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29.令和時代の冷凍食品

「僕の心のヤバイやつ」という漫画がある。読むと胸がキュンキュンすると評判だったので読んでみた。生まれ落ちてから半世紀近く経つナイスミドルにも関わらず、実際に胸がキュンキュンした。おっさんに思春期特有のあの感じを思い出させるとは、何て恐ろしい漫画だ。こんなにキュンキュンしたのは初恋の時と「めぞん一刻」を読んだ時、それと「かぐや様は告らせたい」と「五等分の花嫁」以来だ。
 さて、読んでいる際にちょっと気になる場面があった。勉強疲れでボーっとしていた主人公がお姉さんに渡されたマヨネーズを間違って冷やし中華にかけてしまった、そんな目を覆いたくなるような惨憺たるシーンだ。冷やし中華にマヨネーズはあり得ないだろう。そんな状態になってしまったらもう食べられない。私は刑法に詳しくないのでよく分からないが、器物損壊罪に問われても仕方がない行為のような気がする。
「冷やし中華食べようとしてる人にマヨネーズを渡すなんて悪戯にもほどがあるな」と、お姉さんに対してがっかりした気持ちを抱いてしまった。だが、「皿うどんにお酢やウスターソースをかける事を私が知らなかったように、冷やし中華にマヨネーズをかける文化が日本のどこかにあるのでは?」という考えがふと脳裏に浮かんだ。そこでネットで調べてみたら驚くべき調査結果が。東海地方、及びその近隣の地域では普通にかけて食べるらしい。特に愛知県ではかける率70%超。かけない方が少数派、冷やし中華的マイノリティになるほど地域の食文化に根付いているとの事。これは知らなかった。お姉さん、疑ってすいません。
 
 私とマヨネーズは親子の絆よりも強い関係性がある。トーストにはバターでなくマヨネーズを塗るし、家で焼肉をする時は焼肉のタレを絡めたお肉にマヨネーズを付けて食べる。と言うか、基本的にかけれるものには何でもかける。もう慢性マヨネーズ中毒と呼んで差し支えない私だが、酸味の効いた冷やし中華にそれをかけるのはちょっと怖い。しかし、私の短くない人生においてマヨネーズはいつだって素晴らしい結果を出し続けてくれた。マヨネーズは往々にして既存の概念を凌駕する。例えばこういう話がある。かつおの刺身に一番合うのは生姜醤油と言い張る美食家だけど超絶短気な陶芸家に対し、うだつのあがらない新聞記者が「かつおにマヨネーズつけてから醤油で頂くと美味しい」と言って食べさせたら陶芸家がぐうの音も出ない程美味しかった、そんなエピソードだ。この話から得られる教訓は「マヨネーズは最強」と言う真理。未知のものと対峙するマヨネーズに対して私たちが出来るのは信じる事だけだ。
 
 そんなわけで実際に試してみた。前半は普通に食し、後半にマヨを投入とオーソドックスな味変で食してみたのだが意外に良かった。いや、違う。めちゃくちゃ良かった。冷やし中華なんて食欲がない時に食べるものなので、前半は酸味の効いたさっぱり感が必要だが、食べ始めてから急に食欲が湧いてくるケースが意外と多い。人というのは我儘な生き物だ。さっぱりしたのを食べたいと思ってたくせに、食べ終わった頃にはさっぱりしたやつでは物足りないと思う事がある。そんな時、マヨネーズのこってりとした力強さが胃袋に強い充足感を与えてくれる。
 これを考えたのは天才だなと思い、そのジーニアスな人物、もしくはジーニアスなお店を調べてみた。諸説あるらしいが「冷やし中華にマヨネーズ」は「スガキヤ」が発祥との事。言わずと知れた東海地方のソウルラーメンあるスガキヤ。もちろん、私が住む西日本でも西寄りの地域にもそのお噂はかねがねな有名店だが、残念ながらまだ行った事がない。なのでHPでメニューを見てみたら冷やし中華はなかった。ただ、メニューで気になったのはラーメン屋なのにデザートが妙に充実しているところだ。パッと見、ラーメン屋というよりファミレスみたいな品揃えだ。何故こんなことになってるのか気になったので、更に調べてみたらスガキヤは元をたどれば甘味処としてスタートしている事が判明した。2年で50%、5年で80%、10年で90%が廃業を余儀なくされると言われる飲食業界でサバイブするため、柔軟な姿勢でメニューを変えながら現在まで生き残ってきたのだろう。冷やし中華も現在のスガキヤに至るまでの過渡期に存在した商品という事か。ちょっと感動的な話だ。巡礼した際はその歴史に思いを馳せながらラーメンを食べ、食後にソフトクリームを食べよう。

 さて、話はここからが本題。普段スーパーに行かない方はビックリされると思うが、今回食べた冷やし中華はニチレイさんが販売している冷凍食品だ。レンジでチンする冷やし中華なんて昭和の頃には想像だに出来なかった。凄い時代になったものだ。
 私の住む地方では昨年あたりから見かける様になったが、まずは「冷やし中華をわざわざ冷凍食品にする必要があるのか?」という疑問が生じた。この商品を知らない読者の皆様もきっとそうお思いになられてるだろう。「新しい製造技法を試したい一心でこの商品を作ったのでは?」と、冷凍食品売り場に並ぶそれを冷ややかな目で見ていた。実際、今までの冷凍食品とは違う、オーバーテクノロジー感が溢れている。中華麺の上には大量の氷。この氷がある事で解凍された麺が冷えた状態になるのだろう。
 私は妄想癖があるので、ニチレイさんの商品開発会議が脳裏に浮かんだ。「レンチンで冷たい麺が出来るんですよ!」と、興奮気味に熱弁する技術担当の社員。普段なら一蹴されそうな提案だが、長時間の会議で出席者全員が判断力を失っている。「よし、それでいこう」と開発部長。そんな経緯を経て、私の近所のスーパーに冷凍冷やし中華が並んでいるのかもしれない。なんてシーンが売り場でこいつを見かける度に脳内再生された。
 
 なんにせよ、順番が違うという違和感は禁じ得ない。マキャベリは「目的のためには手段を選ばす」と言ったが、この商品に関してはレンジで冷たい麺を作る革命的な製造法(手段)を開発したので冷やし中華(目的)をとりあえず作ってみた感がある。これでは順番が逆。マキャベリズムに反している冷凍食品だ。これは映画の「マトリックス」を初めて観た時に抱いた感情に似ている。
 上映当初はその当時最新の撮影技法であるVFXから作り出された革命的とも言える映像がもてはやされたものだが、観終わってから出て来たのは「キアヌ・リーブスが上体を反らして敵の弾丸を避けるシーンを撮りたくてあの映画製作したんじゃない?」との感想だった。当時は3部作になる事も情報も出ておらず、この1作だけではストーリーがペラペラ。なので、目的(映画)のために手段(VFX)を使うのではなく、手段(VFX)のために目的(映画)を作っのではと勘繰ってしまうほどだった。

 と、私の妄想が原因でかなりネガティブな印象だったものの、特売になっていたのでお試しで購入してみた。それが今回の実験に役に立ったわけだ。実食してみてのお味に関する採点は70点と言ったところだろうか。セブンなんかで売ってるやつと比べれば見劣りするがギリギリの及第点。だが、美味しさ以上の付加価値がこの商品にはある。クソ暑い中に冷やし中華を買いにコンビニへ行く手間が省けるのだ。
 クソ暑い時にこそ冷やし中華を食べたくなる。これは自然の摂理だ。しかし、クソ暑い中にコンビニに冷やし中華を買いに行くのは命懸けなのも正しく摂理。今は田舎暮らしなのでコンビニにも車で行くわけだが、クーラーが効き始めるまでの数分間が地獄だ。車でもこれだけしんどいのに、徒歩でコンビニを目指すなんて狂気の沙汰。関東に住んでいた頃は歩いてコンビニに行ってたが、夏になれば太陽はこちらを殺す気で照りつけてくるのでいつでも汗だくだった記憶がある。それにこれは個人的な事だが、基本的に黒色のヘヴィメタル系のバンドTシャツを着て外出してたので必然的に太陽の光を吸収してダメージ倍増。他の人よりも酷い目に遭っていた。「太陽ニ殺サレタ」とはこういう事を言うのだろう。
 だが、これを冷凍庫にストックしておけばそんなつらい思いをしなくても済む。もう時代は令和だ。汗だくになりながら冷やし中華を買いに行くなんてナンセンス。スマートな大人はクーラーの効いた部屋から出る事なく冷やし中華を堪能するものだ。

 風が吹けば桶屋が儲かるように、漫画で主人公が冷やし中華にマヨネーズをかけると田舎に住むおっさんが冷凍食品に開眼する。正直、今まで冷凍食品にはあまり興味をそそられなかった。これは私だけではないと思うが、昭和生まれは割と冷凍食品に対してネガティブなイメージを抱いている。
 お弁当用のミニハンバーグや唐揚げ、焼きおにぎり、それとキンレイの鍋焼きうどん等の一部例外を除き、平成初頭の冷凍食品は総じて完成度が低かった。今の子たちに「昔の冷凍エビピラフって食べられたもんじゃなかったよ」と言っても信じてもらえないかもしれないが本当に酷かった。食事というより「餌」に近いレベルだった。

 冷凍食品との最悪の思い出は大学生の時だ。バイトの給料が入ればすぐに散財するので次の給料日前にはいつだって素寒貧だった私にあるアイデアが閃いた。「給料が入ったら冷凍食品を買いだめしておけば後々助かるかも」平成初頭はほぼ全てのスーパーがまるで示し合わせたかのように特定の曜日に冷凍食品を4割引きとか半額のセールをやっていた。そこで私のパッシブスキルである「無駄遣い」が発動する前に冷凍食品買い込んでみた。そして例の如く給料日前にはケツの毛が毟られたような無様な状況に陥るわけだが、大量の冷凍食品というライフラインがあるので安心だ。
 早速、冷凍エビピラフをレンチンして食べたのだが、べちゃべちゃになってて食べれたものではない。残すわけにはいかないので全部食べたが、べちゃべちゃなピラフが美味しいわけがない。感動的な不味さだった。
 翌日は前回の反省を活かしてフライパンで炒めて食べた。それでも十分に不味かった。これは他に買ってた高菜ピラフ、チキンライスでも同様だった。フライパンで炒めても最悪、レンジで温めたら邪悪。全くもって美味しくなかった。
 
 こういった経緯があり、トラウマは言い過ぎかもしれないが完全に苦手意識を植え込まれてしまっていたのだが、今回の冷やし中華の件がそんな昭和生まれのおっさんに改めて冷凍食品を見つめ直すきっかけを与えてくれた。現在の冷凍食品のクオリティを再確認すべくエビピラフを食べてみたら普通に美味しかった。泣きながら冷凍庫に残った大量の在庫を消化していた大学時代のブツと比べると天と地ほどの違いだ。私の知らない間にこんなに美味しく進化していたなんて。有難う、主人公のお姉さん。やっと冷凍食品の知識が令和のものへとアップデートされました。

 おかげで最近は色んなスーパーに行って冷凍食品を物色している。令和時代の冷凍食品コーナーの充実ぶりには只々驚くばかりだ。右を見ても左を見てもご馳走だらけ。世の中の独身男性、特に朝から晩まで、場合によっては朝から翌朝まで働かされる社畜の皆様にうってつけの商品が目白押しだ。
 まず気になったのはニップンのご飯とおかずがセットになった「よくばりプレート」のシリーズだ。「鶏めしとチキン南蛮」「しそひじきご飯とチキンカツみぞれ煮風」「煮込み風ハンバーグ&ジューシーナポリタン」「完熟トマトソースハンバーグ&ミラノ風ドリア」等々、ゴージャス感ダダ洩れなラインナップが魅惑的だ。
 麺類も各社が力を入れているらしい。日清が冷凍のどん兵衛を出してたり、リンガーハットが冷凍ちゃんぽんを出していたりもする。パスタも激戦区らしく物凄い品揃えだ。キンレイのヘヴィーユーザーなのでこのコーナーにはよく立ち寄っていたのだが、改めて眺めてみるとお宝の山だ。いかに私の目が節穴だったのか分かる。
 しかし、何故に社畜時代に冷凍食品の進化に気づけなかったのだろう。残業を終え、死にかけの状態で家の近くのコンビニまで辿り着いたのにお弁当コーナーに何も置いてない。しょうがないので駅前の牛丼屋まで引き返す・・・なんて悲しい事も冷凍食品をストックしておけば回避出来たのに。無知とは罪だ。
 
 そんな風に冷凍コーナーでのお宝探しを日々頑張ってる筆者だが、冷凍冷やし中華を初めて見た時と同じような何とも言えない気持ちになる商品を見つけた。いなば食品の「のり弁」だ。「何故にのり弁を冷凍食品に?」
 確かにのり弁はサラリーマンにとっての軍用レーションみたいな基本食だが、わざわざ冷凍庫にストックしておきたいと思う人間がどれくらいいるのだろうか?仮にいたとしたらその人はもう慢性のり弁中毒と呼んで差し支えないだろう。さすが私はその域には達してない。
 そもそも何をとち狂っていなばの人はこれを作ったのだろう。ここでもやっぱり妄想癖が働く。いなば食品の商品開発の会議。煮詰まり焦燥感漂う空気の中、とりあえず何か提案しなければならないと思い「のり弁とかどうですか?」と発言する若手社員。理解の範疇を超えているので普段なら一蹴されそうな意味不明な提案だが、長時間の会議で出席者全員が判断力を失っている。「よし、それでいこう」と開発部長。そんな数奇な経緯を経て、私の近所のスーパーに冷凍のり弁が並んでいるのかもしれない。

 とは言え、以前は散々けなしていた冷やし中華も今や冷凍庫のスタメンだ。冷凍のり弁にもこちらが想像だにしないメリットがあるのかもしれないと思って買ってみたら圧倒的な閃きが舞い降りてきた。のり弁のカスタマイズだ。
 基本的に私がのり弁を食べるのは平日の昼、自分のデスクで。職場なのでデフォルトの状態で食べる事を余儀なくされるわけだが、自宅なら話が違う。冷蔵庫の中にある様々な食材を追加する事が可能だ。そう考えると職場や外出先で食べるのり弁とは違い、自宅でレンチンするのり弁には無限の可能性がある。そう、いなば食品が伝えたかったのはきっと「想像力の限りを尽くしてのり弁を楽しめ」という事だろう。

 それでは、今晩はハードにカスタマイズしたのり弁と洒落込もう。辛子明太子や辛子高菜をトッピングするだけで破壊力は倍増するだろう。イシイの「おべんとクン ミートボール」や「チキンハンバーグ」を乗せてワンパク感をアップさせるワイルドなやり方もある。もちろん、マヨネーズを白身魚のフライの上に大量にぶちまける事も忘れてならない。繰り返すようだが、可能性は無限だ。

 さあ、のり弁をレンジで温めるとしよう。「のり弁魔改造」の夜が今、始まる・・・

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