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虎に翼 第50話

穂高先生(小林薫)の善意100%の、しかし完全に的外れな言葉が、ついに寅子(伊藤沙莉)から「はて?」を引っ張り出した。

「私は好きでここに戻ってきた。戦争や挫折で色々と変わってはしまったけれど、でも。私は好きでここに来たんです。それが!私なんです!」

足音高く部屋から出て行き、力いっぱいドアを閉める。
漲る怒り。そう、悲しみと積み重なったダメージによって萎れた寅子を内側から膨らませるのは、身の内に満ちる怒りである。穂高先生は寅子復活の為に必要な、最後の一滴を注いだのだ。

この後の穂高先生の言葉に、少し胸が痛んだ。

「桂場くん。私は『また』何か問題を起こしたかね?」

ああ、穂高先生はずっと後悔してきたのだな……寅子に「なんじゃそりゃ」と言われ、雲野事務所で謝罪したあの日から。教え子を深く傷つけたのだと、なにかできることはないかと考え続けてきた。

しかし、寅子と再会して導き出した結論がこの「新しい就職先、家庭教師」だとすると、当時は穂高先生ほどの人物でも理解しきれなかったのだ。婦人の置かれた境遇と、それに立ち向かう女性たちの思いを。なんという深い断絶だろうか。男女お互いが理解に至るまでの道のりは、なんと遠いのだろう。

しかし、穂高先生は「理想論だけではだめだということを学んだ」と言った。学び、試行錯誤を続け歩む人だ。直言(岡部たかし)と同じく、ものすごくガッカリもさせてくれるが、それだけではない。反論を受けて寅子を怒鳴りつけ捻じ伏せるような人でもない。

そう、直言と穂高先生は、深く考えてくれているのに、大きく落胆させてくるという共通点がある。そしてそれぞれ寅子の実の父と法曹界の父だ。その彼にガツンと反論した50話は寅子の「親父超え」回だった。

本作は朝ドラ『カーネーション』との共通点を多々感じるが(ナレーションが尾野真千子というのは勿論)小林薫をヒロインが超えてゆくというのも、その一つではあるまいか。

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怒りにカッカしている寅子に再び語り掛ける、かつての優三さん(仲野太賀)……の思い出。昔、一緒にスーハ―スーハ―したように。落ち着いて、深呼吸して……そして寅子が暗唱する憲法。

憲法11条「国民はすべての基本的人権を妨げられない」
憲法12条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなけれなならない」
第13条「すべて国民は、個人として尊重される」
第14条「すべて国民は法の下に平等であって、人種・信条・性別・社会的身分又は門地により、政治的・経済的・又は社会的関係において差別されない」

心の中の優三さんと同じように、憲法は常に隣に在ってくれる。

自分の右隣に目をやり、くしゃっと嬉しそうに笑う寅子と、立ち上がって歩いてゆく彼女を見送る優三さんと。とても美しい場面だった。

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民法改正審議会で立ち上がった寅子の意見、「うん。うん」と優しく相槌を打っていた神保教授(木場勝己)が、彼女のきっぱりとした言葉に驚く。

寅子「個人としての尊厳を失うことで守られても……あけすけに申せば、大きなお世話であると」

これを受けて「うん、そう……うん?」のノリツッコミに笑ってしまう。そして君は何もわかっちゃいないと否定した後の台詞、

「みんな自分のことばかり主張しだしたら、家族なんてすぐに散り散りになっちまうよ」

ここに非常に微妙な匙加減だが、神保教授の個人的な感情が混じっているようで、おやっとなった。家族それぞれが個人として自立することへの、悲しみと怯えの気配がある。

「神保先生の息子さんが結婚して、妻の姓を名乗ったら、息子さんの先生への愛情はなくなるのですか。私は、娘が結婚して夫の苗字を名乗ろうと佐田の苗字を名乗ろうと、愛情が変わるとは思えません」

これに、神保先生は答えなかった。
寅子の語る理想は美しく、私も支持する。ただ、世の中には猪爪家のような深い愛情で結ばれた家庭ばかりではないゆえに、この意見を受け入れ難い人もいるだろうなと神保先生を見て思った。

家族を縛らねば安心できない人も社会にはいるのだと頭に入れておかねば、議論が難しい局面が現実ではあるだろう。寅子は理想的すぎるなとも思う……しかし、社会の基礎となる法律を作るに当たって、理想を追求せねばいつするのだ。

自分のことばかり主張するのではない、お互いの存在を尊重するのだ。
よりよく生きてゆくことに、不断の努力を続けていく。
そう指し示すのが、日本国憲法である。

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できるだけ多くの人が読み受け入れられるようにと、平仮名で書かれた新しい民法を読む、猪爪家のみんな……そこに「ヘクチッ」とくしゃみする優未(斎藤羽結)。ウフフ、と笑って芝居を続けてくれた演者の皆さん、これをNGにしなかった制作の皆さん、ありがとうありがとう。可愛いくて、もう何回でも繰り返して見ちゃう。


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桂場(松山ケンイチ)に追い返されないよう、酒とツマミだけでなくジャムを持参するライアン(沢村一樹)、桂場の扱い方を熟知している。

「歪んだものはいつか必ず正される」

という桂場は、寅子と同じく理想を追求する人だよな…法の番人ゆえ、当然かもしれない。

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不安に感じていた、嫌な予感もしていた。
しかしショックだ。

花岡(岩田剛典)が死んだ。

この重いラストと次週予告のギャップに、心がついていかない!
何コレ!!!

(つづく)





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