は何かを思ったのではなかろうか。
 もう黒田も長くはない。だからこそこの一年が勝負だ。それがチームの結束になったからこそ、優勝の道筋が整ったのではなかろうか。
 また、新井の存在はやはり大きかった。07年のFA以降、ファンであった私は未だに彼を許る事が出来ないのだが、やはりその人懐っこく、ベテランであることを押し出さないがチームをまとめようと必死になる彼の姿がチームをまとめたのだろう。2016年当時ですら正直私は複雑な思いだったが、6年経った今だからこそこう評せる。
 彼らなくして優勝はありえなかったのだ。彼らをなんとでも優勝させる、という思いが結晶になったからこそ優勝することがかなったのだ。

 最後に日本シリーズに触れておこう。
 このシリーズ、決して悪くはなかった。
 所詮に投手大谷翔平を崩し、続く二戦目も増井浩俊を打ち切っている。しかし三戦目の打者大谷翔平に痛恨のサヨナラ打。その大谷にしてやられたり、のまま日本シリーズを四連敗してしまっている。これは本当に大谷翔平がすごかった。彼だけが活躍した、などと言うつもりはないが、彼のために日本シリーズがあった。そのまま大谷がMVPをかっさらっていってしまい、日本ハム優勢の流れを切る事が出来ずに終了。ある意味新時代の到来であった。
 大谷翔平に関してはもう言うこともあるまい。一介のアマチュアライターがどう評するかなど言えぬ存在だ。その片鱗を間違いなく出した日本シリーズであった。
 これ以降も広島はポストシーズンに勝てないまま終わってしまうのだが、もしここで大谷を抑え込むことが出来たらもっと違った未来もあったのではないだろうか。でも過去の集大成と未来の第一歩と考えたら、後者が勝ってしまうのかな、と思うとなんとなく寂しい気持ちになるのは野球史を扱っている私ならでは、か。
 こうやって黒田博樹の引退とともに2016年シーズンは終了する。


 17,18年は次回。今宵はここまでに致しとうございまする。

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