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花の声を聞く 【小説・5】
(この作品には、PG-12程度の表現が含まれております)
目的地はもう目の前に会った。
宝照寺。いさらが眠る寺だ。
ブロック塀で囲まれた境内はさして広くもなく、ただ所々で樹木が鬱蒼とその枝を張り巡らしている。
勝手知ったる秀(ひいず)は寺務所で線香を買い、水道の横に置かれた桶に花束と水を入れ、本堂の裏へと回った。薄暗い木々の下に墓石がひしめくように並んでおり、いさらの墓は墓地の入口から三番目にあった。
秀は枯れ果てた花と交換に新しい花を活け、線香に火を点した。一周忌に来た時は供花らしく菊の花を供えたが、いさらには似合わない気がして、以降はその時に気が向いた花を適当に合わせて買うことにしている。今年はカスミ草と姫ヒマワリにした。
灰色の墓標に煙が揺らめいて、鮮やかな黄色が映える。
太陽が傾き始め、かりそめの小春日を追い出そうとする。
秀は墓誌に刻まれたいさらの名前と戒名を見遣り、十年間だけ生きた命にそっと手を合わせた。
事件から一ヶ月を経て、校内はようやく落ち着きを取り戻していった。
しかし秀のクラスだけはやはり、各々の心の片隅に晴れぬものを抱えているのもまた事実で、いさらが使っていた机にはいつしか花や手紙や折り鶴が手向けられるようになった。
そして、噂が校内に流れ始めたのもこの頃からである。
曰く。
「鈴舟いさらが世に未練を残し校内を彷徨っている」
目撃例があった。
肩までの髪を左右に結んだ女の子が四年生の教室の窓から体育の授業を眺めていたとか、誰もいない放課後の廊下で少女の泣き声がした、とか。
秀からしてみれば鬱陶しいことこの上ない現象だった。
表向きはいさらは事故死したことになっているから、彼女と関係のなかった大半の児童にとって、その衝撃は秀が受けた半分にだって満たない。学級新聞の取材等と言ってやって来た無神経な連中と口論になり、打ち負かして退散させることも度々あった。
目撃されたという幽霊少女の背格好は確かにいさらと似ているようだが、その程度の噂なら作り話の可能性は高いと思う。秀は昔から幽霊なんか信じていなかったし、なによりもう、いさらに関する記憶には触れたくなかった。
秀やマサエの努力も虚しく、またそれ以上に辛い悲しい思いをして報われなかったいさらが、死して尚この学校の中で生かされているようで遣り切れなくなるのだ。
秀のクラスでは一ヶ月以上に亘りまるで禁忌のように、いさらの話が語られることはなかった。
ところが。
国語の授業中での出来事だった。
日下部が挙手した児童を指名して、物語の段落ごとに一人ずつ音読させていた。そうして最後の一人が読み終えた時、女の子の泣き声が聞こえ始めたのである。
教室内がざわめき出し、授業は中断された。
声の主は澪だった。
日下部が一生懸命宥めすかし、その理由を尋ねると、
「い…いさらちゃんが…」
澪は供物がたくさん置かれたいさらの机を指差してしゃくり上げ、
「手ェ上げてたの…先生には見えなかったんですか…?」
全員がいさらの机の方を見て、誰一人言葉を発する者はいなかった。
「いい加減にしろよ!」
秀は机を思い切り叩いて立ち上がり、
「どいつもこいつも…いる訳ないだろ?あいつはもう死んだんだ、ユーレーなんかいる訳ない!」
言い終わると同時に、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
休み時間になっても澪は泣き止まなかった。
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