黄前久美子はいつ大人になったのか
「響け!」は本当に凄い。
シーズン3を視聴するたびにひしひしと感じる。
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僕はけっこう不真面目なアニメ愛好家で、アニメを見る時は家事しながらだったり筋トレしながらだったり、時としてゲームしながらだったりするのだけれど、「響け!」だけは、そうはいかない。
あらかじめトイレに行って、飲み物を用意して、スマホはなるべく遠くに置いて、しっかりと画面の前で正座をしないと見ることができない。たかだか二十数分間にかける準備が映画館並だ。
そして一話一話がもたらす複雑な感情の塊をドッシリと受け止めて悶え苦しむ。最後にエンディングを見ながらゆっくり酒でも飲み下し、ふぅと落ち着きを取り戻してやっと視聴を終える。
かなり本末転倒な話なのだけれど、それだけしっかりとした準備をして視聴するのは、日々の忙しい毎日の中ではやっぱり難しいので、どうしても視聴が遅れてしまう。だからX(旧Twitter)でネタバレを喰らうこともしばしばだ。僕が不真面目なアニメ愛好家である所以とも言えるだろう。
とにかく、それだけ凄いアニメだということだ。
何が凄いか、ってそれは色々あるし、キャラクターやストーリーをどう読み解くかなんてのも考え出せばキリがない。
だから今回は一つだけ。
「吹奏楽部で全国金を目指すこと」と「大人にかること」について少し語りたい。
現代人は電子世界以外の夢を見るか
僕はつくづく思うのだけれど、現代の特に若い世代にとって、夢を見るというのは難しいことだ。
SNSを開けば色んな分野の天才が一瞬で見つかる今の時代、自分には何か特別な才能があるのだと“勘違い”することは難しくなっている。
たとえば、クラスの中で野球が上手いくらいでは、将来野球選手になるなどとはとても宣言できない空気感がある。
そして、大人ぶった顔で「俺は勘違いなんてしない」とのたまい、時には“親ガチャ”といった運命論も用いる。
SNSは、世界から井の中の蛙を駆逐したのだ。
しかし逆に、例えば課金したソーシャルゲームで上位ランキングに食い込んだり、ちょっとした面白いエピソードの呟きがたまたま拡散されるなどの機会も増えた。
そうしたちょっとしたことで、何か有名人になったような“勘違い”を起こすのだ。
この“勘違い”しない文化と“勘違い”する文化は、相反するもののように思える。
しかしながら、それらは「自分の毎日の積み重ねが輝かしい将来を創る」という実感が伴わないという点で合致している。
つまり。
今勉強を頑張れば東大に入って良い仕事に就ける。
今部活動を頑張ればプロの音楽家や野球選手になれる。
今吉本の芸人学校に入れば将来はテレビのスターだ。
こんな、今頑張って将来を作ろうといった、そういう実感がないのだ。
上には上がいることを簡単に知ることのできる時代には、こんな夢を描けないのだ。
そして、ただ「自分にはそんな才能無いから」と諦めて大人ぶる。
彼らは、自分の呟きがたまたま1万いいねになったり、3万円つぎ込んだガチャで神引きをして次のランキングで1000位以内になることばかり期待しているのだ。
彼らを批判しているのではなく、社会がそういう世界を作り出してしまっているのだ。
「響け!」は日々の生活の先にある
「響け!」は吹奏楽部の物語である。
久美子たちは、全国大会金賞を夢見て、日々練習に励んでいる。
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そこには、現代人特有の諦めや、現代人特有の勘違いはない。
彼女たちは、今の自分の頑張りが全員の夢を叶えると信じているし、何かたまたまな偶然が自分たちを特別にしてくれるとは考えていない。
麗奈が「特別になりたい」と宣言してトランペットを練習するのと同じくらいの気持ちで、モブキャラに至るまで全てのキャラクターたちが「特別になる」ために練習している。
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留意したいのは、この物語が「リアルな吹奏楽部を描いた」物語であるということだ。
たとえばアイドルになって大会で優勝するとか、ヤンキーが更生して1年で甲子園に出るとか、そういった物語も世の中にはある。
その登場人物たちも「今の頑張りが輝かしい未来を創る」と信じているのだが、そもそもの物語があまりにもファンタジーなのだ。
しかし「響け」の舞台はかなりリアルだ。
顧問が変わって指導法が変わったことで急成長した部活に、そんな顧問の指導を求めて優秀な新入生が入り、そして新体制3年目を迎えた吹奏楽部。
そんな部なら、全国大会金賞も可能だ。
だけど、絶対じゃない。
その揺れ動きの中にいる部員たち。
等身大の吹奏楽部員の姿がそこにある。
この夢を見るのが難しい時代において、自己投影可能なほどリアルな高校生を描き、彼女たちに「日々の努力が輝かしい未来を創る」と主張させるのだ。
だからなのだろう。
夢を見ること。そのために努力をすること。それが輝かしい未来を創ると信じること。
そのような情熱や姿勢、その過程そのものが既に輝いて見えるのは。
そしてふと、そんな時代が自分にもあったと感じられるのは。
現実的なドラマが夢をくれる
久美子の進路は、アニメ第三期において、全国大会金賞よりも大きなテーマ性を持つと、ある意味では言えるかもしれない。
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久美子は極めて現代的な人物である。
麗奈のように夢を見ることはない。
しかし、北宇治で火のついてしまった彼女は、ただただ妥協の道を選ぶこともできない。
ただ、彼女は知っているのだ。
日々の生活の頑張りの、その先に、何か特別で輝かしい未来が待っていることを。
だから教えてくれ、伝えてくれ、久美子。
大人になるということは諦めることではないということを。
この現代においても、夢を見ることができるということを。
何か偶然ではなく、日々の生活のその先にある未来を輝かせくれ。
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