「何のために生きるのか」

こんにちは。numaです。

今回のテーマは「生」です。

短い話なので、是非ご一読ください。

それではどうぞ。


『何のために生きるのか』

 「……大丈夫、連中は向こうに行ったみたいだ」
「やだよ、僕、死にたくないよ」
「大丈夫。絶対に私が守ってあげるから」
 とある家族が、闇の中で息を潜めていた。注意深く周囲を観察する父。息子を励ます母。怯えながら母に抱きつく息子。母の腕に抱えられた赤ん坊。4人は息を潜めながら、新たな潜伏場所を求めてゆっくりと移動を始めた。
 数日、いや数週間かけ、移動を続けた彼らは、何とか誰にも見つからず、新たな潜伏場所にたどり着いた。しかし、その瞬間だった。
「いたぞ! 捕まえろ!」
 怒号と共に、彼ら4人家族は武装した集団に取り囲まれてしまったのだ。
「ようやく見つけたぞ、がん細胞。肺まで移動されてしまったことは我々Tリンパ球軍の不覚。汚名を返上するため、ここで必ずお前たちを始末する!」
 Tリンパ球軍と名乗る武装集団は、手に持った槍を、中心で怯える家族に向かって突きつけた。
「隊長! 現在、NK細胞軍もこちらに向かっています!」
「よし! 彼らと私たちの軍が協力すれば、確実にこいつらを葬り去ることができる。ようやくこの長い戦いに終止符が打たれるぞ」
 Tリンパ球軍は、NK細胞軍の応援が来ることを知り、自分たちの勝利を確信した。まだ彼らの輪の中心にはターゲットが生きているが、Tリンパ球軍隊長は勝利に酔った表情で彼らに語りかける。
「おい、がん細胞! お前たちは今日ここで始末する! 長い逃亡生活ご苦労だった」
「待ってくれ。見逃してくれ」
 父は必死に訴えかける。
「見逃す? お前たちの存在がご主人様の身体にどれだけ負担を与えるか分かっているのか? お前たちの存在で、ご主人様の寿命はどんどん縮んでいくんだぞ。それはすなわち、我々の死にも直結する。見逃せるわけがないだろう!」
「それは分かっている。だが、せめて、一度でいい。私たちは、誰の目も気にせず、日の当たる場所で、家族揃って生きてみたい!」
「お前たちに生きることは許されない! 生きていて何の意味がある? お前たちは俺たちに殺されるためだけに生まれてきた怪物だ!大人しくここで始末されろ!」
「じゃあおじさんは何のために生きてるの?」
 母にしがみついて怯えていたはずの息子が、突然声をあげた。
「何だと? ガキ」
「おじさんたちは、僕たちとは違うの?」
「全く違う。お前たちはご主人様の敵。我々はご主人様の味方。影と光の存在だ」
「でも、おじさんたちは、どれだけこの体の中で働いても、一生ここから出られないんだよ。それなのに何で戦うの? 働くの?」
「ご主人様の体を守るためだ!」
「それが本当におじさんたちのやりたいことなの? 強制的にやらされてることじゃないの? そこには自由なんてない。自由に生活できないなら、生きてる意味なんてないよ!」
「何を言って……」
「ここから出られない、それは仕方ない。それならせめて、この体の中で、自由に、仕事から開放されて、最後に楽しい時を過ごそうよ。僕たちを殺すことに全力をかけるんじゃなくて、本当にやりたいことをやって、自由に生きようよ!」
 一瞬、Tリンパ球軍の意識ががん細胞から逸れた。全員が、自分の本当にやりたいことを考えた。その一瞬をつき、4人家族は、肺に侵食を始めた。
「あ! まずい!」
 Tリンパ球軍の叫びとは裏腹に、侵食はどんどん進んでいき、肺は完全にがん細胞に侵されてしまった。
「くそっ……やられた!」
 またも汚名を返上できなかったことに一抹の悔しさを感じながらも、しかし彼らの思考は別の方向にあった。自由に生きる。今まで考えたこともない選択肢だ。70年間、ご主人様の体を守ることだけに時間を注いできた彼らにとって、自由という選択肢はセンセーショナルな驚きを与えた。
 数分後、肺にNK細胞軍が到着した。肺は完全にがん細胞に侵されている。
「Tリンパ球軍、あいつらは一体何をやってたんだ」
「隊長! あれ!」
「ん?」
 NK細胞軍の隊員に促され、隊長は指差す方向に目線を向けた。
「な……あれは……」
 そこには、無造作に投げ捨てられた槍が散乱していた。

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