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それを魔法と呼ぶのなら

『それを魔法と呼ぶのなら』

作・中村冬雪

舞台演劇・一人芝居用に書いた脚本です。

登場人物

雪村 薫
春野 真幌
ココ

【シーン1】
部屋には未開封の段ボールが積み重なっている。引っ越しを終えたばかり。
雪村は寝室で本を見つけ、居間に戻ってくる。なんだろう、とふっと読みだすと、中に図書館の利用者カードが挟まれているのを見つける。

雪村「…」

少し疑問に思うも、カードを元に戻してそれを読みはじめる。

雪村「例えば、夏じゅうどこかの劇場専属の劇団で背景を描いてたとか、ウェールズを自転車で駆け回ったとか、雑誌社だとか広告会社のアルバイトをやったとか。要するに、誰も彼もなの。みんなのやることが間違ってるっていうんじゃない。いやらしいっていうんでもないわ。ばかげてるっていうんでもないの、必ずしも。でも、なんだか、みみっちくて、つまんなくて―悲しくなっちゃう。そして、いちばんいけないことはね、かりにボヘミアンの真似をするとかなんとか、とんでもないことをするとするでしょ、そうすると、それがまた、種類が違うというだけで、型にはまってる点ではみんなとまったく同じことになってしまうのよ」

ピンポン、とまぬけなチャイムの音。雪村は読書を止めて、玄関へ向かう。
少しの間の後、荷物を持って戻ってくる。

雪村「…」

荷物の差出人を一瞥して、開けもせず適当な場所に置く。そしてまたソファで読書を始めようとする。その時、猫の鳴き声が聞こえる。雪村は驚き、本を置いて鳴き声の方へ。

雪村「…聞いてないぞ…」

猫をなでる雪村。しかし猫はすっと別の方へ行ってしまう。

雪村「…なにも避けなくても」

またソファに戻って本を読もうとすると、ぎいっぎいっという、床がきしむ音が響く。

雪村「…」

雪村は疑問に思うものの、特に異変はなかったのでまた読書に戻ろうとする。するとまた、ぎいっぎいっという音が響く。

雪村「…なんだよ…。何の音だよ…」

ぎいっぎいっという足音。

雪村「なんだよ! ポルターガイストとかですか! やめろよ! やめてくれよ! まだここ来て初日なんですけど! 契約2年でやってるんですけど!」

テレビのスイッチが急につく。驚く雪村。思わずソファの後ろに隠れる。テレビのチャンネルが勝手に切り替わる音。最終的に古畑任三郎の最初の語りのシーンの音声が流れる。(3時くらいの再放送のもの)

雪村「…」

様子を伺いながら、ソファにゆっくりと座り直す。

雪村「…」

リモコンを手に取り、スイッチを切る。

雪村「…故障だよな。なんだよタイミング悪いなぁ!」

するとまたテレビのスイッチがつく。驚く雪村。

雪村「なんだよ! 誰かいるのかよ!?」

テレビからは「古畑任三郎でした。」という声。

雪村「…落ち着け、オレ…。とりあえず落ち着け…」

雪村は自分を落ち着かせようと煙草に火をつける。灰を落とそうと灰皿に手を伸ばすと、ひとりでに灰皿が雪村の方へ。

雪村「…」

あまりのことに声も出ず、一旦灰を落とし、もう一回吸ってみるものの集中できず。火を消す雪村。

雪村「…なんだよ! 誰だよ! 誰かいるのか…!?」

間。

雪村「なんなんだよ…」

こつん、と机を叩く音。

雪村「…いるのか?」

こつん、と机を叩く音。

雪村「もしかして…幽霊、さんですか?」

こつん、と机を叩く音。
ふっと雪村は気づいて本の中の図書館の利用者カードを取り出す。

雪村「…もしかして…春野真幌、さん、ですか?」

こつん、と机を叩く音。

雪村「前の住人、ですか…?」

こつん、という音。少しの間の後、猫の鳴き声が響く。

雪村「その猫、あんたの猫なのか」

こつん、と机を叩く音。

雪村「なんで成仏できてないんだ?」

少しの間の後、猫の鳴き声。

雪村「その猫が心配なのか」

こつん、という音。

雪村「…そうか」

間。

雪村「…あのさ、…オレを呪ったりしないか?」

こつん、という音。

雪村「…そうか」

間。

雪村「…オレに危害を加えない、なら…、…ここにいても、いいぞ」

こつん、という音。なでられて気持ちよさそうな猫の声。

【シーン2】
包丁がまな板を叩くこんこん、という心地よい音。じゅうじゅうと炒めたり、ことことと煮込む音が響く。雪村が起きてくると、テーブルの上には料理が置かれている。ご飯、味噌汁に小鉢が数品というヘルシーな和食である。雪村は笑って、それを食べ始める。

雪村「…うまい。…今日もおいしいよ」

こつん、という音。

雪村「こんなに和食が上手いなんて、もしかしておばあちゃんか?」

こつんこつん、という音。

雪村「何歳なんだよ」

少しの間の後、こつんこつんこつん…と何度もたたく音。

雪村「待てよ。覚えてられないって。…オレは29だ。それより上か?」

こつんこつん、という音。

雪村「じゃあ下か?」

こつんこつん、という音。

雪村「タメか」

こつん、という音。

雪村「…まじか」

間。

雪村「…結婚はしてたのか?」

間があって、こつん、という音。

雪村「そうか」

テレビの電源が勝手につく。ニュース番組の音が聞こえる。雪村はリモコンをいじって番組表を見る。

雪村「あ、今日古畑の再放送やってないぞ」

間。

雪村「(笑って)…幽霊もショックとか受けるんだな」

こつっ、と頭を小突かれる雪村。

雪村「いたっ。やったな。陰陽師とか呼んで成仏させてやろうか」

こつんこつん、という音。

雪村「冗談だけどさ。…あ、そうだ」

雪村は段ボールから小さな、おもちゃのピアノを取り出す。

雪村「なんか会話するとき、これ使ってくれよ」

間。

雪村「あ、いや、これ…娘が使わなくなってたおもちゃなんだけど、引っ越す時なんとなく捨てれなくてさ…」

ぽん、とピアノの音。

雪村「…うん、その方がいい」

ぽん、というピアノの音。雪村がごはんをまた食べだすと、そのピアノからメロディが聞こえる。

雪村「ピアノ、弾けるのか」

ぽん、というピアノの音。

雪村「ピアノの先生だったとか?」

ぽん、というピアノの音。

雪村「正解なのか」

突然アラームのような音がピアノから鳴り響く。

雪村「なんだよ。…あ、時間か。やばっ」

急いでごはんを胃袋に入れ、雪村は準備をする。

雪村「あ、…いってきます」

ぽん、というピアノの音。雪村は笑って、家を出ていく。

【シーン3】
がちゃがちゃと鍵を開ける音。ごたごた靴を脱いで、雪村が入ってくる。雪村は手にコンビニ袋を下げている。

雪村「ただいま」

ピアノの音。

雪村「…疲れた」

ピアノの音。

雪村「大丈夫。あ、そうだ」

ごそごそとコンビニ袋をあさり、ネコ缶をだして置く。

雪村「…おいしいか?」

猫の鳴き声。

雪村「そうか」

雪村はコンビニ袋から缶ビールを二つ出す。

雪村「なぁ、飲まないか?」

間。

雪村「あ、酒苦手か?」

ぽんぽん、とピアノの音。

雪村「なら、一緒に飲んでくれないか。飲み会で疲れちゃってさ。微妙に気を使われててさ。それがわかっちゃったから、こっちがまた気使ってさ。気の使い合いだよ。帰りに猫のごはん買いに行ったら、あんたと飲み直せばいいかなと思って」

ぽん、という音。雪村は二つとも缶を開けて、テーブルの上に片方をそっと置く。

雪村「…飲んでるのか?」

ぽん、という音。

雪村「…そうか」

間。

雪村「…そういえば自己紹介してなかったよな。オレは雪村薫だ」

ぽん、という音。

雪村「あんたは春野 真幌だろ? …良い名前だよな」

ピアノの音。

雪村「ありがとうって言ってんのか?」

ぽん、という音。

雪村「…よろしく」

少しの間の後、雪村は笑い出す。

雪村「よろしくもなにもないよな。こんだけ過ごしてきて」

ピアノの音。

雪村「あ、そういえばお前スーツのポケットのライター抜いて、とんがりコーンに変えたろ。やめろよな。しけってて、まずかったよ」

ピアノの音。

雪村「食べたよ。もったいないだろ」

笑うようなピアノの音。雪村も笑いだす。

雪村「あんたのおかげでずいぶん健康になった気がするよ。ご飯が毎日出る生活なんて、久々だよ」

ぽん、という音。

雪村「…ありがとな」

ピアノの音。

雪村「…あんたと、生きているうちに出会いたかったよ」

間。

雪村「…あんた、なんで死んだんだ?」

間。猫の声が響く。

雪村「…」

ピアノの音が響く。少しづつメロディになり、シーンが変わっていく。椅子が二つ、向かい合わせに置かれている。舞台はレストラン。向かいの元妻へ雪村は離婚届を渡す。

雪村「…書いたよ。あぁ、あとはそこを埋めればいい。…今書くのか?」

間。

雪村「今、何してるんだ? あ、いや仕事の話だよ。 …なんだよ、その言い方。普通に言えばいいだろ? いちいち突っかかるような言い方しなくてもさ。いいだろ別に少しカバンをテーブルに置いたくらい。第一、今そんな話してないだろ? いつもそうじゃないか。オレにも確かに良くないところはあるさ、それはわかってる。でもお前だってそうだろう? オレだけが悪いのか? なぁ、お前だって悪いんだよ」

間。

雪村「(ウェイターに対して)あ…。えー、とりあえずいいです」

間。

雪村「…わかった」

間。

雪村「…わかった」

雪村は立って、店を出る。

雪村「…じゃあな」

雪村は歩いて行く。ピアノの音が上がり、けたたましい事故の音とともに静かになる。

雪村「…好きだった。愛していたんだ」

間。

雪村「…あんたも同じなのか?」

ぽん、という音。

雪村「…子供は?」

ぽんぽん、という音。

雪村「…そうか」

間。

雪村「どうしたらよかったんだんだろうって、ずっと、もしもがループして、前に住んでたとこから逃げてきたんだ。ここに」

間。

雪村「やっぱりあんたと、生きているうちに出会いたかったよ。そうしたらさ、もしかしたら…」

間。

雪村「…酔ってんな、オレ。寝るわ」

間。

雪村「…おやすみ」

ピアノの音。

【シーン4】
ごはんを作る音。しかし不慣れでがちゃがちゃと音がする。

雪村「おい、これどうするんだよ?」

教えるようなピアノの音。

雪村「えっと…、大さじってどれだ。これか」

おたまを出す。ピアノがアラームのような音を響かせる。

雪村「え、じゃあどれだよ…」

空けていた引き出しからカン!という金属音。

雪村「これか!」

小さじのスプーンである。アラームのような音。

雪村「なんだよ…。違うのか。あ、これか!」

やっと大さじのスプーンを発見する。しかしアラームのような音。

雪村「大さじは流石にきっとこれだろ? まだなにかあるのか?」

よく言えば香ばしい、普通に言えば焦げ臭い香りがする。

雪村「あっ、まじか」

火をとめるが、見るも無残である。

雪村「…はぁ…」

ため息をつき、放り出してソファーに転がり出す。

雪村「やっぱ無理だ」

注意するようなピアノの音。

雪村「わかってるよ。オレが頼んどいて申し訳ないけどさ」

注意するようなピアノの音。

雪村「いや、でも見ただろ? あの惨状だぞ? 卵スープ作ろうと思って全て焦げて灰だぞ? なるか? 普通汁物から「汁」が全てなくなって、残った汁物の「物」の部分が全て炭になるか?」

励ますようなピアノの音。

雪村「…はぁ、仕事辞めて、炭工房で働くかな」

ピアノの音。曲が鳴り始める。

雪村「…それ…」

Calling you という曲を弾き始める。

雪村「…」

そうっと、聞き入る雪村。演奏はサビに行き、終わる。

雪村「…それ、好きな曲なんだ」

知ってる、というようなピアノの音。

雪村「あぁ、オレがCD持ってるの見たのか」

ぽん、というピアノの音。

雪村「ありがとう」

励ますようなピアノの音。

雪村「あぁ、わかった。よし、もういっかいやってみるか」

応援するようなピアノの音。

【シーン5】
朝になって、起きてきた雪村。

雪村「…おはよう」

朝ごはんがないことに気づく。

雪村「…どうした? おい。 …真幌!」

間。

雪村「真幌? おい! 真幌?」

はっと気づいて、猫を探す雪村。見つけた猫は死にかけていた。

雪村「おい! 大丈夫か? まだ、まだ死ぬな! だめだ! お前が死んだらあいつは…」

気づいて、スマホを取り出して調べ始める。

雪村「…動物病院は近くに…。くそ…」

こつん、と壁を叩く音。

雪村「…いるのか!」

こつん、という音。

雪村「早く、こいつを動物病院につれていく。だから―」

こつんこつん、という音。

雪村「…なんで、…なんでだよ!」

間があって、こつんこつん、という音。

雪村「ひどすぎるだろ。なんでこんな終わり方…」

間。

雪村「なんでだよ、真幌?」

間。

雪村「…行かないでくれ」

間。

雪村「頼む…行かないでくれ。ダメだよ。ずっと別れてからダメだったんだ。でも今はさ、真幌のおかげなんだよ。頼むよ。行かないでくれ。頼むよ…」

ふっと、雪村は温かい、腕の感触を感じる。

雪村「…」

雪村は、抱きしめられている感触を、感じる。

雪村「…ありがとう」

雪村がその腕を握り返す。そしていつか、その手の感触はなくなっている。

雪村「…ありがとう」

雪村は残った温もりを、一人抱きしめている。

【シーン6】
朝。まだ慣れない料理に四苦八苦している音。スーツ姿の雪村は少し焦げた料理を運んで入ってくる。ソファに座ってテレビをつける。ニュースの音声が流れてくる。

雪村「…」

ふと、周りを見わたす雪村。彼女がいないことを感じながら、料理を食べる。

雪村「まずっ」

腕時計を見て、時間がないことに気づく。

雪村「あっ、やべっ」

朝食を急いで口にほおばり、準備をする。カバンを持ち、行く準備ができた時、ふと雪村は振り返る。

雪村「…いってきます」

行ってらっしゃいというピアノの音が聞こえた気がした。
雪村は微笑んで、外に出ていく。

〈了〉

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