北の景色に魅せられて思わず
俺は選択の岐路に立たされていた。
18歳夏の暮れ、高校三年生の確かお盆明け、八月二十日くらいだっただろうか。
気まぐれにオープンキャンパスに行ったものの、進路の話を微塵もしない息子を不安に思ったのか、もしくは何かの気まぐれか、珍しく両親が二つの大学のパンフレットを差し出してきた。
「お前はちょっとおかしな人間だから、大学もおかしいところに行くべきだと思う。交通費は出してやるから素泊まりでどっちか見てこいよ」
そういう父の真剣な眼差しと言葉にギョッとするものの、おかしな人間と形容される息子を持つ親の気持ちと、生みの親から言われた俺の気持ちは果たしてどうするのが正解か悩んでいた。
とは言えここで「誰がおかしな人間じゃ!」と揉めるのもなんだか違う空気感だったし、とりあえずそのパンフレット二つを見てみてから判断しようと思った。
片方は京都の美大、もう片方は東北の美大だった。
美大っててっきり、自分で目指すものだと思っていたから考えたこともなかったし、おかしな人間は確かにたくさんいそう。しかもパンフレットを読むと確かにおかしな大学っぽかった。
そうして俺は、京都は修学旅行で行ったことあると言うだけの理由で東北の美大を見に行くことにした。
新幹線代出してくれるなんてラッキー!とか言って勢いでグリーン車にしたかったけど自由席(往復)を勝手に確保された。チャレンジ失敗。
と言った塩梅でまんまと俺は恐らくクラス最遅で進学を意識し始め、新幹線に乗って未開の地へ向かったのだった。
夏めく木々をビュンビュンと追い越す新幹線に二時間ほど乗っているとあっという間に駅に着いた。
そしてそこからバスで二十分、と行くはずだったが初見の駅が苦手すぎるあまり、対して大きい複雑な駅でも無いくせに迷ってバスに乗れなかったから歩いて行くことにした。
徒歩一時間。
予定していた学食を食べる催しには間に合わないなあと思いながら、本当に人生において縁もゆかりもない土地を一時間、黙々と歩くのだった。
途中コンビニに寄ってアイスを食べて休憩したり、ささやかに夏を満喫したりしながらなんとか目的地に辿り着いた。
大学は随分面白そうな変な場所で、前回行ったオープンキャンパスよりずっと楽しそうな気がした。
なによりのどかな雰囲気のそこは、ちょっとシティーボーイの俺にはとてつもなく魅力に感じた。
カリキュラムの話や、入ろうかなと思っていた学科の話は大して覚えていなかったけれど、広大な自然と豊かな雰囲気はどうしても脳裏に焼き付いて離れなかった。
聞くところによるとAO入試の出願の締め切りが間も無くということで、じゃあなんか運命めいたものを感じるし受けてみようかなとあっさりと大学進学を決めた(受かるかはさておき)
志望動機は自然が豊かで空気が美味しくて一人暮らしの生活をするのにそんなに困らなさそうだなあと思ったから。大学で何を学ぶかなんていうのは後から考えればいいんだ、と我ながらちょっと意味不明な理論を展開していた。
決断をすると早い特徴を持つ俺は、とりあえず帰りの新幹線で出願に必要な書類の下書きと、提出の必要がある小論文を書き始めた。
2時間半程度の行程があれば千文字程度の小論文なんてあまりにも簡単過ぎた。
そして家に帰ると、特に連絡もなく大学進学を決めて書類をできる限り仕上げていた息子を見て、両親はしてやったり、とやっぱりおかしな人間だ、と言う気持ちが入り混じった表情をしていた。
こうして案の定、と言うか勢いで人生を決めがちな俺は夏休み明け、出願のあれそれを担任と行い、後日また大学に出向き、あっさりと受かることになる。
そして俺は色々と、精算しなければならない事に向き合わなければならない。
難易度最低のAO入試を終えて受かれる俺はこの時、多分あんまりそう言うことは考えていなかったんだと思う。
「北の景色に魅せられて思わず」
ぬくもり