日記(2023/03/21) 「映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形 稲田豊史」読了 #まじ日

「映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形  稲田豊史」読了。

映画を早送りで観る、ネタバレを先に読む、リストを消化するように作品を見るといった鑑賞方法(?)は、情報量が多い、忙しい、間違えたくない、周りに置いていかれたくない、ストレスを抱えたくないと言ったら感情からくるものであり、景気や時代性、インターネット、特にSNSによって引き起こされたある種の必然と言ってもいいようなものとのことでした。傷つくのをあまりに恐れるのも、そのように育てられてきたからだし、コスパやタイパを重視するのも、そう教育されてきたから。

「オタクに憧れる」のは、「プロフィールを埋めたい」という欲求からきているのは、なるほどなと思いました。感覚はなんとなくわかる。
好きを自由に選択できる時代は、好きがないと生きづらい時代なのではという話をこないだの概念会でもしましたが、当たらずしも遠からずというか、「好き」が自分を示すアクセサリーになっており、アクセサリーがないと不安だというのは、結局いつの時代も変わらないのでしょう。
しかし、いったんオタクを名乗れれば安心という感覚は、隔世の感があります。

私が1番ウッとなったのは、「倍速再生は、作品を鑑賞するのではなく、コンテンツとして情報を消費しているのだ」という記述でした。これは、とても身に覚えがあります。
倍速再生でなくても、わざわざ買ったコンサートDVDや、高画質で録画している音楽番組を、めちゃくちゃ適当に見ているとき、とてもじゃないけど鑑賞しているとは言えないことがあります。わざわざ買ったのに一度しか見ないものもあるし、何も記憶に残っていない時も多々ある。それでも、「見た」という事実が欲しい。
これは一体なんなんだろ?と常々思っていましたが、情報を消費してたんだな〜と納得感がありました。で、この、消費する(してしまう)状態に、SNSが関係しているのも、直感的にすごくよくわかりました。
私は、それに抗いたい気持ちがまだあるので、最近は、とにかく携帯を触らないように気をつけています。。。
あと、待てないとか、わからない状態に耐えられないとか。とにかく耐性がないのは私も自身に対してめちゃくちゃ思い当たる節があるし、その傾向が強くなっている感じもしてめちゃくちゃ嫌。。。

本著が見せてくる若者像は、周りと自分の間が狭く、息苦しそうだなとも思ってしまいました。
とはいえ、全くわからないかというと、そうではなく、当たり前ですが、世代でパキッと何かが分かれることはなく、縦にも横にもグラデーションなんだろうなとしみじみしました。

世代論は、批判するのでも賛同するのでもなく、ただ理解するのだと強く意識しないと、すぐに自分に引き寄せジャッジしたくなります。ということで、映画を早送りで観る人たちの多く≒Z世代のコンテンツ消費について書かれた本著も、あえて「なるほど」以外に意識がいかないようにして読んだつもりです。
けしからん!も、かわいそう!もなくして読むのは、正直なかなか難しかったです。

まぁ、でも、なんかずっと言われてきたようなことのような気もする。やっぱり変化は急ではなくて、徐々になんだろうな〜と思いました。

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