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【おかげさま】4年 野口祐星

始めまして、今回のnoteを担当させていただきます、Dチーム副キャプテンの野口祐星です。最近覚えたサッカー選手は、オリバーカーンです。よろしくお願いします。

自分は3年生のジャージを着ていたり4年生のジャージを着ていたり、わからない人も多かったかもしれませんが4年生であり、今年引退となります。3年生のジャージを着ている理由としては、一年遅れて入部したからです。結論から言うと、日本体育大学の水泳部に入部したかったからです。ですが、水泳部はものすごくレベルが高いみたいで、高校での記録を持っていないと入部できないと聞きやめました。コロナ禍というのもあり、授業もオンライン、部活もない、つまらない人生を送っていました。

そこで、高校のサッカー部の監督に声をかけてもらい、「サッカー部入れよ」と言っていただき矢野さんに連絡してくださり、約8ヶ月遅れての入部をさせていただきました。

大学サッカーをできたのは高校のサッカー部の監督のおかげですので、引退したらまず感謝の気持ちを伝えたいです。


いきなりですが皆さんは、「ありがとう」の対義語をご存じですか?
意外と知らない方が多くいると思います。

「ありがとう」の対義語は「当たり前」です。

ありがとうの語源はご存じの通り形容詞である「

有り難し」という言葉で、本来は滅多にないや貴重であるという意味を表しています。
このことから、「ありがとう」の反対語は「当たり前」になることがわかります。

そこで毎日の生活の中で、当たり前と思っていることを振り返ってみてください。
実は当たり前だと思っていることが、たくさんの人に支えて成り立っていること、身近な家族のおかげで可能になっていることに気づきましたか?

当たり前のようにできているサッカーは当たり前ではなく「ありがたいこと」なんだということ。この事を頭に入れて下記を読んでいただけたらと思います。

ブログの内容がまとまってないため少し四年間の振り返りをしようかと思います

先ほども述べた通り、自分はサッカー部に今の4年より約8ヶ月遅れて入部しました。
そして、入部してから3ヶ月が経ち、Dチームのコーチに練習後に呼び出され話と聞くと、「お前来年のセレクション受けることになったから」と言われました。
自分はその言葉を簡単に受け入れることができなかったが、指導者に反抗できる関係ではなかったため「はい」と言いました。
セレクションを受ける前には、「大丈夫。落とさせることはない。ただ形として受けてもらうだけ」と言われ安心していたら、、、、、
1ヶ月ボールを触らせてもらえず走らされました。
結果、落とされました。
納得はいかなかったが、悔しいと言うよりも、連絡してくださった高校のサッカー部の監督への申し訳ないと言う気持ちの方が強かったです。そのため、すぐに結果報告と謝罪文を送りました。しかし、いろいろあり約一ヶ月後に全員が入部することができました。
セレクションには落ちたにも関わらず、入部しモヤモヤしていましたが、唯一同学年の同期である、荒内陽樹・白浜大陽にはすごく助けられました。ありがとう。

それから、学年も上がりカテゴリーコーチがボンさん(櫻井コーチ)になり落ち着くと思いきや、地獄の3部練。この際自分は「右足首外側靱帯断裂」をしてしまい、全治約8ヶ月の怪我をしました。医者には大学生のうちには復帰は難しいと言われ、サッカーをやめようか考えた。しかし、手術をすることを決意し三年の後期に復帰することができました。
ボンさんは自分に厳しくしてくださりました。サッカーには関係ないところでも怒られました。ですが、ボンさんの3部練や指導が今の自分に役立っていると思います。
ありがとうございました。

そして、4年になりカテゴリーコーチは学生コーチである、牧監督(牧野 凌士)になり副キャプテンを任されました。初の副キャプテンというのもあり、心配でした。最初は自分が思っていたよりチームがまとまっていたが、慣れていくうちに遅刻者や欠席者が増えていき部則が曖昧になっていきチームが少しずつ乱れていきました。自分ではどうしようもできずやる気をなくしていたところで、牧監督に副キャプテンを降りるかという相談をされたタイミングで、もう一人の副キャプテンは部活を辞めてしまったが、自分は高校のサッカー部の監督が入部する前に言ってくれた、「やり通すことに意味はある」ということを思い出し、継続することにしました。
今思えばあの時叱ってくれた牧監督にも感謝しています。

最後にはなりますが、ここまでサッカーをしてきて出会った仲間は初め、自分がサッカーをするにあたって支えてくださって家族や監督、コーチ陣には言葉では表せないくらい感謝してしています。
本当にありがとうございました。

名前:野口祐星(ノグチユウセイ)
学年:4年
学部:体育学部体育学科
経歴:JFC→日本体育大学荏原高等学校