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洗礼を浴びる~縫うこと・手を使うこと・心を整えること~

縫う仕事をしていると、何度となく見舞われる洗礼がございます。
どの仕事にもついてまわることですね。

「こんなの縫って何になるの?」
「食べられないじゃん。裁縫でなんか」
「売るんだ笑。こんなの買う人いるの?」
「100円で買える時代に、これ?」

何度も浴びました。私も。

ほんの数年前には、母親が作る物は
「バザーに出すもの」。
100円もつけたら十分、という考え方がはびこっていました。
ほんの数年前ですよ。

「新生児の肌着を妊婦さんとつくろう!」という事業では、
「え?お金とるの?」
から始まり、
「妊婦さんはこんなの作ってヒマがあったら
もっと楽しいことやるでしょ。
こんなの買ったほうが安いし、
いっぱい回ってくるし、必要なくない?」
とかね。

人形劇なんて、もっとひどい。

まあ、いろいろです。

私の友達が、裁縫を初めてほんの数週間。
今の職場でその洗礼を浴びたらしい。

そしてその話からいろいろな話になり、
いらだった彼女がやったこと。

「縫うこと」

でした。

うまくいかないこともあるものです。
いらいらすることなんてたくさん。
縫うことそのものでいらいらすることもあります。

でもそれを処理できるのは自分だけ。

「手を使う」という効能は、すごい。
整います。自分の内側が。

考えてみてね。

どちらが幸せだと思う?
人のやってることを馬鹿にして、物事をお金だけで計算して
そして「クリスマスキャロル」のスクルージになる人生と、
やりたいことを貫いていたら
仲間に恵まれて孤独にならない人生と。

巾着袋_n

この写真は、お母様の遺品となったお着物を
一周忌の時に親類の皆様に配る物に変えてほしい、
というご依頼で作った巾着袋です。
彼女と初めて作った作品であり、
着物のアップサイクル、そして「私が思う縫うこと」という根幹を
真剣に考えたきっかけでもあります。

さあ、今日も縫いますよ~!!!

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