運が味方につきたくなる人

受験に落ちた。
第一志望はもちろん、
滑り止めも含めて全滅。
人生で初めて味わう挫折だった。

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幼い頃からずっと絵を描くことが好きだった私は、美大進学を目指して高3の春から、
美大受験専門の予備校に通っていた。

「絵、上手いね!」
ずっと周囲に言われ続けてきて、
自分でもそれなりに上手いと思い込んでいた。

けれど予備校に行けば、
自分より上手い人なんてたくさんいるし、
描きたいものを自由に描くことと、
出されるお題に沿って画面構成を考える受験対策とではまるで勝手が違う。

幼い頃からずっと好きで、
人生で一番やりたいことのはずなのに、
「描くこと」が初めて苦しくなってしまった。

それでも自分なりにたくさん努力して、
なけなしの自信をかき集めて、
試験に臨んだ結果は、

惨敗だった。

*****

卒業間近の3月。
無事に受験が終わって、
バイトや免許の話を楽しそうにするクラスメイトたちの姿に苛立ち、
テレビで新生活系のCMが流れると、
春から私の新生活は始まらないんだよなぁ…
と悲しくなり、涙を堪えて見つめていた。

第一志望を目指して浪人したいことを
両親に泣きながら頼み込み、
(決して反対されていた訳ではなく、
もう一年金銭的に負担をかけてしまう申し訳なさと、一浪しても受かる保証がない不安とで泣けた)
春からまた予備校に通うことに決めた。

浪人の意思を伝えるためだっただろうか。
予備校に出向くと、
同じく現役生の、ある女の子とばったり会った。
私が浪人すると決めたことを
まだ知らない彼女は、
「どこに受かったの?」と何気なく
(本当に一切の嫌みもなく)訊ねてきた。

「どこも受からなくて…春から浪人することにしたんだ…」
と少し俯きがちで答えながら、
彼女が次に言うであろう言葉を私は瞬時に予想した。

「頑張ってね!」
「応援してるよ」
「きっと大丈夫だよ」
「大学で待ってるね!」

彼女は、
私が一番行きたかった大学の、
一番行きたかった学科に現役で合格していた。
それ故に、いわゆる「勝ち組」の子
(だと私が勝手に思っていた)に対して、自分の結果はなんて惨めなのだろうと、必要以上に卑屈になっていたのだ。

けれど
彼女が次に言ったことは、
私が予想していたどの言葉でもなかった。

「じゃあこれからもっと上手くなるんだね!」

私はハッとして顔を上げ、
そうか、私、これからもっと上手くなれるんだ。と心の中で彼女の言葉を反芻した。
真っ暗で先の見えなかった未来に、
一筋の光が刺したような気がした。

と同時に、自分の器の小ささに恥ずかしくなり、体がカーッと暑くなった。
もし私と彼女が逆の立場だったとして、
とっさに同じような言葉が出てくるだろうか。
何の迷いもなく発せられた彼女のその言葉は、お世辞ではなく、本心で、真っ直ぐに、
私に伝えてくれたものだとわかった。

卑屈でささくれ立った私の気持ちを救ってくれたその言葉は、その後の辛くて長い、
浪人生活の支えの1つとなった。
それからたくさんの苦難を乗り越え、
第一志望ではなかったものの、
次の春には無事に美大合格を果たした。

*****

彼女とはしばらくメールのやり取りをしていたものの、いつの間にか疎遠になってしまった。
けれど10年近く経った今でも、
彼女に対して感謝している。

受験に失敗したダメな私、
浪人して両親に迷惑をかける親不孝な私、
他人の成功を羨んでひがむ嫌な私、
その全てをたった一言で救って、
背中を押してもらったから。

そして今になって当時を振り返り、
こう思う。
ああ、そりゃあの子は受かるよなぁ。
運が味方についているもの。
いや、むしろ運の方から味方につきたくなる人だよね。
もちろん彼女に、
合格に値する実力があったことは承知の上なのだけれど。

けれど彼女の、
周囲に向ける優しさが、

「叶わなかったこと」ではなく「これからの可能性」に目を向ける前向きさが、

周りまわって彼女自身の成功を後押しする何かになっているのだろうと思わずにはいられなかった。

*****

私も彼女のような人になりたいと思った。

応援や慰めだけじゃなく、
目の前のその人が、その人自身を嫌いにならずに済んで、ほんの少しでも光が見えてくるような言葉を、選んでかけてあげられる人になりたい。
(なかなか難しいのだけど)

いや、意識して選んだ言葉でなくても、
自分の言葉が思いがけず誰かの支えになれていたら良いな。

人に優しく、己の運命を恨まず、
運を味方に、生きていくのだ。

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