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変身

田園都市線、池尻大橋駅から徒歩5分でそのサウナはある。

商店街を抜けて、地元の人々が行き来するその通りを少しお邪魔しますという感じで歩く。

ドラッグストアを過ぎ、コーヒーショップを過ぎるとそのサウナは見えてくる。

【文化浴泉】

階段を下り、札式の靴箱にサンダルを突っ込む。
比較的きれいな作りだ。

ここからサウナがはじまるのかとその時の私はいつになく高ぶった気持ちを抑えつつ、友人と共に受付を済ませた。

衣服を脱ぎ、お決まりの富士山が迎える銭内へと踏み込む。

地元の人らしき人々が多く、中には彫り物が入ったお兄さん達もいる。

いつもならここで、身体を洗い、そのまま湯船に浸かる。
少し休憩を挟んだ後に、また湯船に入り、シャワーを浴びて出る。

でも、今日は違う、私はサウナに入りに来たのだ。
もちろんサウナ料金なるものを払った。

さぁいざサウナへ、そこで私はふと気がつく。
サウナに入る前に身体の水分を拭き取るのではなかっただろうか?どこかで聞いた知識が眼前を横切る。

したり顔で水分を拭き取り、サウナ用マットを徐に手に取り、扉に手をかける。

どうしたことか。

このサウナには取手というものがない、仕方ないので指の力に任せて木枠を引っ張る。周りの怖い顔したお兄さんがこっちを見ているが、そんなことにはお構いなしだ。

何度目かでようやく開いたので、ようやくサウナに入る。

二段、計6名ほどが入れる小さな作りだ。
上の段が空いていたのでそこに腰掛ける。

待てよ。上の段の方が熱かったのではないだろうか。
でも仕方がない、そこしか空いてないのだ。

腰をかけた瞬間、熱波をもろに感じた私は全身に鳥肌が立った。

こんなことって普通に暮らしていればまぁ、ない。

そのまま1分時計がゆっくりとそして確実に時を刻むのを待つ。

銭内にはジャスらしき音楽がかかっていて、サウナの中にいてもその音が聞こえて来る。

コルトレーンらしきサックスも聞こえる。
遠くで誰かが椅子を置く音が聞こえる。カコーン。

瞑想というものをしたことがないのでよくわからないが、こんな感じなのかと思うほどに神経が澄んでいくのがわかる。

計6人のタオル一枚の男達がまんじりともせずにただひたすら時が過ぎるのを待っている。なんとも不思議な空間だ。誰かの汗が落ちる音が聞こえそうなぐらいに黙々と汗を流している。

針が12時に差し掛かると一人、また一人とサウナを後にし水風呂に向かうのが見える。

私と友人は6分を目安にサウナをやり過ごし、水風呂へと向かった。

ここで私が今までサウナを何故、避けていたかを説明しておこうと思う。

それはサウナ後に待ち受ける水風呂である。

あれが恐ろしくてしょうがなかったのだ。

だってそうだろう、死んでしまうに違いない。
いや笑いごとではないのだ。

サウナから出た私は、友人の尻を追いかけながら、恐る恐る水風呂へと近く。

友人は既に肩までしっかり浸かり、気持ちいいなどと言う。

そんなはずないではないか。

そんな私を見かねた友人が入れと顎で促す。

ここは致し方あるまい。
私も一応は男だ、ここで引くわけにもいくまい。
桶で慣らし程度に水をかぶると覚悟を決めて、水風呂へと踏み入れた、そしてそのまま肩へと浸かった。

死んでしまう。

本当にそう思ったのだ。

心臓が口から出そうだ。
だんだんと手先と足先の感覚が麻痺して来る。
膝はテーピングでぐるぐる巻きにされてたように固まり始める。
これが心の臓や脳まで到達した頃には間違いなく私は死ぬだろう。

だんだんと温まって来るからじっとしていろと友人が言う。

じっとも何もこちらは麻痺してきているのだ、動けるはずもないではないか。

いやいや笑いごとではないのだ。

死の気配を感じた私はなんとか水風呂から立ち上がり、さながら生まれたての子鹿のように足をプルプルさせながら水風呂を後にした。

それから暖かいシャワーを浴びながらも私の頭は遠くや近くを行ったり来たりしながらもなんとか動き続けていた。

まるでヤクをキめたかのような浮遊感だ。
(実際にはヤクをキめたことはない)

まるでシャオリーのような脱力感。
(シャオリーをご存知ない方は刃牙の海王編をご一読ください)

それからナノ風呂なるナノイオンが大量に含まれている温泉に浸かり、肌がすべすべになった私は再びサウナの地へと踏み出した。

ナノ風呂に浸かりながら、ずっとロッカーの鍵と付属して付いてきた変な棒切れのようなものを眺めていた。

そしてサウナを出入りする人々をみて気がついた。
この棒切れはサウナ用に扉を開けるための引っ掛け棒のようなものなのだ。

取手がない扉に引っ掛けて開けると言うわけだ。

なるほど、一般料金の人々がサウナに迷い込まないように工夫されている。

そりゃあ、私が力任せに扉を開けるのを見て、お兄さんたちが怖いお顔をしていたわけだ。

一般客のくせにサウナを利用する不届き者というわけだ。なるほど。

それからは一回めと同じだった。

6分間の瞑想を終え、私たちは水風呂に浸かり、私は子鹿へと変身し、浮遊感に襲われ、ナノ湯に浸かり、肌をすべすべにした。

三回目は流石に遠慮しといた。欲張りは行けない。

これが俗に言う整うということなのか。

わからない。

銭内を出て、久しぶりに衣服を纏い、茹で蛸のような顔をしながらレモンスカッシュを飲み、外の喫煙所に出ると日が沈み始めていた。

風が火照った身体に気持ちよい。



こうして私のはじめてのサウナは終了したのである。



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