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作り物みたいだから目を合わせられたということにしておく

 目がすごくきれいな人に出会ったことがある。素直だとか清らかな心を持っているという比喩ではなくて、純粋に、眼球の作りや色がきれいという意味だ。

 その人の目は普通よりも茶色い。琥珀色というか飴色というか、とにかくそれくらいの薄くて透き通った茶色で、日に当たると奥の方までよく透けて見える。太陽の光が苦手らしくていつも眩しそうにしていたけれど、私は日の光を通してその人の目を見るのが好きだった。

 中心には、ズンと沈んだように黒い瞳孔がある。優しい茶色とは対照的なので、はっきりと浮き上がっていた。瞳孔は日なたと日陰で大きさが変わるので、私はよくその人の前で手を左右に振って大きくしてみたり、小さくしてみたりして遊んだ。そして瞳孔から外側に向かっていくように、真っ黒いガラスの破片が散りばめられている。特にその人の左目には集中的に破片が集まっている箇所があって、何だかヒマワリみたいだな、なんて思っていた。

 私は人と目を合わせて話すのが苦手だ。というか、私の顔を見られるのが苦手だ。こちらに注目されるのがどうしても駄目で、自意識が過剰なのはわかっているのだけど、どうしても私の行動を観察されているような気がする。だから、見られているという事実から逃れるために、ついこちらから視線を逸らしてしまう。

 でも、その人の目は、何も気にせずにずっと見ていられたんだよな。目が合っている間、その人の存在は私の中からすっかり消えていて、ただ作り物みたいにきれいな目を眺めているだけだった。その人は、私に目をじっくりと見られている間、動かずにいた。もっとよく見たいと思って手で無理矢理に目をこじ開けたこともあったのに、そのままでいてくれた。まるで人形みたい。表情もすっかり抜け落ちていて、本当に、人形みたいだった。人形だから、私のまつ毛とその人のまつ毛が触れるくらい近づいても、全く動かなかったし、文句も言わなかった。

 私は会うたびにその人の目を観察していたのだけど、いつまで経っても飽きなかった。こんなにきれいな目をしている人に、本当に今まで出会ったことがなかったので。それである日、いつもみたいに目を見ながら「今まで目がきれいって、言われたことなかった?」と聞いてみた。そうしたら、息を吹き返したかのようにいろんな表情が浮かんできて、きれいな目がうろうろとさまよっていた。

 私は何となくわかってしまったけれど、「ふうん」とか「へえ」とか言ってそれ以上は聞かなかった。その人も何も言わなかった。


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