英国平地競馬の祭典・ロイヤルアスコット開催のGⅠレース有力馬解説・展望

日本の春のGⅠ戦線もいよいよグランプリ・宝塚記念を残すのみとなったが、海外競馬のGⅠ戦線はこれから夏〜秋にかけて更なる盛り上がりを見せていく。

世界最大級の馬産地であり、調教国として世界をリードするアイルランドはアイリッシュダービー(GⅠ)の開催を間近に控え、競馬大国フランスではかつてエルコンドルパサーが制したサンクルー大賞(GⅠ)や伝統のパリ大賞(GⅠ)の時期を迎える。
ブラジルでは同国最高峰の権威を誇るブラジル大賞(GⅠ)が行われ、ペルーでは国を代表する競走の1つとされるジョッキークルブ・デル・ペルー(GⅠ)がスケジュールされている。

そして、近代競馬発祥国・英国においては、ロイヤルアスコット(Royal Ascot)開催が行われる。
ロイヤルミーティング(Royal Meeting)」とも呼ばれる本開催は、アスコット競馬場において毎年6月下旬に組まれている、英国競馬上半期の──否、欧州競馬上半期の集大成と言えるだろう。
主催はアスコット競馬場の所有者でもある英国王室。
5日間で8つのGⅠ競走が組まれ、国王陛下を始め英国王室のメンバーのご出席も賜っての開催は、世界の注目を集める。
今年は6月18日から6月22日にかけて開催される。

その注目度は競馬サークルの中に留まらない。
開催期間中、アスコット競馬場を訪れる者たちはドレスコードに則って着飾り、華やかな姿でその敷地に足を踏み入れる。
英国の社交界にとっても一大イベントであり、そのフォーマルファッションはファッション界の注目・羨望の的にもなる。

そんなロイヤルアスコット開催が間近に迫る中、本稿では全5日間の重賞スケジュールをご紹介し、行われるGⅠレースについて簡単な展望を行っていきたいと思う。
レース数も開催日数も多いため、1つのレースについて深掘りすることはできないが、暇つぶしにでもお読み頂ければ嬉しいところである。


ロイヤルアスコット開催でのチャールズ国王とカミラ王妃
(Royal Ascot公式サイトより)

アスコット競馬場 コース解説

さて、レースの解説に入る前にアスコット競馬場のコースをご紹介しておこう。

アスコット競馬場 コース図
(JRA-VAN Worldより)

なぁにこれぇ

ハイ、日本の競馬ファンにもお馴染みのおにぎりです。
しかし侮るなかれ、このおにぎりは313年もの歴史がある由緒正しき格式高いおにぎりであり、英国王室所有のおにぎりであり、そのコース形態は欧州の競馬場の中でも屈指の過酷さを誇るおにぎりだ。

矢印が書かれている通り、右回りの競馬場である。
ホームストレッチから右側に長く伸びる直線コースは「ニューマイルコース」と呼ばれ、引き込み線(と言うには長すぎるが)の端からゴールまでは1600mある。
おにぎりの右下からゴールまでの直線距離は約500mとなっている。

そして、高低差は約22m

と、これだけ書くと前回の「英ダービー&仏ダービー2024 有力馬解説・展望」をお読み下さった方は「なんだよエプソムダウンズ競馬場の半分じゃねーかガハハ」と思われるかもしれないが、実際問題アスコットはエプソムダウンズより過酷なコースと言われる。

何故かというと、エプソムダウンズの最終直線は基本的に下り坂であるのに対し、アスコットは後半ずっと上り坂だからだ。
アスコットのコースで一番標高が低い地点はちょうどおにぎりの一番上で、ここは「スウィンリーボトム」と呼ばれている。
おにぎりの左側は下り坂になっていて、芝1990mや芝2390mのスタートはこのスウィンリーボトムの左側のコースから。スタートから1コーナーまで、急坂を一気に駆け下りるわけだ。

そして角度の厳しいコーナーを曲がり、おにぎりの右側(「オールドマイルコース」と呼称される)に入ると、そこからはずーーーっと上り坂である。
最早「上り坂」ではなく「登り坂」と書くのが適当かもしれない。
ゴール前200m付近まで、ひたすら高低差22mの坂を登り続けることになる。

当然ながら、日本国内ではあり得ないコースだ。
それどころか欧州においてすら、これほど長く険しい登り坂がゴールまで延々続くコースと言うと、少なくとも浅学な筆者の頭では他に思い浮かばない。
加速しながらひたすら高低差22mの坂を登り続けなければゴールに到達できないのがアスコットのコースであり、日本の競馬ファンには想像し得ないほどタフなコースということは言うまでもない。

勿論、馬場が渋ったりすれば更にその過酷さは増す。
例えば、アスコットにおける芝2390mのGⅠの勝ちタイムは2分36秒台になったこともある。芝2390m、12ハロンのGⅠがだ。
良馬場なら2分24秒台の走破時計が出ているが、日本の東京競馬場で記録された芝12ハロンのワールドレコードが2分20秒であることを考えれば、同じ芝の12ハロン戦と言っても、その中身は全く異なることが分かる。

日本競馬と欧州競馬は別競技、と言われることもあるが、このアスコット競馬場はその極地と言えよう。

事実、アスコット競馬場に遠征した日本馬は少なくないが、好走したのは2000年にキングズスタンドS(GⅠ)2着のアグネスワールドと2006年にキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスダイヤモンドS(GⅠ)3着のハーツクライ、2018年チャンピオンS(GⅠ)3着のディアドラ──と、わずか3頭のみ。
それも「好走」止まり。世界各地で日本馬が活躍し、今や日本競馬が世界をリードする時代となったが、日本馬がアスコット競馬場で勝利したことは過去一度もない
その事実こそが、競技性があまりに違いすぎることを如実に示しているのではないだろうか。

なお、欧州の中でも特殊なコース形態だからか、アスコット競馬場は欧州馬の中でもコース適性の有無の差が割と出やすい印象がある。
当然登り坂でバテる馬は来ないので、そういった意味では実力勝負になりやすい競馬場なのだが、一方で欧州の馬にもアスコットだけはダメという馬や、反対にアスコットでだけパフォーマンスが上がる馬というのがたまにいるのだ。

そして、そうした人気薄のアスコット巧者がGⅠにおいても波乱を巻き起こすことがしばしばある。
事実、昨年もロイヤルアスコットのGⅠでは人気薄の馬が頭まで来て大波乱──という光景が複数回見られた
馬券を検討する時は、過去アスコットで好走している穴馬を探すと、一発デカいのを当てられるかもしれない。

──と、少し脇道に逸れたが、ここからが本題だ。
今年のロイヤルアスコット開催5日間について、1日ずつ見ていくとともに、GⅠレースの簡単な展望を行っていくとしよう。

1日目 6月18日(Tuesday June 18)

ロイヤルアスコット開催の開幕は6月18日・火曜日。
初日から3つのGⅠレースと1つのGⅡレースが施行され、開催は最高のスタートを切ることとなる。

《スケジュール》
14:30(日本時間22:30) クイーンアンステークス(GⅠ)
15:05(23:05) コヴェントリーステークス(GⅡ)
15:45(23:45) キングチャールズⅢ世ステークス(GⅠ)
16:25(24:25) セントジェームズパレスステークス(GⅠ)
17:05(25:05) アスコットステークス(ハンデ)
17:40(25:40) ウルファートンステークス(L)
18:15(26:15) コッパーホースハンデキャップ(ハンデ)

クイーンアンステークス(Queen Anne Stakes)

2012年優勝馬:フランケル(Frankel)
(My Racingより)

ロイヤルアスコット開催の開幕戦はクイーンアンステークス(GⅠ)。
アスコット競馬場のホームストレッチ右側からスタートする、芝1600mの直線コース(ニューマイルコース)を使って行われる古馬のマイル戦である。

名称の由来はアスコット競馬場の創設者・アン女王。
1711年、彼女がウィンザー城の周辺で乗馬を行っていた際、馬の競走に適した地形を発見し、この年の8月11日にその地で最初のレースが行われた。
それが今のアスコット競馬場だと言われている。

クイーンアンSの創設は1840年。
過去には21世紀の欧州最強馬フランケル(Frankel)11馬身差の超絶大圧勝を飾ったレースでもあり、本馬のベストパフォーマンスはクイーンアンSだとする意見も多い。

さて、今年のクイーンアンSは欧州の各地から有力馬が集結する予定であり、古馬マイル頂上決戦に相応しい一戦となることが期待される。
有力馬を見ていく前に、まずは今シーズンの英国古馬マイル戦線の情勢を確認することとしよう。

去る5月18日、ニューベリー競馬場にて伝統の古馬GⅠ、ロッキンジステークス(芝1600m直線)が行われた。

このロッキンジSは英国の平地競馬シーズン初の古馬GⅠなのだが、ここは早くも欧州古馬最強マイラー決定戦だと目されていた。
何故か。ロッキンジSでは、インスパイラル(Inspiral)ビッグロック(Big Rock)という現在の欧州古馬マイル戦線を牽引する2頭の再戦が実現したからである。

インスパイラル(Inspiral)
(Racing Post公式Xより)

インスパイラル(Inspiral)は、昨年の英国リーディングステーブルたるジョン&シェイディ・ゴスデン厩舎の管理馬だ。
チェヴァリーパークスタッドの自家生産馬で、父は先程も少しご紹介したフランケル(Frankel)。ここまでマイルGⅠを5勝している5歳牝馬だ。
昨年はフランス最高峰のマイルGⅠと言えるジャック・ル・マロワ賞(ドーヴィル芝1600m直線)の連覇を達成し、GⅠ・サンチャリオットS(ニューマーケット牝限芝1600m直線)を公開調教に変えた
その後、アメリカに遠征してのGⅠ・ブリーダーズカップフィリー&メアターフ(サンタアニタパーク芝2000m)では初の10ハロンへの距離延長をものともせず、ウォームハート(Warm Heart)を完封しての優勝を果たした。

というインスパイラルは、このロッキンジSが今期の初戦。
鞍上にはアメリカ西海岸に拠点を移したランフランコ・デットーリ騎手に替わり、今シーズンに入ってからJ&T.ゴスデン厩舎の有力馬を数多く任されているキーラン・シューマーク騎手を迎えた。

ビッグロック(Big Rock)
(Racing Post公式Xより)

ビッグロック(Big Rock)はフランスからの遠征馬で、ロックオブジブラルタル(Rock of Gibraltar)の産駒。
今年4歳となった本馬も、ロッキンジSがシーズンの初戦となった。
昨年は重賞2連勝の実績を持ってGⅠ・ジョッケクルブ賞(フランスダービー)(シャンティイ芝2100m)に出走し、エースインパクト(Ace Impact)に次ぐ2着。
その後はマイル路線に舵を切り、ジャック・ル・マロワ賞はインスパイラルの2着。
ジャック・ル・マロワ賞と並ぶフランス最高峰のマイルGⅠであるムーラン・ド・ロンシャン賞(パリロンシャン芝1600m)も2着と、3戦連続で涙を呑んだ。

GⅠに後一歩手が届かないというレースが続いたビッグロックは、次にGⅠ・クイーンエリザベスⅡ世ステークス(アスコット芝1600m直線)に出走。
雨が降りしきる中、主戦を務めるフランスの若き名手オレリアン・ルメートル騎手に導かれたビッグロックは、果敢にハナを切った。
最終直線に入ってもその脚は衰えることなく、後続を完封する6馬身差の逃げ切り勝ち
初のGⅠ制覇を飾ったビッグロックは、このパフォーマンスによりレーティング127を獲得。昨年のロンジンワールドベストレースホースランキングのM区分において、最も高いレーティング値を付与されることとなった。

インスパイラルとビッグロックの二強体制と見られ、その対決が注目を集めたロッキンジSだったが、その結末は驚くべきものとなった。

2頭の着順から言えば、インスパイラルは4着
ビッグロックは6着に敗戦した。

オーディエンス(Audience)
(Newbury Racecourse公式Xより)

ロッキンジSを優勝したのは、オッズ23倍の穴馬オーディエンス(Audience)
インスパイラルと同じくチェヴァリーパークスタッドの所有馬であり、J&T.ゴスデン厩舎の管理馬。
レース前は勿論のこと、レースの中盤までは単なるインスパイラルのラビット(ペースメーカー)と思われていた馬である。
GⅠはロッキンジSが初挑戦、実績は昨年のGⅢ・クリテリオンS(ニューマーケット芝1400m)勝ちのみで、GⅡでは2着が最高着順だったオーディエンス。
当然インスパイラルやビッグロックに比べれば実績としては見るべくもなく、ラビットと考えられていたのも納得である──というか、実際レース運びを見てもラビットであったと思う。
ロッキンジSで抜群のスタートを切ったオーディエンスは、迷わずハナに立った。ペースメーカー役の馬としては当然の選択であり、筆者もこの位置取りを見て「やっぱりラビットだよな」と思ったものだ。

……が、残り600mを切り、インスパイラルやビッグロックに乗る騎手の手が動き始めた一方、オーディエンスに騎乗していたロバート・ハヴリン騎手は持ったまま。
そして結果はまさかの逃げ切り、有力馬は馬群に沈む。
初GⅠ挑戦で特大のタイトルを手にしたオーディエンスは、単なる観客には留まらず、舞台に上がって主役の座を手にしたというわけだ。

──と、ここまで長々とロッキンジSの話をしてきて、そろそろ「何がクイーンアンS解説だよ、こんなんロッキンジS解説じゃねーか」と思われ始めている頃だろう。
どうしてこれほどの字数を割いてロッキンジSの話を詳しくしたかというと、このロッキンジSさえ押さえてしまえば、欧州古馬マイル戦線の現在の状況とクイーンアンSの情勢がほぼほぼ見えるからである。

欧州古馬マイル戦線は、ロッキンジSで二強が崩れたことにより混迷の時代に突入している。
そして、このロイヤルアスコット開催が終われば、マイル戦線は3歳馬と古馬の入り混じっての戦いとなる(これはマイル界に限った話ではない)。
3歳馬たちについてはセントジェームズパレスS(GⅠ)とコロネーションS(GⅠ)の解説で取り上げるが、今年のマイル戦線が3歳馬と古馬、どちらに偏るのかは楽しみなポイントだ。個人的にはやはり3歳馬、特に牡馬が強いのではないかと考えているのだが、さて。

クイーンアンSに話を戻そう。
間隔が1ヶ月ほど空いていることと同じ1マイルの直線レースであることから、クイーンアンSにはロッキンジSからの転戦馬も多い。
ロッキンジSの上位馬、および上位人気馬がそのままクイーンアンSにおいても多くの支持を集めている

前売り1番人気には元々インスパイラルが推されていたものの、彼女はクイーンアンSではなく、プリンスオブウェールズS(GⅠ)(後述)への出走が決定した。

チャーリン(Charyn)
(Racing Postより)

インスパイラルに代わり、前売り1番人気タイとなっているのはチャーリン(Charyn)
オッズは7/2(4.5倍)(6/14現在)。ダークエンジェル(Dark Angel)産駒の本馬は、ロッキンジSでも二強に次ぐ3番人気に支持され、2着に好走した。
ロッキンジSに出走する前はGⅡ・マイルS(サンダウンパーク芝1600m)を優勝。2022年10月のGⅡ・クリテリウム・ド・メゾンラフィット(シャンティイ芝1200m)以来の重賞制覇を成し遂げていた。
大きく崩れないことがこの馬の魅力で、待望のGⅠ制覇に向けて牙を研いできていることだろう。

ビッグロックはロッキンジSの惨敗を受けてオッズ11/2(6.5倍)(6/14現在)と人気を落としているが、クイーンアンSの舞台となるアスコットの芝1600mは昨年クイーンエリザベスⅡ世Sで6馬身差の圧勝を果たした舞台でもある。
ロッキンジSからの舞台の変更と叩き2戦目ということに加え、今回はA.ルメートル騎手に替わり、クリストフ・スミヨン騎手との新コンビを結成すると発表されている。
当日の馬場が渋れば、尚更この馬のチャンスは広がる。
こうした変化がプラスに働けば、昨年の圧勝劇の再現は十分あり得よう。

ファクトゥールシュヴァル(Facteur Cheval) (下)
マキシム・ギュイヨン騎手 (上)
(SPORTING LIFEより)

かくしてロッキンジS組が上位人気を形成する一方、チャーリンと並びオッズ7/2(4.5倍)(6/14現在)で前売り1番人気タイの支持を受けているのが、ファクトゥールシュヴァル(Facteur Cheval)だ。
フランスからの遠征馬であり、父はリブチェスター(Ribchester)。鞍上は我らがフランスが誇るアルティメットジーニアスエキサイティングパーフェクトファンタスティックジョッキーマキシム・ギュイヨン

ファクトゥールシュヴァルは4歳だった昨年からGⅠ戦線を戦っており、勝ちきれないまでも好走を続けてきた。
GⅠ・イスパーン賞(パリロンシャン芝1850m)3着、GⅠ・サセックスS(グッドウッド芝1600m)2着、ムーラン・ド・ロンシャン賞3着、クイーンエリザベスⅡ世S2着──と、GⅠ4連戦で惜しい競馬を続けていた本馬は、今シーズンの初戦をドバイで迎えた。

再びマキシム・ギュイヨンを鞍上に据えたGⅠ・ドバイターフ(メイダン芝1800m)。
馬群が内ラチ沿いに固まる中、最後の直線で外から強襲したファクトゥールシュヴァルは、ナミュールとの末脚比べを制して先頭でゴールに飛び込み、念願のGⅠ初制覇を成し遂げたのである。
そして、その背にはマキシム・ギュイヨンの姿があった。そう──フランスリーディングジョッキーマキシム・ギュイヨンの姿がね!

そのドバイ以来のレースとなるファクトゥールシュヴァルだが、管理するジェローム・レニエ調教師は「彼は本当に良い状態でドバイから帰ってきた」と語る。
そして、何と以下のように述べているのである!!!

Maxime is looking forward to riding him again and he’s very confident.
マキシムは再び彼に乗ることを楽しみにしており、とても自信を持っています」(直訳)

そう、とても自信を持っているんだよ!!!
フランスリーディングジョッキーのマキシム・ギュイヨンがね!!!!!

クイーンアンS、私の◎と♡はファクトゥールシュヴァルである。ファクトゥールシュヴァルしか勝たん。
まずマキシムに◎を打て。マキシムを信じろ。
マキシムの! マキシムの!! マキシムの馬券を買え〜!!!

一方、下位人気馬も決して侮ることはできない。
クイーンアンSは去年大荒れした

昨年のクイーンアンS覇者トリプルタイム(Triple Time)はオッズ34倍の伏兵で、シーズンの復帰初戦となるはずだったロッキンジSを出走取消してクイーンアンSに出走、インスパイラルを抑えてGⅠ初制覇を達成した。
この時のトリプルタイムは8ヶ月半ぶりの実戦、かつアスコットを走るのは初めてだった

上位人気が拮抗している混戦模様となっている今年、思わぬ穴馬の激走も起こり得るのではないだろうか。

キングチャールズⅢ世ステークス(King Charles Ⅲ Stakes)

2023年優勝馬:ブラッドセル(Bradsell)
(Thoroughbred Newsより)

全世界5000億人の千直ファンの皆様、お待たせいたしました。

ロイヤルアスコット開催2つ目のGⅠは、ニューマイルコースを使用する芝1000mの直線レースである。
昨年までは「キングズスタンドステークス」という名で施行されていたが、今年からは現国王のチャールズ陛下の名を冠し、キングチャールズⅢ世ステークス(GⅠ)と題して行われることとなる。

昨年の優勝馬はブラッドセル(Bradsell)
鞍上はホリー・ドイル騎手が務めており、この勝利は史上初の女性騎手によるロイヤルアスコットのGⅠ制覇となった。

しかしながら、ブラッドセルのオッズは15倍であり、決して人気馬であったとは言えないだろう。
1番人気だったハイフィールドプリンセス(Highfield Princess)は道中不利を受けながらも2着を確保した一方、2番人気のドラマタイズド(Dramatised)は15着、3番人気のクーロンガッタ(Coolangatta)は11着に惨敗。
3着にはオッズ51倍だったアナフ(Annaf)が突っ込んできていたこともあり、クイーンアンSに次ぎこちらも波乱の結果になった。

そして、今年も上位馬は混戦模様となっている。
昨年に引き続き、現在の欧州スプリント戦線は王者不在の情勢だと筆者は感じている。
そもそも着差がつきにくく、些細なことで着順がガラリと入れ替わるのがスプリント戦。それでいて王者不在の混戦模様とあらば、本当に誰が勝ってもおかしくない。

ビッグイーヴス(Big Evs)
(The Sunより)

そんな中で前売りの1番人気に支持されているのは、何と3歳馬のビッグイーヴス(Big Evs)だ。
今年の3歳世代が初年度産駒でありながら既にGⅠ馬を複数輩出している、欧州でイケイケの新種牡馬ブルーポイント(Blue Point)を父に持つ本馬は、オッズ4/1(5.0倍)(6/14現在)。
そして、主戦騎手はトム・マーカンドである。

もう一度言おう。
主戦騎手はトム・マーカンドである。

馬の方に焦点を戻すが、2歳時から重賞戦線で活躍する本馬は、古馬混合戦のGⅠ・ナンソープステークス(ヨーク芝1000m直線)14着を除くと、1着6回2着1回と抜群の安定感を誇る。
昨年のGⅠ・ブリーダーズカップジュベナイルターフスプリント(サンタアニタパーク芝1000m)では、トムを背にGⅠ初制覇を果たし、今シーズンの初戦となったダンテフェスティバルにおけるListed・ウェストウS(ヨーク芝1000m直線)も余裕ある走りで快勝。万全の体制でロイヤルアスコットの大舞台に駒を進めてきた。

注目すべきは、陣営のレース選択である。
3歳のスプリンターがロイヤルアスコットに参戦するとなれば、3歳限定戦の6ハロンGⅠ・コモンウェルスカップ(後述)に出走するのが既定路線となる。
3歳限定戦のコモンウェルスカップがあるのに、何故ビッグイーヴスは古馬との対戦となるキングチャールズⅢ世Sを選んだのか──その理由を、同馬を管理するマイケル・アップルビー調教師は「6ハロン戦よりも5ハロン戦の方が良いと考えている」からだと語っている。

ビッグイーヴスはキャリア7戦全てが5ハロン(芝1000m)戦となっており、何とこれまで一度も6ハロン(芝1200m)戦を経験していない。
ロイヤルアスコットという大舞台でコモンウェルスカップを使って初の距離延長を行うよりも、大きな斤量ハンデも得ることができる5ハロン戦のキングチャールズⅢ世Sの方に、陣営は勝機を見出したというわけだ。

古馬混合戦はナンソープS14着以来となり、力関係という面が注目されるが、流石に2歳夏の時点で出走した古馬混合GⅠでの惨敗は参考外で良いだろう。
それで勝ったり好走してたら本当にバケモンだからね?

3歳のこの時期の古馬混合戦も簡単ではないが、斤量差が大きい上、古馬スプリント戦線が王者不在とあらば通用しても不思議はない。

リージョナル(Regional)
(JRA-VAN Worldより)

オッズ6/1(7.0倍)(6/14現在)で前売り2番人気のリージョナル(Regional)は、昨年のGⅠ・スプリントカップ(ヘイドックパーク芝1200m直線)の勝ち馬。
それ以来のレースとなった今季初戦、GⅡ・グリーンランズS(カラ芝1200m)は2着とし、叩き2戦目で再びGⅠの大舞台に戻ってきた形だ。

アスフーラ(Asfoora)
(Just Horse Racingより)

前売り3番人気は、オッズ15/2(8.5倍)(6/14現在)のアスフーラ(Asfoora)
世界一の短距離王国オーストラリアからの遠征馬であり、彼の地では重賞2勝、GⅠ2着の実績がある。
前走のGⅡ・テンプルS(ヘイドックパーク芝1000m)は4着。今回の鞍上には現在英国リーディングのオイシン・マーフィー騎手を予定している。

と、この3頭が前売り段階では10倍を切るオッズとなっているが、見て分かる通り1番人気ですら5倍。
これ以下の馬のチャンスも大きく、オッズ10/1(11.0倍)(6/14現在)で4番人気タイのビリーヴィング(Believing)カードス(Kardos)なども注目されている。

この混戦を断つのは一体誰か。
決着に要する時間はわずか1分だ。

セントジェームズパレスステークス(St.Jame's Palace Stakes)

2023年優勝馬:パディントン(Paddington) (左)
(Racing Postより)

ロイヤルアスコット開催初日、3つ目のGⅠはセントジェームズパレスステークス(GⅠ)。
3歳牡馬・セン馬限定戦、コースは芝1590m
直線コースのクイーンアンSとは異なり、右回りのオールドマイルコースを使用する。
マイル路線を歩む3歳馬たちにとっては上半期シーズンの最終目標となるレースであり、各国から3歳のトップマイラーが集結する。

昨年は英愛2000ギニー馬が二強を形成。
GⅠ・2000ギニー(ニューマーケット芝1600m直線)を制したカルディーン(Chaldean)と、GⅠ・アイリッシュ2000ギニー(カラ芝1600m)を制したパディントン(Paddington)の対決に注目が集まった。

カルディーンはジャドモントファームの所有馬で鞍上はランフランコ・デットーリ騎手、一方のパディントンはクールモアの所有馬でライアン・ムーア騎手という、陣営的にもライバル対決だったが、勝ったのはパディントン。
2着にはカルディーンが入ったが、その着差は3と3/4馬身にまで広がっていた。

パディントンはこの後、GⅠ・エクリプスS(サンダウンパーク芝1990m)で古馬を撃破し、サセックスSも優勝。アイリッシュ2000ギニーから数えてGⅠ・4連勝とし、昨年の欧州競馬を牽引する馬の1頭となった。

そして、今年も2000ギニー馬同士の対決が実現する
昨年と同じく英国・アイルランドそれぞれの2000ギニー勝ち馬に加えて、今年はフランスの2000ギニー馬も参戦
文字通りの欧州3歳マイル王決定戦になるだろう。

ノータブルスピーチ(Notable Speech)
(IFHA's Longines World's Best Racehorse Rankings公式Xより)

オッズ11/8(2.375倍)(6/15現在)の前売り1番人気に支持されているのはノータブルスピーチ(Notable Speech)
今年の2000ギニーの勝ち馬で、馬主はゴドルフィン。管理調教師はチャーリー・アップルビー、主戦騎手はウィリアム・ビュイックが務める。 い つ も の

以前、英ダービー解説の中で2000ギニーの結果を振り返った際にもこの馬については取り上げたが、改めてご紹介しておこう。
ドバウィ(Dubawi)を父に持つ本馬は3戦3勝の無敗馬として2000ギニーに出走したが、それまではずっとオールウェザーを走ってきており、2000ギニーが初の芝のレースとなった。
しかしながら、レースでは圧倒的1番人気のシティーオブトロイ(City of Troy)が伸びあぐねる中、ノータブルスピーチは最後方から徐々に進出。
最後は2番人気のロサリオン(Rosallion)に1馬身半差をつけ、初の芝レース、初のGⅠレースでの快勝を果たした。

これで4戦4勝無敗のクラシックホースとなったノータブルスピーチは、2000ギニー終了直後からこのセントジェームズパレスSを見据えて調整されている。

ロサリオン(Rosallion)
(SportsMaxより)

オッズ7/2(4.5倍)(6/15現在)の前売り2番人気には、ノータブルスピーチが2000ギニーで破ったロサリオン(Rosallion)が推されている。
この馬については過去の「英2000ギニー&ケンタッキーダービー2024 有力馬解説・展望」においてもご紹介しているが、この馬も父は新種牡馬ブルーポイントだ。
今シーズンの始動戦であった2000ギニー2着の後、アイリッシュ2000ギニーに出走。圧倒的1番人気に応える形での優勝を果たし、クラシックホースとなった。

今回はノータブルスピーチへの雪辱がかかるレースとなるが、前回の2000ギニーの結果に加え、ノータブルスピーチと違ってセントジェームズパレスSまでに1戦挟んでいる。
この詰まったローテーションが、良くも悪くもポイントだろう。疲労などが心配される反面、叩かれて状態が更に上向いているのなら、ノータブルスピーチとの逆転があっても良いのではないだろうか。

メトロポリタン(Metropolitan)
(Racing Postより)

GⅠ・プール・デッセ・デ・プーラン(フランス2000ギニー)(パリロンシャン芝1600m)を制したメトロポリタン(Metropolitan)は、前売りではオッズ10/1(11.0倍)の4番人気となっている。
人気としては英愛2000ギニー馬からは少し離されているが、これにはいくつかの理由が考えられる。

1つは、その能力にまだ疑いがあるということ。
プール・デッセ・デ・プーランについては以前のジョッケクルブ賞解説の際にも書いたが、メトロポリタンはオッズ51倍の最低人気馬だった
また、プール・デッセ・デ・プーランはレース直前のスコールによって馬場が急速に水を含み重くなった状況で行われており、馬場適性が明暗を分けた部分も少なからずあったようにも思われる。

個人的にこの言葉はあまり好きではないのだが、一言で言うならばフロックの可能性がある。
メトロポリタンにとって、このロイヤルアスコットはノータブルスピーチやロサリオンを相手にどこまで走れるかという、試金石的な一戦になるのではなかろうか。

メトロポリタンについて考えるべき要素はもう1つあり、それはギリギリで追加登録を行っての出走ということだ。
ギリギリまで状態を見極め、陣営内での協議の末の決定だとは思うが、これを「レースまでの時間がなく、調整が足りていないのでは」と考えるか、「追加登録をしてまで出走するんだから、よほど自信があるんだろう」と考えるか。
いずれにせよ、メトロポリタンに関しては特に当日の馬の状態と馬場状態には注意したい。

ところで、メトロポリタンは4番人気である。
ということは、フランスの2000ギニーの勝ち馬以上に人気を集めており、英愛それぞれの2000ギニー馬に次いで勝利への期待をされている馬がいるということだ。

ヘンリーロングフェロー(Henry Longfellow)
(Coolmoreより)

前売りオッズ4/1(5.0倍)(6/15現在)、ロサリオンと差のない3番人気に支持されているのは、ヘンリーロングフェロー(Henry Longfellow)
この馬についてもジョッケクルブ賞解説でも少し紹介したが、エイダン・オブライエン厩舎に所属するクールモアの所有馬。主戦騎手はライアン・ムーアが務める。 い つ も の 

父はドバウィ、母はGⅠ・7勝馬のマインディング(Minding)という超良血馬。
その期待に違わずデビュー戦を勝利で飾ったヘンリーロングフェローは、2戦目でGⅡ・フューチュリティS(カラ芝1400m)を優勝して重賞初制覇。続くGⅠ・ヴィンセントオブライエンナショナルS(カラ芝1400m)も快勝して、3戦3勝で無敗の2歳GⅠ馬となった。

そして、オブライエン師が今シーズンの初戦に選んだのがプール・デッセ・デ・プーラン。
英2000ギニーに出走した同厩のシティーオブトロイとの使い分け、という意図もあっての選択で、ここでは1頭抜けた1番人気に推されていた。
しかし、レースでは直前のスコールの影響もあってか伸びを欠き、8着に敗戦。「無敗」の二文字は返上することとなってしまった。

「距離延長は得策ではない」としたオブライエン師は、ヘンリーロングフェローをマイル路線に専念させることとし、英ダービーもジョッケクルブ賞も回避。
今回のセントジェームズパレスSは、前走からの巻き返しを図ってのレースとなる。

2歳時の戦績からして高い能力を持っていることは間違いなく、前走のプール・デッセ・デ・プーランは能力を出し切ることができなかったが故の敗戦だという見立てが主流である。
当然、血統的にも高い潜在能力を秘めていることが期待されており、この舞台でノータブルスピーチとロサリオンを撃破する可能性は十分にあるだろう。

ノータブルスピーチを中心としつつ、ロサリオン・ヘンリーロングフェローが三強を形成。
これにメトロポリタンが続くという人気になっているが、それ以外の馬たちも粒揃いだ。
重賞含め4連勝中のダーリングハースト(Durling Hurst)やGⅠ・デューハーストS(ニューマーケット芝1400m)2着の実績があるアルヤナービ(Alyanaabi)なども侮れないと言えよう。

英国・アイルランド・フランス──3ヶ国の2000ギニー馬に加え、各国のクラシック戦線を最前線で戦ってきた馬たちが、このセントジェームズパレスSに駒を進めてきた。
ここを勝った馬が欧州3歳マイル王だ、とそう断言しても良いほどの素晴らしいメンバーが揃った。
ロイヤルアスコット開催1日目のクライマックスに相応しい、激アツなレースとなることだろう。

2日目 6月19日(Wednesday 19 June)

《スケジュール》
14:30(22:30) クイーンマリーステークス(GⅡ)
15:05(23:05) クイーンズヴァーズ(GⅡ)
15:45(23:45) デュークオブケンブリッジステークス(GⅡ)
16:25(24:25) プリンスオブウェールズステークス(GⅠ)
17:05(25:05) ロイヤルハントカップ(ハンデ)
17:40(25:40) ケンジントンパレスステークス(ハンデ)
18:15(26:15) ウィンザーキャッスルステークス(L)

プリンスオブウェールズステークス(Prince of Wales's Stakes)

2017年優勝馬:ハイランドリール(Highland Reel)
(The Guardianより)

ロイヤルアスコット開催、2日目のメインレースはプリンスオブウェールズステークス(GⅠ)。
芝1990m、10ハロンの古馬中距離GⅠである。

2017年の優勝馬はハイランドリール(Highland Reel)
クールモア所有馬にしてエイダン・オブライエン厩舎の管理馬、その主戦騎手はライアン・ムーア。
世界を股にかけて活躍し、GⅠを7勝。GⅠ・香港ヴァーズ(シャティン芝2400m)の連覇を始め、GⅠ・ブリーダーズカップターフ(サンタアニタパーク芝2400m)やGⅠ・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(アスコット芝2390m)など、多くのビッグタイトルを手にした。

この偉大なる厩舎の先輩に続きたいのが、オッズ2/1(3.0倍)(6/15現在)の前売り1番人気に支持されているオーギュストロダン(Auguste Rodin)だ。

オーギュストロダン(Auguste Rodin)
(Coolmoreより)

もうこの馬については説明不要だと思うが、ディープインパクト産駒最終世代から誕生した英愛ダービー馬である。
昨年は英国・アイルランド2ヶ国のダービーに加え、GⅠ・アイリッシュチャンピオンS(レパーズタウン芝2000m)とBCターフの2つのGⅠタイトルを手にした。

しかし、古馬になった今年はまだ勝利を挙げることができていない。
復帰戦としたGⅠ・ドバイシーマクラシック(メイダン芝2410m)では最下位に惨敗し、前走のGⅠ・タタソールズゴールドカップ(カラ芝2100m)でもホワイトバーチ(White Birch)に伸び負けて2着に敗戦した。

ご存知の通り、オーギュストロダンは好走と凡走を繰り返す意味の分からん馬であり、現地メディアから「ジキルとハイド」呼ばわりされていたりもする。
なので、基本的には敗戦しようと「まあ今日はそういう日だったんだな! 無事ならヨシ!」で済み、管理するオブライエン師も原因不明の凡走に慣れ始めている。

しかし、前走に関してはそうも言っていられない──楽観視はできないのではないかと、私には感じられる。

ドバイでマトモに走らず、ノーダメージでレースを終えたオーギュストロダンが出走した前走・タタソールズゴールドカップ(GⅠ)は、ハッキリ言ってしまうとメンバーレベルが高くなりにくいレースである。
今年もGⅠ馬はオーギュストロダンのみだったが、1着馬のホワイトバーチからは3馬身離された2着と、完敗と言う他にない内容だった。
3着馬には8馬身の差をつけていた辺り、オーギュストロダンが走らなかったわけではないと考えられるが、それで負けてしまった。連敗となったのは、彼の競走生活においても初めてのことだ。

オブライエン師は「直前の雨で馬場が渋り、走りのリズムが乱れた」ことを敗因として挙げ、レース内容には満足しているとした一方、「できれば勝ってほしかった」とのコメントも残している。
ここまでシーズン開始前の予定通りのローテーションを歩んでいるオーギュストロダンだが、昨年の実績を考えると今年の2戦の内容は若干物足りないという印象もある。
秋のためにも、このプリンスオブウェールズSは陣営としても落としたくないレースと言えるだろう。

アスコットは昨年、オーギュストロダンが126馬身離されての最下位に惨敗したキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSと同じ舞台ということで、個人的にはこなせるのかという不安が大きい。
しかし、時には目が覚めるような素晴らしい走りを見せてくれることもあるのがオーギュストロダンという馬。大舞台での巻き返しに期待したいところである。

ホワイトバーチ(White Birch)
(Geegeez Newsより)

そのライバルとして立ちはだかるのが、前走のタタソールズゴールドカップでオーギュストロダンを完封したホワイトバーチである。
プリンスオブウェールズSでも、オーギュストロダンに次ぐ前売り2番人気。オッズも5/2(3.5倍)(6/15現在)と大差ない。

昨年は英ダービー3着、愛ダービー8着とオーギュストロダンの後塵を拝し続けていたが、古馬になった今年から完全に覚醒したかのような走りを見せている。
復帰戦となったGⅢ・アレッジドS(カラ芝2000m)を快勝すると、続くGⅡ・ムーアズブリッジS(カラ芝2000m)も優勝して重賞2連勝。
その勢いのままタタソールズゴールドカップに出走、昨年は敵わなかった相手であるオーギュストロダンを3馬身突き放して、GⅠ初制覇を果たした。

連勝馬は連勝が止まるまで買え」という格言が古くからあるが、今シーズンに入って負け無しのホワイトバーチにはとにかく勢いがある。
とはいえ、3連勝したのは全てカラ競馬場。
アスコット競馬場でもこの勢いが続くかどうか、彼がどんな走りを見せるのか注目される。

前売り3番人気はインスパイラル(Inspiral)
オッズ4/1(5.0倍)(6/15現在)の支持を受けている彼女についてはクイーンアンS解説の際に述べた通りだが、今回のロイヤルアスコットにおいてはクイーンアンSとの両睨みの末、プリンスオブウェールズSへの出走を決めてきた。

この選択の理由としては、管理するジョン・ゴスデン調教師は元主戦騎手であるランフランコ・デットーリの提言の影響が大きいと説明している。
年齢を重ねて折り合いの不安が無くなったことや、加齢により少しズブくなってきていることから、今の彼女にはマイルよりもミドルディスタンスの方が良いのではないか──とのことである。
そのデットーリは今回騎乗しないのだが、牡馬混合戦の10ハロンで彼女がどのような走りを見せるのか、非常に興味深い。

昨年、インスパイラル初の2000m戦となったBCフィリー&メアターフで2着に敗れたウォームハート(Warm Heart)は、今年の1月に牡馬混合戦のGⅠ・ペガサスワールドカップターフ(ガルフストリームパーク芝1800m)を優勝している。
マイルにおいては既に牡馬を蹴散らしていることも、インスパイラルがこのプリンスオブウェールズSでも有力視される理由になっているのではなかろうか。

オリゾンドレ(Horizon Dore)
(Bahrain Turf Clubより)

オッズ8/1(9.0倍)(6/15現在)、前売り4番人気のオリゾンドレ(Horizon Dore)はハットトリック産駒であり、サンデーサイレンスの直系にあたる。
重賞3勝の実績を持ちながらも、GⅠには後少しのところで手が届いていない馬なのだが、前走はGⅠ・イスパーン賞(パリロンシャン芝1850m)でハナ差の2着。
多少なり展開の助けなどは必要かもしれないが、いつでもGⅠのタイトルを手にし得るだけの実力は持っている。

また、イスパーン賞は5着だった昨年のフランス二冠牝馬ブルーローズセン(Blue Rose Cen)は、クリストフ・スミヨン騎手との新コンビを結成する予定である。
この他、ドバイターフおじさんにして2020年のプリンスオブウェールズS勝ち馬でもあるロードノース(Lord North)俺のマキシム・ギュイヨンが騎乗するザラケム(Zarakem)なども出走予定馬に名を連ねている。

スピード・スタミナ・パワーの全てが問われるアスコットの10ハロンGⅠは、見所の多いレースになりそうだ。

3日目 6月20日(Thursday 20 June)

《スケジュール》
14:30(22:30) ノーフォークステークス(GⅡ)
15:05(23:05) キングジョージⅤ世ステークス(ハンデ)
15:45(23:45) リブルズデールステークス(GⅡ)
16:25(24:25) ゴールドカップ(GⅠ)
17:05(25:05) ブリタニアステークス(ハンデ)
17:40(25:40) ハンプトンコートステークス(GⅢ)
18:15(26:15) バッキンガムパレスステークス(ハンデ)

ゴールドカップ(Gold Cup)

2018〜20年優勝馬:ストラディヴァリウス(Stradivarius)
(SPORTING LIFEより)

3日目のメインレースはゴールドカップ(GⅠ)。
条件は芝3990m。英国古馬最高峰のタイトルの1つであり、このロイヤルアスコット開催自体のメインレースとも言える超長距離戦だ。

「アスコットゴールドカップ」とも呼ばれる、伝統の最強ステイヤー決定戦を3連覇したのが、近年最強ステイヤーとの呼び声も高いストラディヴァリウス(Stradivarius)である。
シーザスターズ(Sea The Stars)産駒の本馬はジョン&シェイディ・ゴスデン厩舎の管理馬であり、主戦騎手はランフランコ・デットーリが務めた。デットーリ騎手にとっても、近年の代表的なお手馬と言える。
長距離重賞を累計25勝、ゴールドカップは2018年から2020年にかけて優勝した。

圧倒的な能力で欧州の長距離界を長年にわたり支配し、8歳まで現役を続けたストラディヴァリウス。
そんな彼を相手に長距離GⅠを2連勝し、世代交代を告げた馬──それがキプリオス(Kyprios)だ。

キプリオス(Kyprios)
(SPORTING LIFEより)

エイダン・オブライエン厩舎の管理馬であり、主戦騎手はライアン・ムーア。
父はガリレオ(Galileo)、母父はデインヒル(Danehill)という欧州あるあるの血統を持つ本馬は、ストラディヴァリウス最後のシーズンに突如として頭角を現した。

2022年、キプリオスはゴールドカップを優勝してGⅠ初制覇。ストラディヴァリウスは3着に敗れた。
続くGⅠ・グッドウッドカップ(グッドウッド芝3200m)でもクビ差でストラディヴァリウスを押さえて優勝し、長距離GⅠを連勝。
ストラディヴァリウスはこのレースを以て、現役を引退することとなった。

その後、キプリオスはGⅠ・アイリッシュセントレジャー(カラ芝2800m)とGⅠ・カドラン賞(パリロンシャン芝4000m)も制し、GⅠ連勝数を4に伸ばした。
特にカドラン賞でのパフォーマンスは衝撃的なもので、大外に大きくヨレながらも2着馬に20馬身差をつける大圧勝
キプリオスはこの年6戦6勝であり、重賞5勝、GⅠ4勝という完璧な成績を収めた。

ストラディヴァリウスに代わる欧州超長距離界の王者として、今度はキプリオスが君臨する──と思われたが、2023年は故障もあって順調さを欠き、その全能力を発揮することはできなかった。
昨年は愛セントレジャーとGⅡ・ブリティッシュチャンピオンズロングディスタンスカップ(アスコット芝3120m)の2戦を使ったが、どちらも2着に終わっている。

しかし、今年のキプリオスは一味違う。
Listed・ヴィンテージクロップS(ナヴァン芝2800m)とGⅢ・レヴモスS(レパーズタウン芝2800m)を快勝。
オブライエン師曰く「理想的」「順調そのもの」、一昨年と全く同じローテーションでゴールドカップに臨んできている本馬が、前売りオッズ4/5(1.8倍)(6/15現在)の圧倒的な1番人気に推されている。

このキプリオスが抜けた人気となっている一方、それ以下は混戦模様である。

グレゴリー(Gregory)
(SPORTING LIFEより)

前売り2番人気はオッズ6/1(7.0倍)(6/15現在)のグレゴリー(Gregory)、ゴスデン厩舎が管理するワスナンレーシングの所有馬だ。
ワスナンレーシングは昨年、クラージュモナミ(Courage Mon Ami)でゴールドカップを優勝しているが、そのクラージュモナミは一頓挫あって今年のゴールドカップは回避を余儀なくされている。

その代わり、今年はこのグレゴリーが出走する。
昨年はロイヤルアスコットのクイーンズヴァーズ(GⅡ)を優勝した後、1戦叩いてGⅠ・セントレジャーS(ドンカスター芝2900m)に出走し5着。
そして、今年に入ってからの復帰戦はGⅡ・ヨークシャーカップS(ヨーク芝2800m)が3着となっている。

ヴォーバン(Vauban)
(Racing Post公式Xより)

オッズ8/1(9.0倍)(6/15現在)はヴォーバン(Vauban)
2023/24年シーズンの英愛障害競走(ナショナルハント)のリーディングステーブルであるウィリー・マリンズ厩舎が管理する、元は障害競走で活躍していた馬である。
障害GⅠも制しており、2021/22年シーズンにはGⅠ・スプリングジュベナイルハードル(レパーズタウン障害3200m)とGⅠ・トライアンフハードル(チェルトナム障害3400m)、GⅠ・チャンピオン4歳ハードル(パンチェスタウン障害3200m)と3連勝を達成。
世代トップクラスの能力を発揮したものの、翌2022/23年シーズンはGⅠに4回挑戦するも2着が最高という結果に終わり、以降は平地競馬に照準を合わせた。

昨年の8月にはGⅢ・バリーロアンS(ネース芝2400m)を制し、平地重賞初制覇。
今シーズンはグレゴリーと同じくヨークシャーカップSで復帰し、2着となっている。

以上の3頭が、前売り段階において10倍を切るオッズとなっている。
この他にも昨年の英チャンピオンズロングディスタンスカップの覇者トローラーマン(Trawlerman)や前走のGⅢ・サガロS(アスコット芝3200m)を制した重賞4勝馬コルトレーン(Coltrane)、GⅢ・ヘンリーⅡ世S(サンダウンパーク芝3200m)優勝のスウィートウィリアム(Sweet William)、昨年のカドラン賞の勝ち馬にして馬場ソムリエのトゥルーシャン(Trueshan)など、多くの長距離重賞馬が登録。
A.オブライエン厩舎からはキプリオスに加え、GⅢ・オーモンドS(チェスター芝2800m)を優勝したポイントロンズデール(Point Lonsdale)、GⅢ・レッドシーターフハンデキャップ(キングアブドゥルアジーズ芝3000m)とGⅡ・ドバイゴールドカップ(メイダン芝3200m)を連勝したタワーオブロンドン(Tower of London)も登録されている。

欧州においても貴重な長距離GⅠ、その中でも最高峰の権威があるアスコットゴールドカップとあり、今年も多くの長距離重賞馬が顔を揃えた。
4分にもなる長丁場となるが、だからこそその道中のスタミナの温存や馬のリズムが極めて重要となる。
騎乗するジョッキーのレース運びにも注目だ。

4日目 6月21日(Friday 21 June)

《スケジュール》
14:30(22:30) アルバニーステークス(GⅢ)
15:05(23:05) コモンウェルスカップ(GⅠ)
15:45(23:45) コロネーションステークス(GⅠ)
16:25(24:25) デュークオブエディンバラステークス(ハンデ)
17:05(25:05) サンドリンガムステークス(ハンデ)
17:40(25:40) キングエドワードⅦ世ステークス(GⅡ)
18:15(26:15) パレスオブホリールードハウスステークス(ハンデ)

コモンウェルスカップ(Commonwealth Cup)

2017年優勝馬:カラヴァッジオ(Caravaggio)
(The Guardianより)

2つのGⅠレースが組まれているロイヤルアスコット開催4日目、1戦目はコモンウェルスカップ(GⅠ)。
2015年に新設された3歳限定の芝1200m戦で、欧州3歳スプリンターの頂点を決定するレースである。

2017年の優勝馬はカラヴァッジオ(Calavaggio)
馬主はクールモア──という一文からもう調教師と騎手が誰なのかを察して頂ける頃合いだろうが、一応書いておくと管理調教師はエイダン・オブライエン、主戦騎手はライアン・ムーア。
日本では産駒のアグリがスプリント戦線の最前線で活躍しており、2023年からは日本で種牡馬として繋養されている。
このコモンウェルスカップにおけるムーアは神騎乗をかましているので、ご興味があれば是非ご覧頂きたい。

ヴァンディーク(Vandeek)
(Timeformより)

今年の前売り1番人気タイはヴァンディーク(Vandeek)
2歳時に無敗のままGⅠ・モルニー賞(ドーヴィル芝1200m)とGⅠ・ミドルパークS(ニューマーケット芝1200m)を優勝し、重賞3勝でこの世代の最強スプリンターと目されていた──のだが、3歳初戦となったGⅡ・サンディーレーンS(ヘイドックパーク芝1200m)でまさかの敗戦を喫した
この時のオッズが1.73倍、半分銀行であったが、結果としては勝ち馬から4馬身離されての3着。
ここで負けるとは思われていなかっただけに、コモンウェルスカップにおけるオッズも4/1(5.0倍)(6/15現在)に後退しているが、陣営はあくまでも「叩きとしては良いレースだった」と考えているようだ。

イニシェリン(Inisherin)
(Kevin Ryan Racingより)

そして、ヴァンディークに並ぶ前売り1番人気タイが、当のサンディーレーンS(GⅡ)の勝ち馬イニシェリン(Inisherin)である。
今シーズンの復帰戦となった2000ギニーは6着に敗れたが、距離短縮のサンディーレーンSで3と3/4馬身差の圧勝を飾り、無敗馬ヴァンディークに土をつけた。
元はコモンウェルスカップへの登録が無かったものの、追加登録料4万6000ポンド(約920万円)を支払い、出走することを決定している。
ここまでした以上は結果を出したいであろうし、その自信が陣営にはあると考えられる。

エリートステータス(Elite Status)
(SPORTING LIFEより)

オッズ7/1(8.0倍)(6/15現在)の前売り3番人気はエリートステータス(Elite Status)
イニシェリンと同じくシェイク・モハメド・オベイド・アル・マクトゥーム氏の所有馬であり、重賞は昨年にGⅢ・カブール賞(ドーヴィル芝1200m)を優勝。
今シーズンはListed・カーナヴォンS(ニューベリー芝1200m)から始動し、これを勝ち切っての参戦となる。

ブカネロフェルテ(Bucanero Fuerte)
(Coolmoreより)

前売り4番人気タイはオッズ8/1(9.0倍)のブカネロフェルテ(Bucanero Fuerte)である。
昨年はGⅠ・フェニックスS(カラ芝1200m)を始め、重賞を2勝。今シーズンはGⅢ・ラッカンS(ネース芝1190m)から始動し、これを勝ち切ってロイヤルアスコットに向かってきている。
個人的にこの9倍というオッズは若干ナメられているのでは? という印象もあるが、さて。

リバータイバー(River Tiber)
(SPORTING LIFEより)

同じくオッズ8/1の前売り4番人気タイがリバーダイバー(River Tiber)
オブライエン厩舎の管理馬であり、馬主はクールモア。
昨年はロイヤルアスコットのGⅡ・コヴェントリーS(アスコット芝1200m)で重賞制覇を成し遂げたが、その後はモルニー賞・ミドルパークSと2歳GⅠで連続3着。
今年に入っての復帰戦はアイリッシュ2000ギニーとなり、ここも3着となっている。
しかし、オブライエン師はGⅢ・ジャージーS(芝1400m)を予定しているとしており、このコモンウェルスカップに出走するかは不透明である。

この他、前哨戦のGⅢ・コモンウェルスカップトライアルS(アスコット芝1200m)を優勝したジャスール(Jasour)がオッズ11/1(12.0倍)の前売り6番人気に設定されており、ここまでの6頭が上位人気を形成している。
だが、3歳スプリント戦など本質的に何が起こるか分からない。実際、オッズも上位馬はほぼ横並びという状態である。

古馬も含め、混迷の時代にある欧州スプリント戦線。
果たして、今年のコモンウェルスカップにはどのような結末が待ち構えているのだろうか。

コロネーションステークス(Coronation Stakes)

2018年優勝馬:アルファセントーリ(Alpha Centauri)
(The Guardianより)

2つ目のGⅠは3歳マイル女王決定戦、コロネーションステークス
セントジェームズパレスSと同じく、オールドマイルコースの芝1590mにて行われる。

2018年の優勝馬アルファセントーリ(Alpha Centauri)は、GⅠ・アイリッシュ1000ギニー(カラ芝1600m)を勝っての参戦。
コロネーションSでは後続に6馬身差をつけて圧勝し、3歳牝馬マイル戦線の頂点に立つと、その後はGⅠ・ファルマスS(ニューマーケット芝2000m)からジャック・ル・マロワ賞までGⅠ・4連勝とした。
近年のニアルコス・ファミリーを代表する名馬である。

そんなコロネーションSの情勢を把握するべく、まずはここに至るまでの3歳牝馬マイル戦線を振り返ることとしよう。
これまで私が出してきた解説記事では、牝馬戦線に焦点を当てることはなかった。これを機に欧州3歳牝馬マイル戦線の大まかな趨勢を押さえておきたい。

まずはGⅠ・1000ギニー(ニューマーケット芝1600m)。
イギリスの牝馬クラシック三冠の初戦で、2000ギニーの翌日に同コースで行われた。

1番人気の支持を受けたのはフォーリンエンジェル(Fallen Angel)
ダークエンジェル(Dark Angel)産駒──と思いきや、父はトゥーダーンホット(Too Darn Hot)。トゥー↑ダーン↑ホットッッ!!!(CV:合田直弘)
1000ギニーまで4戦3勝、2着1回で昨年のGⅠ・モイグレアスタッドS(カラ芝1400m)を優勝し、アイルランドの2歳女王となっていた。

ラマチュエル(Ramatuelle)
(RACING AND SPORTSより)

これに続く2番人気はラマチュエル(Ramatuelle)
ジャスティファイ(Justify)産駒の本馬はフランスからの遠征馬で、鞍上はオレリアン・ルメートル騎手。
2歳時にはGⅢ・ボワ賞(シャンティイ芝1200m)とGⅡ・ロバート・パパン賞(シャンティイ芝1200m)で重賞を連勝し、初のGⅠ挑戦となったモルニー賞ではヴァンディークの2着に入った。
休養を挟んでの3歳の復帰戦にはGⅢ・アンプルダンス賞(ドーヴィル芝1400m)を選び、2着となってからの参戦であった。
この翌週にはGⅠ・プール・デッセ・デ・プーリッシュ(フランス1000ギニー)(パリロンシャン芝1600m)が組まれている中で、敢えて英国の1000ギニーを選んできたという辺りからも、勝負気配が感じられたように思う。

3番人気には昨年の2歳GⅠ・フィリーズマイル(ニューマーケット牝限芝1600m)を制した、オブライエン厩舎のイラングイラング(Ylang Ylang)が推された。
元々オブライエン厩舎からはGⅠ・マルセル・ブーサック賞(パリロンシャン牝限芝1600m)で5馬身差の圧勝を果たしていた、ジャスティファイ産駒のオペラシンガー(Opera Singer)が出走を予定していた。
しかし、オペラシンガーは一頓挫あって調教を2週間休んでいた時期があり、英1000ギニーには間に合わないとして同レースを回避。
その代わりにオブライエン師の期待を背負ったのが、イラングイラングだったというわけだ。

この3頭がオッズ10倍を切る人気を集め、1000ギニーはフルゲート16頭が揃った中で発走した──のだが、その結末は衝撃的なものとなった。
1頭先んじて抜け出したラマチュエルが押し切るかと思いきや、その外からオッズ29倍の伏兵馬エルマルカ(Elmalka)が強襲し、これを差し切って優勝した。

エルマルカ(Elmalka) (右)
ポルタフォーチュナ(Porta Fortuna) (左)
(Racing Postより)

2着にはポルタフォーチュナ(Porta Fortuna)が入り、ラマチュエルは3着まで。
イラングイラングは何とか5着を確保したものの、フォーリンエンジェルは伸びあぐねて8着に惨敗した。

波乱の幕開けとなった欧州牝馬クラシック戦線。
英1000ギニーの翌週には、パリロンシャン競馬場でプール・デッセ・デ・プーリッシュ(フランス1000ギニー)が行われた。

オッズ3.9倍の1番人気の支持を受けたのは、クリスチャン・デムーロ騎手とジャン=クロード・ロジェ厩舎のコンビだったルイーズプロクター(Louise Procter)
ここまで3戦3勝の無敗馬で、条件戦のベルデヴェール賞(シャンティイAW1400m)を3馬身差で制しての参戦となった。

2番人気はオッズ6.0倍、ロマンチックスタイル(Romantic Style)
馬主はゴドルフィン、チャーリー・アップルビー厩舎で鞍上はウィリアム・ビュイック騎手。
アンプルダンス賞でラマチュエルを破っての参戦。英国のブックメーカーでは、この馬を1番人気に設定していたところも多かった。

続く3番人気はフォルガリア(Folgaria)となり、こちらはオッズ6.9倍。
元々はイタリア調教馬で、現地で重賞を2連勝。5戦5勝の無敗馬として英国に移籍し、3歳初戦はGⅢ・ドバイデューティーフリーS(ニューベリー芝1400m)。
ここも優勝し、無敗を維持してのフランスへの遠征。
ドバイデューティーフリーSで3着だったエルマルカが英1000ギニーを制したということもあり、本馬の評価も高まっていた。

こうした馬たちが上位人気を形成したが、オッズからも分かる通り混戦模様。波乱の予感はあったが、このレースも驚くべき結果となった。
ルイーズプロクターは13着、フォルガリアは11着。
ロマンチックスタイルは4着に敗れ、4番人気のロッキンスウィング(Rock'n Swing)は7着、5番人気のコンテント(Content)は8着での入線だった。

誰が勝ったんだよ!!! とツッコミたくなった方もいるかもしれないが、勝ったのはマキシム・ギュイヨン騎手が手綱を取っていたルーヒヤ(Rouhiya)

ルーヒヤ(Rouhiya) (中央)
マキシム・ギュイヨン騎手 (上)
(Racing Postより)

当日は12番人気、オッズは29.0倍という穴馬だった。
父はマキシムに生涯唯一のジョッケクルブ賞(フランスダービー)優勝をもたらしたフランス二冠馬のロペドヴェガ(Lope De Vega)。馬主はアガ・カーンスタッドだ。
ちなみにリアタイしていた私は絶叫した。ワイ「マキシムゥゥゥァァァァァ!!!!! 12番人気やぞマキシムゥァ!!!!!!

なお、2着はオッズ77倍の14番人気カトマンズ(Kathmandu)、3着はオッズ16倍の7番人気タイだったヴェスペルティリオ(Vespertilio)
上位人気馬総崩れ。もし日本で3連単を発売していたら数百万円の払い戻しは必至だったと思われる、大荒れの決着と相成った。ヒェッ……

と、ここまで英国とフランスの1000ギニーが荒れまくっている中で、今度はアイリッシュ1000ギニー
1番人気は英1000ギニーに引き続きフォーリンエンジェルとなり、2番人気がオペラシンガー。
3番人気にはヴェスペルティリオが推された。

そして、ここはフォーリンエンジェルが巻き返し、2着馬に2と3/4馬身差をつけての快勝。見事、1番人気に応える形での優勝を果たした。
オペラシンガーは調整過程の問題なども影響したか、3着での入線。ヴェスペルティリオは8着に敗れ、2着はオッズ13倍だったアライラックローラ(A Lilac Rolla)が入っている。
2着に伏兵が突っ込んだとはいえ、この前日のアイリッシュ2000ギニーと併せて、ようやく人気馬が順当に勝利。ファンも一安心(?)したことだろう。

そして迎えるコロネーションS。
フォーリンエンジェルが1番人気になる──と思われたのだが、彼女は調教中に負傷し、ロイヤルアスコットを回避することが決定。
現時点では復帰予定も見通せない状況にあるという。

オペラシンガー(Opera Singer)
(SPORTING LIFEより)

結果、今年の前売り1番人気はオッズ13/8(2.625倍)(6/16現在)でオペラシンガーになった。
前走は少し不甲斐ないレースだったが、復帰戦で叩きのレースと考えればそこまで悪い内容ではなかった。
昨年のマルセル・ブーサック賞を圧勝している通り、能力は非常に高い馬である。それを十分に発揮することができれば──というところだろう。

前売り2番人気は英1000ギニーを勝ったエルマルカで、オッズは4/1(5.0倍)(6/16現在)となっている。
前回の勝ち方は前を走っていたラマチュエルをねじ伏せるようなもので、筆者は決してフロック的な勝利ではなかったと思っているのだが、どうか。

これに続く前売り3番人気、オッズ5/1(6.0倍)(6/15現在)に設定されているラマチュエルは、今回はオイシン・マーフィーとのコンビで出走する。

オッズ7/1(8.0倍)(6/16現在)の前売り4番人気は、英1000ギニーで2着だったポルタフォーチュナ
ドナカ・オブライエン厩舎の所属馬であり、既にGⅠを含め重賞を3勝している。
デビュー2戦目のGⅢ・アイリッシュフィリーズスプリントS(ネース芝1200m)で重賞初制覇を果たすと、ロイヤルアスコットのGⅢ・アルバニーS(アスコット芝1200m)も勝って重賞2連勝。その後、3度目のGⅠ挑戦となったGⅠ・チェヴァリーパークS(ニューマーケット芝1200m)で、待望のGⅠタイトルを獲得した。
マイルに距離を伸ばしてから勝ちきれていないところは気になるものの、これまで3着未満になったことがない安定感が魅力的な馬である。

オッズが10倍以下となっているのはこの4頭だが、マキシム・ギュイヨンとのコンビでプール・デッセ・デ・プーリッシュを制したルーヒヤも出走予定馬の中に名を連ねている。
オッズは14/1(15.0倍)(6/16現在)の6番人気。セントジェームズパレスSのメトロポリタン(Metropolitan)と同じく、特殊な天気・馬場の中での勝利だったことで疑われている部分もあると思うが、その疑念を吹き飛ばすような走りに期待したい。

荒れ模様の3歳牝馬マイル戦線。
その決着がひとまずつけられるコロネーションSも、上位人気は混戦模様──また思わぬ穴馬の激走が起こり得るのかもしれない。

5日目 6月22日(Saturday 22 June)

《スケジュール》
14:30(22:30) チェシャムステークス(L)
15:05(23:05) ハードウィックステークス(GⅡ)
15:45(23:45) クイーンエリザベスⅡ世ジュビリーステークス(GⅠ)
16:25(24:25) ジャージーステークス(GⅢ)
17:05(25:05) ウォッキンガムステークス(ハンデ)
17:40(25:40) ゴールデンゲーツステークスハンデキャップ(ハンデ)
18:15(26:15) クイーンアレクサンドラステークス(条件戦)

ロイヤルアスコット開催最終日、ここではGⅠでこそないものの、注目したいレースを1つ挙げたい。
古馬混合戦のハードウィックステークス(GⅡ)だ。
アスコット芝2390mという条件設定から、7月末に行われるGⅠ・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(アスコット芝2390m)の前哨戦としても機能しているレースなのだが、ここにはコンティニュアス(Continuous)が出走を予定している。

コンティニュアス(Continuous)
(Racing Postより)

この馬も、多くの日本の競馬ファンがご存知だろう。
昨年のGⅠ・セントレジャーS(ドンカスター芝2900m)を優勝したハーツクライ産駒であり、馬主はクールモア。
調教師はエイダn(以下略

セントレジャー後はGⅠ・凱旋門賞(パリロンシャン芝2400m)に出走し、5着に入った。
それから昨年のGⅠ・ジャパンカップ(東京芝2400m)への遠征を予定していたものの、出発直前に跛行が判明したために実現はしなかった。
古馬になった今年は調整に遅れが生じ、復帰はこのロイヤルアスコットまでズレ込んでしまったものの、オブライエン師は今後中距離のタイトルを獲得することも期待しているようだ。
今後のためにも良い走りを見せてほしいところである。

デザートヒーロー(Desert Hero)
(SPORTING LIFEより)

また、トム・マーカンドが主戦を務めるデザートヒーロー(Desert Hero)も出走を予定している。
シーザスターズ(Sea The Stars)産駒の本馬の生産者はQueen Elizabeth Ⅱ(エリザベス女王)であり、馬主はThe King(チャールズ国王)だ。

昨年のロイヤルアスコットではハンデ戦のキングジョージⅤ世S(芝2400m)を制し、馬主としてのチャールズ国王に初勝利を捧げた
そして、続くGⅢ・ゴードンS(グッドウッド芝2400m)も優勝し、チャールズ国王に重賞タイトルを献上。デザートヒーロー自身も重賞初制覇となった。

エリザベス女王の没後、英国王室は所有していたサラブレッド生産牧場や繁殖牝馬を手放した。
王室と競馬の結びつきが薄くなるのではないか、と懸念されていたのだが、そうした声も知ってか国王陛下と王妃陛下はロイヤルアスコット開催に全日ご来場なされ、加えてこのデザートヒーローの登場。
国王陛下は完全に脳を焼かれ、競馬の魅力に取り憑かれてしまったご様子であり、この頃から英国の競馬専門紙レーシングポスト(Racing Post)を購読され、所有馬の状態やローテーションについて調教師と密に話し合ったりするようになったという。もう助からないゾ♡

初のGⅠ挑戦となったセントレジャーはコンティニュアスの3着に敗れ、今シーズンは重賞を2戦して結果が出ていないのだが、このハードウィックSは1年ぶりのアスコットでのレース。
それもロイヤルアスコット開催、恐らくは両陛下が現地で見守られる中でのレースとなるのだから、ここで巻き返して夢の膨らむ走りを見せてほしいところである。

なお、チャールズ国王とカミラ王妃はセントレジャー当日、ドンカスター競馬場にご来場なされ、直接デザートヒーローとトム・マーカンドに声援を送られた。
その時の写真がこれである。

セントレジャーを観戦なさるチャールズ国王とカミラ王妃
(Sports Maxより)

この後、王室の所有馬(名義はカミラ王妃)が障害競走に転向したりもしている。
障害にまで手を出したらもう本当に助からないゾ♡

と、少々脱線もしたが、ロイヤルアスコット開催ということで現在の英国王室と競馬のこともご紹介してみた。
気を取り直し、最終日に行われるGⅠレースについて見ていくこととしよう。

クイーンエリザベスⅡ世ジュビリーステークス(Queen Elizabeth Ⅱ Jubilee Stakes)

2012年優勝馬:ブラックキャビア(Black Caviar)
(Racing Postより)

ロイヤルアスコット開催最終日のメインレースにして、8つのGⅠの最後を飾るのはクイーンエリザベスⅡ世ジュビリーステークス(GⅠ)。
芝1200mで行われる、古馬最強スプリンター決定戦だ。

このレース、割と頻繁に名称が変更されている。
元々は「オールエイジドステークス」として創設され、何回かの名称変更を経た後、2002年にエリザベス女王の即位50周年を記念して「ゴールデンジュビリーステークス」となった。
それから10年後、2012年に「ダイヤモンドジュビリーステークス」となり、2022年に「プラチナジュビリーステークス」へ改称。
エリザベス女王の崩御を受け、2023年からは「クイーンエリザベスⅡ世ジュビリーステークス」に変更され、現在に至る。とにかく〇〇ジュビリーSである。うん。

ダイヤモンドジュビリーSに改称された2012年、このレースを優勝したのがブラックキャビア(Black Caviar)
オーストラリアからの遠征馬であり、間違いなく競馬の歴史に名を残す世界最強クラスのスプリンター牝馬だ。

短距離王国オーストラリアのスプリント戦線を主戦場としながらも25戦25勝GⅠ・15勝というゲームみたいな異次元の戦績を残した彼女が、5歳時に英国に遠征して出走したのがダイヤモンドジュビリーSである。
結果としてはアタマ差での優勝、余裕で数馬身ブッちぎって勝つのが当たり前のブラックキャビアとしては最も苦戦したレースになった。
これにより主戦騎手のルーク・ノレン騎手はちゃんと勝ったのにも関わらずボロカスに叩かれたのだが、翌日にブラックキャビアは脚を負傷していたことが判明。 
何で勝ってんだよおかしいだろ──ということで、ダイヤモンドジュビリーSの勝利はブラックキャビアを「オーストラリア最強スプリンター」から「世界最強スプリンター」に押し上げるものになったと言えるだろう。

ところで、ロイヤルアスコット初日には芝1000mのキングチャールズⅢ世S(GⅠ)があったことを覚えておられるだろうか。
どちらも古馬のスプリントGⅠということで、出走馬はどうなるんだ──と思われるかもしれないが、このクイーンエリザベスⅡ世ジュビリーS、キングチャールズⅢ世S(キングズスタンドS)からの中3日での転戦を敢行する馬が割といる。

例えば昨年は欧州のスプリント女王と言われたハイフィールドプリンセス(Highfield Princess)中3日での出走となり、キングズスタンドSに引き続き1番人気に推されていた。
過去にはショワジール(Shoisir)ブルーポイント(Blue Point)がキングズスタンドS優勝から中3日での転戦を敢行して勝ち、同年制覇を達成していたりする。やればできなくはないのかもしれない。

欧州スプリント戦線の情勢についてはキングチャールズⅢ世Sの解説に際して述べた通り、昨年からずっと王者不在の混戦模様となっている。
このクイーンエリザベスⅡ世ジュビリーSの前売りオッズからもその様子は見て取ることができ、1番人気のオッズは7/1(8.0倍)(6/16現在)に設定されている上、2頭が横並びとなっている。

キンロス(Kinross)
(SPORTING LIFEより)

1番人気タイはキンロス(Kinross)
キングマン(Kingman)産駒の7歳セン馬である。
名前の通り金玉をlossしてしまっているキンロスだが、一昨年にはGⅠ・フォレ賞(パリロンシャン芝1400m)とGⅠ・ブリティッシュチャンピオンズスプリントS(アスコット芝1200m)を連勝。
昨年はGⅠを勝てなかったものの、重賞はGⅡ・レノックスS(グッドウッド芝1400m)とGⅡ・シティーオブヨークS(ヨーク芝1400m)の2つを持って行っている。
戦績からして7ハロンがベストな馬だとは思うが、アスコット芝1200mはGⅠを勝ったこともある舞台で、今回のメンバーの中では実績的にも上位だと言えるだろう。

ミルストリーム(Mill Stream)
(SportsMaxより)

これに並ぶミルストリーム(Mill Stream)は、今年4歳の若きスプリンターである。
昨年はGⅢ・モートリー賞(ドーヴィル芝1200m)で重賞初制覇。GⅠには2度挑戦して跳ね返されてしまっているものの、今年に入っての復帰戦となったGⅢ・アバーナントS(ニューマーケット芝1200m)は2着とした後、GⅡ・デュークオブヨーククリッパーS(ヨーク芝1200m)では僅差でこそあれ勝ち切っている。
割とおじさん達が頑張っているのが今の欧州スプリント戦線なので、ここらで新しい風を吹き込んでほしいところである。

シャルタシュ(Shartash)
(The Irish Fieldより)

前売り3番人気はシャルタシュ(Shartash)
インヴィンシブルスピリット(Invincible Spirit)産駒の本馬も4歳と、今後の活躍が期待されるスプリンターだ。
2歳時にGⅡ・レイルウェイS(カラ芝1200m)を勝って重賞制覇。昨年は低迷したものの、転厩して迎えた今シーズンは2連勝で未だ負け無し、前走はListed・スプリングトロフィーS(ヘイドックパーク芝1400m)を優勝しての参戦となる。
馬主がワスナンレーシングに変わってのロイヤルアスコット開催で、馬主も馬も勢いに乗ってのGⅠ制覇に期待がかかる。

以上の3頭が、前売り段階でオッズ10倍を切る人気となっているが、この他の馬もオッズとしてはほぼ拮抗状態。展開一つ、流れ一つで勝ち馬が変わるようなレースになるのではないかと予想される。
ロイヤルアスコット最終日、5日間に渡りブックメーカーに金を吸われてしまった英国紳士・淑女の皆様が残り少ない夢を託すに相応しいレースになりそうだ。

放送・配信情報

残念ながら、日本のグリーンチャンネルではレースの中継がされない。
英国のiTVやSky Sports Racing、Racing TVでは全レースが中継される他、Dubai Racingなどでも配信される可能性があるが、国内から中継を観るのは難しそうだ。

しかし、開催から1週間後の6月28日には、グリーンチャンネルの「ALL IN LINE〜世界の競馬〜」で「2024ロイヤルアスコット回顧」が放送予定である。
初回は無料放送にもなっているため、是非こちらをチェックして頂き、欧州のGⅠ戦線を楽しんでほしい。

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