ペンギン・ハイウェイ
先日、お正月休みということもあってネットフリックスで観ようと思いながらも見てなかったシリーズを観ようと思いました。
数々の作品の中から選んだのは原作:森見澄美彦の小説
「ペンギン・ハイウェイ」
この小説は2010年に角川書店から刊行され、第31回日本SF大賞を受賞
その後、2018年にアニメ映画化
それからおよそ2年後…
重たい腰を上げた僕がストリーミングサービスで視聴する。
↓
※インターネットに接続した状態で動画・音声を楽しむ
先にこのお話の感想を言うと、すごい不思議な感じがしました。
なんか小難しいSFだなぁって・・・でも、ただのSFだと思わないで欲しい!
この物語にはモノの見方・考え方・捉え方であったり主人公の姿勢というのは是非、多くの人に見習ってもらいたいと思います。
何か明確な目的、敵対対象は存在せず主人公の日常の延長に起こった不思議な出来事というような感じで、それはジ〇リシリーズや新〇誠シリーズに似た何かを感じました。(笑)
ここから物語の内容に入っていきますが、この物語は冒頭から印象に残っています。
「ぼくはたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。
だから、将来はきっとえらい人間になるだろう。」
いいですよねこの自画自賛っぷりは笑 どこか僕と似てる気がします。
そしてこの「ぼく」こと物語の主人公であるアオヤマくん(※以後アオヤマくん) そんな彼を中心に彼のへんてこな日常が始まります。
アオヤマくんは毎日たくさんの本を読み、ノートを取り、研究を掛け持ちする超意識高い系小学4年生で、5歳の頃から怒らないと決意し決意が揺らぎそうになったらおっぱいの事を考えて平常心を保つという結構変わった子です。
※詳しくは原作もしくは映画で楽しんでもらいたいので、本編の内容をかなりまとめて個人的に印象に残った部分をかいつまんで書いていきます。
*ペンギンとの遭遇
ある日、自分の書いたノートを見ながら通学路を歩いていると道路を挟んで向かいの広場にペンギンが複数羽現れます。
他の子どもたちが不思議そうに眺める中、アオヤマくんはペンギンの存在を確かめるべくペンギン達のもとへ歩みを進めます。
あと1歩のところで大人の人たちに追い立てられ、学校に向かう。
これが後に話しの大部分を占めるペンギンの話し。
アオヤマくんの「ペンギン・ハイウェイ研究」のきっかけとなる。
そうして物語の歯車が少しずつ動いていきます。
*お姉さん
そしてこの話しの中でペンギンと同じくらい重要なのが「お姉さん」である
お姉さんはアオヤマくんの通う歯科医院の人で、アオヤマくんが親しく付き合ってる人物でもある。
アオヤマくんはお姉さんについても研究をしているがその内容は興味深く
「何故、お姉さんのおっぱいはお母さんのおっぱいと感じ方が異なるのか」
おっぱいという物質的には同じなのに何故感じ方に違いが生まれるのか?
「何故、お姉さんはこの顔になったのか」
ぼくはお姉さんの顔も好きだが、何故DNAがぼくの好みの顔を寸分違わず
作ることが出来たのか・・・
他にもお姉さんの研究はあるが大切なのはそこでよりもモノの考え方にある
一見ただの煩悩にも感じるが、これは非常に哲学的な考え方であり
恐らく現代の大人でさえもこの考え方を持つものは少ないだろう。
素朴な疑問を持つものはいるだろうが、アオヤマくんのようにその疑問のメモをとり、ノートにまとめて自分なりに研究する人間はそう多くはないだろう。
少し話が逸れたので元の戻します。
お姉さんは不思議で、2~3日眠らなかったり、食事をとらなかったりするらしい。
そんな不思議なお姉さんがある日アオヤマくんのぐらつく乳歯に糸を括り付けて抜こうとしていたが、アオヤマくんの体が勝手にお姉さんに合わせて動いてしまうらしく中々乳歯が抜けない。
そこでお姉さんは近くの自販機で缶コーラを買いアオヤマくんに言った。
「少年、この缶をよーく見ていたまえよ?」
そういって缶コーラを空高く投げた。
アオヤマくんは「こんな工夫で歯が抜けるわけないのである」と思いつつ缶コーラを目で追っていると不思議な事が起きる。
お姉さんの投げた缶コーラがぐるぐると回転数をあげ、色を変え、形を変えながら落ちていった。
地面に落下する頃には、短い羽根をパタパタさせながらよちよちと歩く
ペンギンになっていた。
アオヤマくんは口の中で広がる血の匂いで自分の歯が抜けたことに気づく。
すると後から2本目のコーラを飲みながらアオヤマくんに水を差しだしこう言った。
「君にこの謎が解けるか? 少年」
こうしてアオヤマくんの「ペンギン・ハイウェイ研究」が加速していく。
*不思議なペンギン
アオヤマくんはペンギン・ハイウェイ研究をするにあたってまずペンギンについて調べた。 すると益々ペンギンが不思議な生き物であることが分かった。
まず、このペンギンは動物園から逃げ出したり誰かが飼育を放棄したわけだはなく、お姉さんが投げた缶コーラが変化して生まれた。
このペンギンは南極じゃなにも関わらず生息が可能、車にはねられても平気なほど頑丈で食事は摂らない。
このペンギンは突如として消えることがある。
後でまた書くが、謎の球体「海」を破壊できる。
これらの情報を踏まえアオヤマくんは仮説を立てていく。
まず、活動をするためにはエネルギーが必要だ。だから何も食べないのはおかしい。 しかし、ペンギンはお姉さんが生み出すわけだから食事を摂らなくてもいいのかもしれない。
アオヤマくんはペンギンが活動するために必要とするエネルギーを
「ペンギン・エネルギー」と名付け研究を進める。
<ペンギン・エネルギーはお姉さんの体力とイコールなのか?>
<もしくはもっと他にエネルギーの源があるのか?>
等々、とても小学4年生とは思えないほどの仮説力で研究を進める。
少し余談ですが、きっと役に立つと思うので書きますが、アオヤマくんの
研究はいつでも順調というわけではない。当然行き詰まる。
そんな時アオヤマくんはお父さんに教えてもらった法則で問題を解決する。
それは・・・
「問題を分けて小さくする。
問題を見る角度を変えてみる。
似た問題を探してみる」
です。
これは、物語の中でも重要な考え方として扱われますが現実に持って帰ってきたとしても十分過ぎる程大切な考え方だと思います。
人間生きていれば悩みや問題というのは大なり小なり付きまとってきます。
そんな時にこの考え方を思い出して、もう一度冷静に考えたら問題が解決できるかもしれません。
原作では他にも為になる考え方は多く、アオヤマくん自身の姿勢も参考になるものが多いと思います。
*謎の球体「海」
ある時、アオヤマくんはハマモトさんというクラスの女の子に相談され、
森の奥で不思議な球体を発見します。
それは、直径が5mはありそうなほど大きく、地上からは30cmくらい浮いて静止している。
その球体は日によって大きくなったり小さくなったりします。
時には棘を生えさせたように変形したりプロミネンスを起こしたりもする。
↓
<大砲みたいに小さな球体が飛び出す>
※原作より抜粋
質感が水にそっくりであることもありハマモトさんはその球体を「海」と呼んでいます。※以後海
アオヤマくんは<海>についての研究を進めていく。 その過程でアオヤマくんは数多くの仮説と実験を繰り返していく。
発見・気付きがあればメモを取り、疑問は仮説検証を繰り返しながら確認をとる。そして、その結果からメモを取る。そしてまた、検証・実験をする。
アオヤマくんは繰り返し検証を重ね、様々な発見をするがその中でも大切な発見として、<海>・<ペンギン>・<お姉さん>は何らかの関係性があるという答えにたどり着く。
それは、<海>が大きくなる時(※以後拡大期)<お姉さん>は元気になり<ペンギン>を作る事が出来る。
そして、<海>が小さくなる時(※以後縮小期)<お姉さん>は元気がなくなり<ペンギン>は作れず食欲なども無くなってしまう。
*<海>の存在に気付いた大人たち
ここまでで取り敢えず最低限くらいの説明は終わりました。
繰り返しになりますが、内容をこれでもかってくらいまとめているので是非小説か映画で見てもらいたいんです。ここでは出てきていないキャラクターやエピソードがまだまだあります。
アオヤマくんとハマモトさんが<海>の研究をしていると森で調査員のような大人たちに出会います。
大人たちは「この辺りで不思議なものを見なかったかい?」聞きます。
アオヤマくんたちはその大人が<海>を探していることに感づき、その場を後にしますが数日後、大人の調査隊が組織され森が立ち入り禁止になってしまいます。
アオヤマくんたちは自分たちの研究を大人に取られたくなかったので大人の調査隊にばれないよう何とか森の奥へ行きます。
*暴走を始める<海>
森の奥へ辿りつくと<海>が今までにないほど大きくなっています。
小説ではその拡大した<海>をみて「緑の丘に巨大なおっぱいが乗っているみたいだ」と表現しています。
アオヤマくんたちが<海>を観察していると、大人の調査隊に見つかり森から連れ帰られます。
森の入り口付近にある大人の調査隊たちのテントで話を聞かれているとテントの奥でハマモトさんのお父さんがいることに気が付きました。
ハマモトさんのお父さんは天気の研究を指定る学者さんです。
ハマモトさんのお父さんは自分の娘がいることに気が付くとずんずんと歩みを寄せて「危険だから二度とここへは来てはいけない」と厳しく注意をします。
それ以来、しばらく森には行かなかったアオヤマくんたちですがある日、
こんなニュースが報道されます。
「森の奥で調査隊5人が行方不明」
学校で元気のないハマモトさんに話を聞くと、先日のニュースにお父さんが含まれていることをアオヤマくんは知らされます。
*すべての謎が解けるとき
ハマモトさんのお父さんを助けるべくアオヤマくんは思考を巡らせます。
アオヤマくんはハマモトさんのお父さんが<海>に飲み込まれたと仮説をたて、お姉さんのもとへ向かいます。
お姉さんのもとへ辿りつくと、もう全て分かっているかのように落ち着いた声でお姉さんが言います。
「謎は解けたかい? 少年」
アオヤマくんは今までの仮説をまとめ、お姉さんに自分が出した答えを説明します。
この答えの部分が少しややこしいのでこの記事で分からなければ小説か映画で確認してもらえればと思いますが・・・
ざっとまとめると、
<海>とは本来この世界に存在しない「穴」のようなものである。
そして、ペンギンたちは<海>を壊すのではなく「穴」をふさいでいる。
お姉さんは人間ではなく、ペンギンを作り「穴」をふさぐための存在。
<海>の拡大縮小に伴ったお姉さんの体調の変化は、解釈としては
<海拡大>→<穴をふさぐためお姉さんは元気になりペンギンをだす>
<海縮小>→<穴をふさがなくていいので存在が消えようとしている>
こんな感じで概ねあっていると思います。
そしてアオヤマくんとお姉さんは町中のありとあらゆる無機物をペンギンに変化させながら<海>へと向かっていきます。
とてつもない数のペンギン達と共にアオヤマくんとお姉さんは<海>のなかへ飛び込みます。
<海>のなかはとても不思議で幻想的です。
その風景を映画で楽しむのも良いですが、小説を通して想像するのもまた味わい深いと思います。
<海>のなかではハマモト先生と他の調査隊の人たちがいました。
*お姉さんとの別れ
<海>からハマモト先生等を助け出した後で、アオヤマくんとお姉さんは
<海辺のカフェ>という普段から行きつけのカフェに行きます。
そして、二人きりでコーヒーを飲み穏やかに会話をしながらゆっくりとしたひと時を過ごし素敵な約束をした後、お姉さんは
「そろそろサヨナラだね」
と言って海辺のカフェの扉を開きます。
そして、沢山のペンギンたちと風と共に姿を消してしまいます。
アオヤマくんを含め、町の人々が皆<優しい夢を見ていた>
ような感覚のなか時間は流れ物語は終わります。
*やっと僕の話が出来る!!
随分と長いお話も何とかまとめ終わりようやく僕のお話が出来ます(笑)
ここからは、主に感想を書きながら印象に残ったシーンやセリフをかいつまんでいけたらと思います。
*感想まとめ
映画では描かれていないですが、個人的に気づきがあったシーンなので書いておきます。
アオヤマくんが新しいノートを買った時の気持ちを文章で書かれた場所があるんですが、そこにはこんな事が書かれています。
「ぼくは、ぼくの字でぼくの研究成果が積み重なっていくのはわくわくする。ぼくは今すぐにでも何かを書きたい気持ちになった。」
この一文を見て思い出したことがあります。
それは人間の習慣に関する事なんですが、習慣化が出来ない人間の特徴として「楽しい事よりも正しい事をやる」と書いてあります。
ざっと説明すると人間の脳は快楽が好きだ。
そして楽しい事をやると人は快楽を感じる。
人間は無意識に快楽を求め、欲望に抗うことはできない。
だから、習慣化したいならば「正しい事ではなく、楽しい事をしろ」と言った具合です。 僕はメモの魔力という本を読んでからメモの重要性に気が付き、習慣化を試みるも挫折しました。
そして、「正しい事より楽しい事」と言う言葉を知った後アオヤマくんの
セリフを聞いて思いました。
「楽しいってこういうこと事か・・・」
と。
アオヤマくんは新しいノートを買うとすぐにでも
<何か書き込みたくなる程わくわく>します。
でも僕は新しいノートを買ってもそんな気持ちにはなれません。
むしろ真っ白なノートは「こんなに書くのか・・・」と憂鬱にすらなります
これは正しく「楽しいor正しい」の状態です。
自分でもこうして客観的に文字に起こしてみてみると続かないことがわかります(笑)
同じ<ノートを取る>という習慣でもスタートラインに絶大な違いがありました。
よく努力の方向性とか言いますが、こういうことを言いたかったんだと僕は思います。
数多くのビジネス本や自己啓発本を読んでもパッとしなかった問題が、アオヤマくんの姿勢を通して気が付くことが出来ました。
この記事ではあまり取り上げていないアオヤマくんのお父さんの教えは他にもあり、原作の小説版には祖母の片づけの教えもありました。
原作だと様々な表現が言葉でされるわけですがいくつか気に入った表現を紹介したいと思います。
「墨汁をまぜたソフトクリームのような入道雲」
「夜の底に光がたまっているみたい」
「ビー玉がカーペットの上をころがるみたいに静かに」
「夜の底に光がたまっているみたい」
この表現が個人的に好きすぎてたまりません。
これは夏祭りのシーンで書かれているんですが、
町中が真っ暗な夜に祭り会場だけが提灯のあかりで明るくなっていることを俯瞰した視点で見ています。
そのうえ提灯の温かみのある灯りだからこそ「たまっている」と言う表現が的確にその場の風景を想像させてくれます。
小説、特にファンタジー要素の入っているものはこういったオシャレな表現が多く使われているイメージはありますが、この表現は一人で興奮するほど響いたし、心動かす表現だなぁ…と思います。
味わい深いという言葉がよく似合う素敵な言葉だと思いました。
僕はペンギン・ハイウェイをアニメ映画で約2時間かけてみましたが、そのあとから原作の小説を約5時間かけて読みました。
小説の平均読了時間が分かりませんが、映画は半分以下の時間にまとめられている事もあって小説版にしかない描写や表現に心躍らせながら読むことが出来ました。
ブログを書きながら何度か書いてるとは思いますが、このブログでは内容を削りに削っているために登場人物があまりにも少ないです、細かく出していると僕が一生かけても書き終わらないと思ったので・・・
是非、原作なりアニメ映画をみて楽しむきっかけになればと思います。
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