りんご日報の思い出

20年くらい前のこと。香港オフィスのスタッフも中国の工場に何日か詰めてることも多かったから、私より先に乗り込んでる香港人スタッフに、「りんご日報買ってきて」と良く頼まれた。

オフィス前のタクシー乗り場近くにある露店か、フェリー乗り場の売店に寄るのだが、蘋果日報は一番目立つように並べられているのでわかりやすい。

それを黙って手に取ったあと、わざわざ広東語で日本の新聞ありますか?と話しかける。

有無日本報紙啊?
(ヤゥモゥヤップンボゥジィ?)

広東語などの方言と標準語である北京語との違いは、ほぼ発言だけである。つまり、文字は一緒。ローカルのテレビドラマは字幕付きなので、違うところから移住してきた人も、自分の言葉か現地語でどう発音するのかを、簡単に覚えることができるのだ。たぶん。

日本語を話す現地スタッフに囲まれて仕事してる駐在員にとっては、広東語を話す機会はタクシーに乗る時とビールを注文する時くらいだけど、多少北京語を習った身としては、片言くらいは喋ってみたい。と言う割に、喋ったのはそれくらいしかないから、相当レベルは低かったけど。

あの頃はまだ、返還して数年しか経ってなかったから、50年間高度な自治が続くので、自分達の世代は大丈夫だろう、という安心感が大勢を占めていたと思われる。というか、そういう空気が醸し出されていたのかもしれないが。

返還前にオーストリアとかカナダに移住した人たちの中には、戻ってきたケースもあるという話も聞いた。

まさか20年で反故にされるとは思わなかっただろうが、まあ、やりかねないと覚悟していた人も、少なくなかったかもしれない。

あっという間に香港ドルは人民元に逆転され、商店やレストランは人民元が使え北京語を話すスタッフがいることがデフォルトになり、雇用と不動産と産科の予約なんかが奪われて、彼らのプライドは傷つけられただろう。

我々が中国に進出していた当時、ものづくりに関してまだ少しは「教える」余地が残っていたと思う。でも既に彼らは勤勉で、教育水準の高い人たちも多く、何より彼らなりの方法で稼いだ資金の厚みが、桁外れであった。

だから、もちろんいろんなネガもあるんだけど、中国は大きく力をつけて、その勢いはもう誰にも止められないのでは、と感じている。

日本はどうか。方法論で言えば、潰れた方が良い新聞社は不買によって滅ぼすことができるし、辞めてもらった方が良い政治家は選挙によって葬り去ることもできる。どんな利害関係が成り立ってるか知らないけど、なぜか我々はいろんな人たちと共存することを受け入れている。

国家に都合の悪い勢力を、国家権力によって(民主的手続きを経ずに)強制的に排除することを是としないからだろう。

世界的には、民主主義指数の高い国は決して多くない。いろんな国が、それぞれの辛く苦しい歴史を抱えつつ、いろいろと苦労しながら国家を運営している。

私は日本語を話す外国人と接する機会が多かったからか、彼らにとって日本は憧れの国だという気分を感じてきた。

それが何なのか、まあ、もうものづくりではなくなっちゃったのかも知れないけど、私たちが大切にしなきゃならないのは、そう思ってもらえる国であり続けること、だと思う。

香港アップル・デイリー紙、24日付で発行停止:日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM2383M0T20C21A6000000/

【香港=木原雄士】中国共産党に批判的な香港紙・蘋果日報(アップル・デイリー)を発行する壱伝媒(ネクスト・デジタル)は23日、同紙の発行停止を決めた。オンライン版の更新を23日深夜に止め、紙の新聞は24日付が最後となる。香港国家安全維持法(国安法)に基づいて当局に資産を凍結され、事業継続を断念した。
蘋果日報は1995年に創刊した。芸能記事なども取り扱う大衆紙として人気となり、近年は香港で民主派支持を鮮明にする、ほぼ唯一の日刊紙だった。壱伝媒は声明で「26年間にわたる読者の熱心な支援や記者、スタッフ、広告主に感謝する」と述べた。
同紙をめぐっては、創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏や張剣虹・最高経営責任者(CEO)、羅偉光・編集長、関連法人3社が国安法違反罪で相次いで起訴され、当局に一部の資産を凍結された。銀行口座への入金ができなくなり、従業員の給与支払いも難しい状況になった。
6月末の国安法施行1年や、7月の中国共産党創立100年を控え、香港の言論統制は厳しさを増す。香港は「一国二制度」のもと、言論や報道の自由が保障されてきた。今回、当局が主導して主要紙を発行停止に追い込む異例の事態となり、中国の強硬姿勢が一段と鮮明になった。
黎氏らは外国勢力と結託して国家安全に危害を加えた疑いが持たれている。香港警察は記事を通じて外国に中国や香港への制裁を求めたと主張する。反中国的な言論行為を徹底的に抑え込む狙いがあるとみられる。今後は他の民主派メディアも取り締まり対象になる可能性がある。

ずっとものづくりに携わってきました。