4/24 滝沢歌舞伎中止に関して思ったことをつらつらと。

本日(2021/04/24)、緊急事態宣言の発令に伴い、GW期間中の滝沢歌舞伎の中止が決まった。

中止。延期の予定はなし。

幕が開いて、泣いているお客さんを見て涙がこぼれそうになったと話す自担の姿が浮かぶ。

実際に泣いていたらしいメンバーの顔が浮かぶ。

「歌とダンスが好き。特に歌。」と、パフォーマンスへの想いを語る自担の雑誌のテキストが脳を離れない。

悔しい。

ジャニーズにはバラエティやお芝居やたくさんのお仕事があるけれど、やっぱり「歌とダンス」が原点であり一番輝く瞬間だ。

Snow Manはワールドツアーも中止・延期となり、デビューライブは配信に切り替え、未だに一度もファンの前でパフォーマンスできていない。

やっと幕を開けた滝沢歌舞伎ですら、中止?

どうして?

出演者とそのまわりの大勢のスタッフが稽古に時間をかけお金と労力を使って公演に向けて準備してきた。

そして、生身の人間たちによる、その年の、その期間の、その日、その瞬間にしかできない公演。

スポーツに興味がない私には、正直よく知らない人たちが戦うオリンピックより、大好きな人たちが一番輝く場所の方が大切で、尊くて、貴重だ。

会食してクラスターを起こしているお偉いさんより、PCR検査など感染対策を徹底しながら稽古に励んでいた自担たちを信じたい。

しかし、行政から要請が出たら本人たちがいくらやりたくても従うしかなくて、文句を言おうとも「国民の健康」という大きな人質が取られている限りどうしようもない。

百合子や菅さんに文句を言ったところで「国民の命を救うため」と言われたら口を閉ざざるを得ないのだ。

翔太並みの大声で天に向かって「クソがぁ!!!!!」と叫びたくてしょうがないのだが、そんななか、本日は新橋演舞場の幕が閉じなかった。



レポを読んで、私は素直に素敵だなと思った。

そもそも前提として私はチケットがご用意されなかった類のオタクなので、特に何も思わず。

これはSnow Manの意地の表れだ。 

この選択ができたSnow Manに座長としての頼もしさと逞しさを感じた。

こんなことをツイートしたのだが、トレンドをふらふら見てると、肯定的な意見ばかりでないことに気がついた。

今日ギリギリ入れた人たちが観劇+お手振りでのお見送りという特別待遇を受けたことに対する、中止公演に入る予定だった人たちからの批判だ。

そりゃそうだ、今日入った人たちは最後まで見れたわけで、「みんなで壁を乗り越えてまた笑顔で会いましょう」という言葉は行けなかった人たちに伝えないと意味がない。

「中止組には何の配慮もないの?どうして行けてる人たちが得をするの?」


……


確かに私は最近ちょくちょく自軍のwebや雑誌での発言に寂しさを感じていた。

はっきり言ってしまうと、

「久しぶりに会えるね!」は今回初めて現場入る新規を無視してるし、「会えるの楽しみにしてる!」は様々な事情でチケットが手元にない人たちを無視しているし、「やっぱ生だなと思った!」は円盤で我慢している人を無視していると捉えることができる。

本人たちがそう思っていないのはわかっているけども。

私はそれに対しそこまでがっつり「無視されてる!」とまでは思わないが、「あ〜私じゃない誰かに向かって話してるな〜」とは思う。ちょっと寂しい。

本人たちにとって私たちは「ファンA」「ファンB」ではなく、「ファン」というひとつの集合体として見えているのかもしれない。

私たちが本人たちの虚像を追い求めるのと同様に、「ファン」という無数の集合体にひとつの人格を与えて、全体としての動きの傾向のみを汲み取っているのかもしれない。

私たちは彼らの名前も顔もわかるけど、彼らはきっと私の名前も顔も知らない。特にここ数年で何十万という単位でファンが増えた中で、個々の事情まで想像することができないのも無理はない。

でも、ただの他人ではく、「アイドルとファン」という特殊で深い関係だ。

確かに、「幕を開け続けます」は幕が上がらない人に向かって言わないと意味がない。

ただ、私たちがそこまで望んでいいのだろうか。

強欲なオタクになってはいないか。




如恵留くん(川島如恵留/Travis Japan)は誰もとり残さない全方位型アイドルで、私はそれを大尊敬している。

想像力ってきっと人には誰しも大切なもの。

レストランで席を立つ時は食べ終わったお皿やコップを集めた方が片付けやすいだろうなぁ、とか

Twitterで話しているこのアカウントの向こう側には人間がいるんだよなぁ、とか

世の中に「男性」と「女性」だけではなく「それ以外の人」もいるよね、とか

私たちにいつでも笑いかけてくれるアイドルにも生活があって心があって傷ついたり悲しくなることもあるんだよな、とか。

想像力があることで誰かに優しくなれる。


何事も炎上しやすい昨今、この「想像力」はアイドルに必要な力となってきているのかもしれない。

「こういう人がいるかもしれない」という各個人を慮る想像力。

そしてこの想像力を持つ人を私は本当にすごいなぁと尊敬するのだが、だからといってそうでない人を咎めるようなことはしたくない。

とはいえやっぱり、チケットがご用意されなかった私への配慮があると嬉しいな🥺ぐらいのことは思う。

そんな感じのことが、脳内にぷかぷか浮かんでは、消える。


……


この文章に結論は特にない。

誰かに私はこう思う!だからこうして!と言いたいわけではないし、すののアンチすな!ってことでもない。

本当にとりとめのない話ではあるんだけど、ツイートするには長くなりそうだったのでnoteに考えたことメモしてみただけという話。



そしてこうしてnoteを書いているうちに、日常が更新。

私はやっぱりめめの文章が大好き。

本人だって辛いのに、「みんなの声届いてるよ」って私のことも救ってくれてありがとう。

私たちが前を向けるように、優しい気持ちでいられるように導いてくれてありがとう。

めめの芯があり優しさに溢れる言葉はいつでも私にまっすぐ届いてぽかぽかしてちょっと泣きたくなるような気持ちにさせてくれます。

「自分達や大切な人達のために起きてることだって強く、出来るだけリアルに考えてほしい」

私もまだまだ想像力が足りなかったなと反省しました。

自軍とそのオタクたちが次こそは【全員】笑顔で会える日が来ることを祈って。(ということでわたしにもチケットのご用意よろしくな!)


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