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花の声を聞く 【小説・6】

(この作品には、PG-12程度の表現が含まれております)


その翌日から秀(ひいず)の周りで奇妙なことが起こり始めた。

ロッカーに入れておいた縦笛が移動教室から帰って来ると机の上に置いてあったり、最後列の席なのに授業中に背中を小突かれるような感覚があったり。
 

気のせいにしてはおかしなことが多過ぎる。

いさらの仕業なのだろうか。
澪は本当に、いさらを見たのだろうか…

澪に謝ろうと思った。友達を亡くして傷付いたのは彼女も同じなのだ。

「気にしないでいいよ。イライラしちゃうのは良く分かるから」
昼休みの昇降口で澪は言った。

11月、日当たりの良い昇降口は暖かだ。二人は校庭へ降りる低い階段に腰掛けた。

「あれ以来見てないけどね。いさらちゃんあの時すっごく寂しそうだったの。ほら、あの子、真っ先に手挙げる方だったでしょ?なのに最後まで気付いてもらえなくて…可哀想だよ」
澪がぎゅっと膝を抱えると、流れた髪の毛で顔が隠れた。

「ねえ建部くん」
そっと髪をかき上げて秀を見る。
「いさらちゃんはどうして——殺されなきゃいけなかったの?」

枯れ落ちた桜の葉が風に押されてかさりと動いた。澪は再び俯く。

「あんなにガリガリに痩せて、ご飯もろくに食べさせてもらえなくて。いさらちゃんは生きてちゃいけなかったの?」

膝で顔を隠した澪の声は微かに震えていたが、言葉が進むにつれて語調が強くなる。

「それに先生もなんで嘘つくの?事故って…私達が知ってて都合の悪いことでもあるの?お母さん達は皆知ってるのに。もう分かんない、何にも信じられないよ!」

通り過ぎる児童達が、こちらを見ては足早に去っていく。
秀はぽつりと言った。

「大人って勝手だよな」

小春日の下ではしゃぐ子供達の中に一瞬だけ、いさらを見かけたような気がした。



朱い西日が教室の窓から差し込んでいる。

下校時刻はとうに過ぎ、校舎内に人の気配はない。秀は一人その教室の中にいた。
いさらの机には供物に混じって給食のパンのかけらや飲み残しの牛乳も置かれており、異臭を放ちかけていたそれらをゴミ箱に捨てた。そうしてできたスペースに、秀はそっと持って来たものを置いた。

ふと思い出したのだ。
下校途中の何気ない会話と、通学路に咲いていた、真っ白なダチュラの花のことを。

2リットルのペットボトルに、家の庭で一輪だけ咲き残っていたダチュラを挿した。花の甘やかな芳香が夕間暮の教室にふわりと広がった。

いさらは喜ぶだろうか。

…体がないならこの香りを嗅ぎ取ることはできないかもしれない。

秀はペットボトルを取り上げ机に背を向けた。

同時に、背後でがたりと音が響いた。

振り返り見ると、きちんと収まっていたいさらの席の椅子の位置が明らかにずれている。

「…いさら?」

返事はない。

秀はそのまま廊下にある流しへと向かった。ペットボトルの水をシンクに流し、やけくそのように振って水を切ると秀は早足で歩き出した。

教室は次第に遠ざかる。

ただ、意識だけがあの教室のなにかに捕われていた。

いさらがあそこに、いたとしたら。

いさらがあそこで、泣いていたら。
 

あいつをまた独りぼっちにするのか?
 

花も供えてやれない自分が、今さらあいつに何をしてやれるというのだ…
 

秀の足が、ぴたりと止まった。
 

背後に、人がいるのを感じた。
 

深く息を吸う。
 

ゆっくり静かに振り返るとそこには——薄暗い廊下で、ぼんやりと淡い光をまとい、痩せ細った少女がいた。
 
 

いさらだ。


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