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クリスマスの、よるに

ちょっと恥ずかしいんだけど、3日経ってようやく余韻から抜けたようなところがある。
そのくらい、鮮烈な時間だった。

開演前。みぞおちが痛くて、変なツバが出てくる。
何故かわたしが緊張していた。

この日をずっと、強く、心待ちにしていたせいだった。わくわくとドキドキによからぬスパイスが混じって悪さをしていたのである。
居ても立っても居られず遠方の妹にヘルプメッセージを送ると「ツバを味わって飲め」と言われた。やってみたら一瞬楽になった気がした。楽にはならなかった。

そうこうしていると客席からよいしょと(だって、ほんとうによいしょって感じだったの)一人の男性がステージに上った。オープニングアクトのワカマツさんだった。

あの時がはじまった。

3回目のライブだったけど、なかなかどうして、初回、2回目のよりもゆっくりだった。(きっとこれも楽しみにしすぎた緊張のせいだろう)
ようやく、耳たぶの後ろ、外耳と首の接続部から少しずつ入ってきて、固く冷たく強張ったガワに亀裂が走る。

パリパリと、またはパキパキと。つ、つ、つ。

また音が響き、じわじわとそれが開かれてくる。
首筋へ、首と肩の付け根、身体の稜線を走りながら肩の先の方へ。

とても心地よくて、どんどん壊して、破ってほしいのに、気づいたらそれは身体から引いてしまっていて、目を開ければクリアな視界に、勝手に焦れったい。

でも、心配することなかれ。
わたしはとっくに、大げさかもしれないけど一音目から、しっかり浸かっている。その上での、話。焦れったかろうが、なんだろうが、音楽との共振の中にいる。温いプールに放置されているようで、それもまた悦楽であった。

一曲目の櫂、からすべてすごかった。
正直に言うと、この曲のあのアレンジがとか、あの曲が一番きたとか、言ってみようとすれば言える気がするけれど、できない。
それは音楽の知識がさほど無い故の引け目だけではなく、言葉にするとそこに標しができて戻ってくるのは容易になるが、同時に、標しの裏に隠れて、気づいたら失くなってしまうものの存在が切なくて、できないのだ。

ただ、それなのに、
はっきりと言いたいのは、一番最後のMCとその後の芍薬。

全部持っていかれた。

全部吹き飛んだ。
右目から、涙がでた。

首から肩へのゆっくりとした侵入も途端に様相を変え、ダダダダ・こまかく、ドドドド・大きくはっきりとなって、ものすごいスピードで全身の皮膚の下を駆け巡る。掘り起こされる筋肉贅肉、うるさく喚く血脈、熱くなる身体。彼の前のマイクスタンドだけが冷静で。すべての音は波であることがよくわかる。


木屋町の古いビルの3階、天井は高いけれど流石に広いとは言えないその空間はたくさんの人でひしめき合っていて、わたしもその一人を構成していたのに、
わたしは独りで、ただ独りで、弾けた。

こんなに身体全部ひっくり返されるような音楽。
全部最高だった。


2022/12/25(日)
折坂悠太(重奏)、OA:ワカマツヨウジン @京都 UrBANGUILD

この度は読んでくださって、ありがとうございます。 わたしの言葉がどこかにいるあなたへと届いていること、嬉しく思います。