「全国殿様ハンドブック」!!
共同通信社が毎年出している「世界年鑑」は、最新の国際情勢や各国の政治体制、経済指標、人口などのデータ、歴史、閣僚名簿まで載っている大変有用なハンドブック。日本のメディアで働く海外特派員の多くは、これがないと仕事にならないというニュースの手引だ。
それと比べるわけではないのだが、参勤交代などで江戸城に参内する大名たちの行列を見物する町人たちにとって、必須アイテムがあることを最近知った。言ってみれば「全国殿様ハンドブック」。ちょっと調べてみたが、これがなかなか面白い。
きっかけは、テレビで「桜田門外の変」を取り上げた番組を見たことだ。幕末の安政7年(1860年)、大老、井伊直弼が水戸藩士らに、江戸城・桜田門のすぐ近くで暗殺された事件だ。(ちなみに、Wikipediaの「桜田門外の変」の直弼殺害の場面の記述がとんでもなく、詳細でリアル。なので、冒頭に「暴力的または猟奇的な表現がある」と注意書きがある)背景には、将軍継嗣問題や、開国派と攘夷派の対立などがあったようだが、いずれにしても大政奉還や江戸開城に至幕末の激動の起点となったのがこの事件だった。
ひな祭りの祝いのため、大名らが江戸城に集まる3月3日に事件は起きた。雪が降りしきる中、彦根藩主である直弼は同藩邸上屋敷を出て、わずか300~400メートルほどの桜田門に向かった。駕籠の直弼ら総勢約60人の彦根藩の行列を待ち構えていた水戸藩士らは、たくさんの大名行列を見物しようと集まった町人らの中に身を隠していた。
見物人が、そして、水戸藩士らが手にしていたのが「武鑑」というハンドブックだった。各藩の大名や町奉行らの石高、俸給、家系図、家紋などのデータが網羅されている、いわゆる紳士録、名鑑で、見物客らは家紋が入ったのぼり旗を見て、「ああ、次の行列は●●藩の殿様だ」と、確認したのだそうだ。
家督相続年、妻や子供、家臣の名前、大名の格式や菩提寺など、ありとあらゆる項目があった。上屋敷や下屋敷などの住所も載っていたので、地方から江戸に出てくる人たちの「ガイドブック」の役割も果たした。武鑑を片手に、武家屋敷めぐりをする人もいたそうだ。商人にとっては、どこのお屋敷がどの藩のものかを確認するため、必携アイテムだった。
江戸中期以降は公的出版物を扱っていた版元、須原屋茂兵衛が独占的に出版し、大ベストセラーになった。幕末に出た武鑑は、年間1万5000部という桁外れの売れ行きだった。
調べているうちに、この武鑑の大量のデータを解析し、藩や大名、幕府役人らの情報を整理、公開しているウェブサイトに行き当たった。総合研究大学院大学の北本朝展教授がセンター長を務める、人文学オープンデータ共同センターのものだった。これがめちゃくちゃ面白い。
各藩の居城や上屋敷の所在地が、分かりやすく地図に落とし込んであり、家紋や道具の一覧、献上品のリストまである。見ているだけで時間を忘れてしまうほどなのだ。大量の古いデータを集積し、解析し、新しい形で公開していく、新しい時代の研究手法にうなるしかない。
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