夏の便り
三年前の七月二十八日、手紙が届いた。封筒には小さく柔らかな文字で僕と送り主の名前が書かれていた。
僕は今日まで、それを開けられずにいた。
『好きな季節は、いつですか。
桜の華やぐ、春ですか。
山が色づく、秋ですか。
光に染まる、冬ですか。
──それとも、
ビアガーデンの夏ですか。
私はどの季節も好きです。そんな答えはずるいですか。
でも仕方がありません。だってどの季節も、ビールが美味しいのですから。春は山菜の天ぷらなんてどうですか。私はタラの芽が好きです。秋は何にしましょう、やっぱり秋刀魚の塩焼きがいいですか。冬なら鍋が一つあればじゅうぶん。モツ鍋、魚ちり、豚のしゃぶしゃぶ。だけどシンプルに湯豆腐で一杯というのもいいですよね。
ところで夏は何がビールに合うのでしょう。他の季節はすらすら浮かんできたのに、夏となると私は少し考えてしまいます。
カレーをおつまみにするのも、悪くないよなあ。夏野菜のカレーなんていいかもしれない。あ、やっぱり枝豆の塩ゆでが一番ですか。いや、トウモロコシだって、いやいやでも…と右往左往。結局夏はいつも空席です。ところが最近、すごい発見をしたのです。何だと思います?
夏の一番の肴は、夏だったんです。
夏という季節の空気の中にいるだけで、ビールが美味しくなるのです。照りつける太陽、夜になっても下がらない気温、蝉の声、高校野球、夜店の賑わい、海水浴、花火、野外フェス、久しぶりに会う地元の友だちと行く鳥貴族。
夏は、そんな場面の一つひとつが、ビールに合う一番の肴だったんです。ほら、そんな気がしてきませんか。
ね、今年もビアガーデンに行きましょう。』
灰色の雲の向こうで夕陽が白く燃えていた。彼女はそこにいるのだろうか。一杯目のビールをすぐに飲み干してしまう僕を見て、笑っているのだろうか。僕は三年ぶりのビアガーデンにやってきた。
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