No.13 杉本 裕氏〜CO2利活用モデル〜
神楽坂の東京理科大学から葛飾金町のキャンパスへ研究室移転の最中にも関わらず、快くインタビューに応じてくださったのは、CO2研究の杉本裕先生です。1965年荒川区に生まれ、幼少の頃からプラモデル好きで勉学にも集中できる、でも校庭を走るのが好きな活発な少年でした。一人っ子だったせいか、図工やモノづくりに時間を忘れても兄弟にも邪魔をされずに毎日を過ごし、勉強にも苦労なく都内の名門進学校から東京大学理科一類に進学されました。
集中すると時間を忘れ、趣味の多読読書で徹夜もしょっちゅうらしく、今も研究室を出るのは深夜終電近くという生活が30年以上も続いているそうです。
――科学に目覚めたのはいつごろからでしょうか
「もともとはプラモ作りが好事で、機械工学や航空機、ロケットが好きだったのですが、高2の頃から化学に関心を持ち始めました。東京大学で研究テーマを選ぶ際に、当時は不活性小分子(窒素、メタン、二酸化炭素)の活性化が話題でした。何かこれを極めれば世界初になれそうで、一番になれるのなら目指そうと意気込みました。競争はいつか抜かれますが、世界初はいつまでも記録や記憶に残りますよね。それがいい感じに思えたのです。」「ところが、大学3年生での研究テーマは、先輩に先んじられてしまったので、高分子合成というモノづくりだったわけです。本格的にCO2を手掛けたのは、この理科大に指導教授とともに来て、研究室のスタッフとなってからなのです。ですからCO2関連のテーマでは、学生の指導・手伝いはしていても、自分の手で一から実験をしたことがほとんどなくて、何となく悔しい・寂しい思いが今でも続いています。(苦笑)」
――研究について、今はどのように見えていますか
「解決と次の課題、問題が連続していて、迷宮のように感じています。CO2を固定してプラスティックを合成することを目指したのですが、それも海洋汚染につながるマイクロプラスティック問題になるなど、解決策が見えるようになると、新たな問題が再び登場するという、本当に終わりのない旅のような気がしますね。」「アイデアと着想、組み合わせの技術など、宇宙無限の中にきっと答えはあるはずです。若い後進に期待したいです。」
――学生指導の面ではどのような期待を持たれますか
「みんな優秀だけど、学習した固定観念や調査事例としての選択肢の中で答えを導こうとする傾向があるのが物足りないです。入試問題の問い方にも責任があるのでしょうが、ゼロか1か、という二択発想では新しい理論には届かないのではないか。今ある選択肢はどれも誤りで、どれもが正解かもしれない、答えは全く別の次元にあるのかもしれないという探究心を持って欲しいですね。」
――先生ご自身の探究心はどこから来ていますか
「趣味が乱読なんです。どんな種類の本も本当に手当たり次第に読みたくて仕方がないです。熱中すると朝まで読んでしまうので自重していますが、年間100冊以上は手掛けます。これは学生時代からもずっと続いていて、作者の知識をザッピングしながら気づくことが多いのです。だから、というわけではありませんが、今でも研究室にずっといるのが好きで気がつくと終電。毎晩帰宅するのは深夜で家人はもう呆れていますけどね(笑い)。」
――読書を溺愛するとはどのようなことですか
「どのような研究でも最後は「アウトプット」が必要です。その最たるものが論文なわけで、口頭での学位審査や学会発表で終わらせることの方が稀です。そのため近頃は本の内容そのものだけでなく、表現法や語彙をインプットするために読み続けています。研究に直結するなら短くコンパクトに書かれた米語(英語ではなく)ネイティブな研究者の論文を高校生がやるような英文解釈のようなやり方で繰り返し読み、表現などを仕入れます。」
「日本語で書く場合は、英語よりもニュアンスが複雑なので、言葉や漢字の使い分けに苦労しています。和文の「参考書」は宮城谷昌光さんの時代小説です。元々時代小説を読むことが多かったので、始めは高校生の頃に漢文で読んだ十八史略や史記(の代わり)を和文で読もうとして入りました。今では漢字研究の第一人者、白川静さんの著作にも通じるところがあって、言葉遣いの貴重な指南書です。いろいろな著作があり、ほとんど読みましたが、いずれも最初の一段落目が「美しい」です。
読書や研究が時間を忘れるほど大好き、という杉本先生は小学校お受験でも名門国立附属小学校を学科では合格したけれども、最終のクジ抽選で選ばれなかったエピソードをお持ちです。
「私は受験では合格だった」と勉強や受験をラクラクこなしてきた、生粋の東大研究者です。とはいえ近寄り難い天才肌でもなく、学生にとって優しい兄貴分のような接し方をされている様子が伺えました。
地球上にあふれる厄介者のCO2が、杉本先生のような探究心と休みない研究によって、きっと解決される日も近いのでしょう。移転した新たな研究室で、途方も無い発見が生まれることを期待したいものです。
略歴:
2013年〜 東京理科大学, 工学部工業化学科, 教授
2007年〜 東京理科大学, 工学部工業化学科, 准教授
2003年〜 東京理科大学, 工学部工業化学科, 講師
1994年〜 東京理科大学, 工学部工業化学科, 助手
1993年 東京大学 工学系研究科 合成化学 博士課程 修了
1988年 東京大学 工学部 合成化学 卒業
<取材日 2022/6/17>