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来るべきバカになるための勉強

勉強とはすべからく何かを得ることだと思っていたが、どうやら何かを失うことらしい。

では何を失うのか、それは端的にノリである。

それまで意識せずともノれていた環境のコードに意識的になり、ついには脱する。

ではどこに行くのか。別のノリである。

そうして僕らは勉強を通じてノリからノリへと終わりなき旅を続ける。


勉強とは獲得ではない、喪失を伴う何かしらの変化だ。そこに良し悪しはない。

ではどこへ向かって変化するのだろうか。どこを目指してもよい僕たちは一体どこへ向かうのか、それをどうやって決めるのか。

それはこの体に偶然生じた強度的な経験の集積による享楽的なこだわりによってである。自分と不可分になった出会いの痕跡によって生じた欲望のセットである。

勉強とはあるノリとべったり癒着していた自分を発見し、剥落し、享楽的なこだわりを変えてやろうという試みだ。

ではどう変えていくのか。ツッコミ的なアイロニーとボケ的なユーモアによってである。

勉強の基本はアイロニー、つまり前提を疑うことである。その語源エイロネイアはソクラテスがよく用いたもので、バカっぽく言えば子供の「なんでなんで攻撃」である。

自分がノッてるコードを客観視し、疑い、壊す。そうしてより高次のコードへと超コード化して、それまでコードから脱コード化する、成田祐輔的な方法論である。しかし、アイロニーはその性質上究極の根拠を求めるようになり、終いには言語なき現実のナンセンスへと陥る。なぜならあらゆる言語は環境依存的、つまりなんらかのコードに従っており、それらをすべて除いた現実そのものは存在しないあるいは人間には辿り着けないからだ。だからアイロニーから始まり、あるコードから抜け出したうえで、一周回って言語の環境依存性を認める。まず勉強はこうして始まるのだ。


対してユーモアは見方を変えること、コードを破壊するのではなく拡張(あるいは縮減)する。別のコードへと連想される。それまで話されていた会話のコードは宙へとつられ、コードがズラされる、そのことによって僕たちは目的喪失の感覚を得る。これはコード変換による脱コードである。

しかし、ユーモアも過剰になるとナンセンスへと至る。意味飽和のナンセンスである。ユーモアは意味を拡張するまたは不必要に細かい話をすることで別のコードへと移調するが、どこへでも繋がる、つまりなんとでも言えるためになんの意味も成さなくなる。

このことに歯止めをかけるのが享楽的なこだわりである。僕らはそれぞれにこだわりを持っている。これらは説明しようと思えばそれらしいラベルを貼ることができるけど、根本には偶然的な出会いが刻み込まれ、不可分に表出している事態である。それによって接続過剰にさらされるユーモアをあるところに留まらせる、仮固定することができる。享楽的なこだわりは不変で運命的な足枷ではない、緩やかな形をもつ。だから変えることができる。勉強とはこうした享楽的なこだわりに介入しえ変化させることである。


勉強にはアイロニーとユーモアという方向があるが、これらは換言すると追求と連想である。そして勉強は2つの方向できりがなくなる。つまり、深追いと目移りである。そのため勉強にも切りの良さみたいなもの、有限化が必要となる。

どうすればよいか、信頼できる情報を自分なりに引き受けるのである。信頼できる情報とは何かという問いが深追いを強要してきそうだが、絶対的なものではなく相対的な信頼性の担保は、知的な相互信頼の空間から信頼を得ているかだ。

言い換えれば、比較や研究が盛んになされている、量的時間的な淘汰圧を受けている学問分野だ。

ともすれば権威主義に陥りかねないが、認知も時間も有限な学習者がそれでも何かしらの基準において信頼性をはかるにはこうするのが最もだろう。

さらに比較において絶対的な根拠がない以上、自分の享楽的なこだわり、興味関心、好き嫌い、向き不向きが判断に関わる。だからこそ自分に特異な重み付けを最終的には引き受ける必要がある。


まとめると、ある程度の客観的な信頼性のおける情報を得た上で、主観的なこだわりによってあるところで中断する。まあこれくらいでいいだろうと。バカを意味する英単語idiotは特異なという語源を持つ。本書の副題の来たるべきバカとはそれまでのコードに従った盲目的なバカ出会った自分を再発見し、言語の環境依存性を求めた上で、それでも特異な自分のこだわりを最終的に引き受けるバカのことである。


懐疑、連想、享楽の螺旋階段を上り続けることが勉強であり、勉強をすることで新しい形で来たるべきバカになれる、本書は勉強の哲学であると同時に、バカであることに気付いているバカになるための方法論であったようにも思う。なんともキルケゴールの絶望のようではないか。


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