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7-01 「鳴らない音」

連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。前回はC Tanaka「ゴースト」でした。

【杣道に関して】https://note.com/somamichi_center

【前回までの杣道】


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世界最初の映画と言われているリュミエール兄弟の「工場の出口」は今見ても面白い。工場の出口が開くとともに人の波が現れ、画面の左右に消えていく。中には自転車に乗る者もいれば、終いにはどこからともなく犬が現れてわずか1分にも満たない時間で映画は終わる。人々がどこへ向かったのかはわからない。わからないからこそ、こちらの想像力が画面の外側へ向かい始める。映画は空間と時間を切り取る。空間と時間が切り取られるからこそ、その外側へと想像力を喚起させられる。見えない部分への渇望のようなものが映画の産声とともに生まれたのだろうか。



音楽は時間を切り取る。切り取られた時間の中で、聞こえない音へ意識が向かう瞬間がある。例えばゴーストノート、定義の仕方は人によるが楽譜で表現されない音・音程にならない音などと言われることが多い、より強いグルーヴを生み出すために使われるこの表現方法はその名が示す通り霊的な存在として曲をその曲たらしめる。ここでは耳を済ませば聞こえるゴーストノートとは異なる、何か無音や音の隙間のようなものについて考えてみたい。 

最初に鳴らない音を意識するきっかけとなったのが、高校生の時に子供の頃からお世話になっている楽器店の店員の方から誕生日プレゼントとして渡されたブルースギタリストOtis RushのAll your Love I Missing Love : Live At The Wise Fools Pub ChicagoというライブアルバムをCD-Rに焼いたものに同封されていたメモに書かれていた「出ていない音に注目すべし」という言葉だった。中学生の時にギターを弾き始めて以来出ている音ばかり夢中で追いかけてきた自分にとって、出ていない音・無音・音の隙間といったことに意識を向けることそのものに強い衝撃を受けた。メモを読んで慌ててこれまで聞いてきたCDたちを片っ端から引っ張り出し、あらためてこの意識のもとで慎重に聞き直してみるとそれまで受けていた印象とは全く違ったものに聞こえた曲が多くあったことを昨日のことのように覚えている。まさに自分にとってのコペルニクス的転回だった。​




音楽を聴いている時、これまで習得した楽器の中でギターが単に一番長い時間触ってきたことが一因かもしれないが、ギターソロは無音や音の隙間に対しての感覚やセンスが如実に表れる時間に感じることがある。テキサス出身のバンド、Cigarettes After Sexのギターソロは倍音成分にだけ残響効果を与える「シマーリバーブ」が強くかかったギターサウンドの音色そのものが独自の音楽的な世界観を築くのに一役買っているだけでなく、その残響部分を生かして音数が極限まで削られている。まさに無音との戯れと言えるだろう。



音を成り立たせる成分として立ち上がりのアタック(Attack)、持続音までの減衰時間のディケイ(Decay)、持続音のサステイン(Sustain)、減衰時間(鳴り終わるまでの時間)のリリース(Release)の頭文字をとってADSRと表記されることがある。楽器によって異なるが奏法次第ではこうしたADSR成分をコントロー ルすることができる。これらのコントロールのもとに成り立つ狭間の音、無音部分、鳴らない音がどのように聞こえるかにこそミュージシャンの真髄が宿っているように思えて仕方がないことがある。

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次週は10/10(日)更新予定。お楽しみに!

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