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花の声を聞く 【小説・2】

(この作品には、PG-12程度の表現が含まれております)


いさらという少女はとにかくやかましい奴だった。

給食のおかずを横取りしたとか、ドッジボールでわざと狙ったとか、子供ならではの些細な理由で取っ組み合いのケンカになり、二人して先生や秀(ひいず)の母に叱られることは日常茶飯事であった。
友達も多く、学校に行くのが大好きで、三十九度の熱があってもふらふらと起き上がりランドセルを背負おうとして母親に必死で諭されたという話も聞いた。要するに、小学生の元気な女の子だったのである。

そんないさらの両親が離婚した。

詳しい事情は分からないが父親が借金を抱えており、一戸建ての家と土地を担保に取られたらしい。いさらの母親は智也子と言う名で、彼女は離婚後、同じ学区内にある賃貸アパートへいさらと共に引っ越した。

専業主婦だった智也子は掛け持ちでパート勤めを始め、朝から晩まで帰らない日が毎日のように続いた。

母を待ついさらを不憫に思った秀の母マサエがいさらを家に呼んで一緒に夜の食卓を囲むこともあり、その時のいさらは本当に楽しそうに出された手料理を食べていた。

ただ一度だけ食事の最中に泣き出したことがある。
マサエも、秀の父も戸惑った。
マサエがいさらの肩をそっと抱き寄せ理由を尋ねると、いさらは一言、
「お父さんに会いたい……」
ぽつりと言った。
いさらの父はどこか他の町に行ったのだという。

四年生になるといさらの様子がだんだん変わり始めた。

着ている服は常にうっすらと汚れ、給食や秀の家での食事をガツガツと貪り、目に見えて痩せ細ってきたのである。風呂にもほとんど入っていないようだった。
担任の男性教師が異変に気付いて智也子の勤務先にまで連絡をとったものの、他人の家庭に干渉するのかとまくし立てられて取りつく島もなく、結局幼なじみの秀の母親であるマサエに相談が来た。

その日秀が帰宅したとき、マサエは智也子に電話をかけていた。

リビングに差す西日がまぶしかったのを未だに覚えている。電話口の向こうで智也子が怒鳴っているようで、それに応えるマサエの声も緊迫していた。

「いさらちゃんの世話をしてないんじゃないかって、日下部先生からも連絡合ったでしょう?今どこに」
「仕事ですよ!」
「っ……」
「どこへ行ってもすぐクビになって、家賃も光熱費も払えない――あなたみたいな恵まれた人になにがわかるの?」

通話が途切れ、マサエは深く息を吐いた。

「……秀、いさらちゃんの家に行こう」

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