夢の傀儡師

その夢の中で、ぼくは昼の雑踏に紛れて歩いている。道の両側は駅ビルや高層ビルで、車道の車の流れは激しい。人の多さも尋常ではない。まるで名の知れた神社の祭りの日の参道のようだ。雑踏の流れに沿って歩いているつもりだったが、いつのまにか大きな駅ビルの地下通路に入り込んでしまったらしい。照明に照らされた白壁。誰もいない通路に自分だけがひとりきりで心細く歩いている。ひたすらにどこまでも進んでいくと結局その通路は袋小路になっていて、戻るしかない、とぼくは思う。ぼくの後ろから、ストリート系のというのかヒップホップ系というのか、ガラの悪いだぶだぶの服を着た若者三人が大騒ぎをしながら歩いてくるのを見る。彼らも迷い込んできたのか…ぼくはこんな狭い場所で彼らと相対したくないと思っている。連中はとても嫌な感じだし、込み入ったこの状況を説明するというのは面倒くさいだけではないか。

※※※

現実生活において、その頃ぼくは行き詰まった問題を抱えており、夢中の雑踏の風景はその問題に関連した人物が常住している街のものだ、とぼくは気づく。その人物が、この夢では街の風景に重ね合わされているということだ。また「行き詰まった問題」がここでは地下通路の「袋小路」にイメージ転換されているのがわかる。その「行き詰まった問題」は、先に行くこともままならないし、引き返すのも不快や嫌悪や面倒を伴う…この夢の中で、ぼくは目覚めた意識と同じように日常生活のままならない問題について考えを巡らせている。しかし、この夢意識においては、日常世界の意味連関を素材としながらイメージの流れでもって思考を代替している。ここではイメージの流れや転換を操っているのは、概念的な思考なのだが、それは、舞台の天井で糸を操っているだけで、決して顔を出すことはない。私は目覚めることで、つまり概念的な思考を舞台の天井から呼び出すことで、この夢のイメージの流れを操る糸の源にたどり着くことができたのだ。

#夢

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