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縫製工場で働くこと。|エヌエスプロ代表の紆余曲折

こんにちは!

福島県福島市にあるレザーウェア縫製工場、エヌエスプロ代表の杉山です。

前回まで会社のことを紹介してきたのですが、書いている自分のことを何もお伝えしていませんでした😂

今回は自己紹介がてら、これまでの自分の振り返りをしてみようと思います。これから縫製工場に入ろうか悩んでいる人の参考に、は、、、ならないかもしれませんが、ひとつの人生のサンプルとして見てみてください!4000字あるので、気になるところだけつまみ読みしてくださいね~。

1.縫製工場に入るまで

わたしとアパレル業の関わりは、高校卒業後地元の商業施設にあったテナントに販売員として入ったことからはじまりました。

当時地方の販売員は、顧客とのつながりがとても大切で、売り上げの多くがリピーターの方によるものでした。わたしも月のノルマにいかなそうな時は顧客さんに営業電話をかけて来てもらったりして…。でも仕事を続けていくうち、自社製品の縫製品質が気になるようになり、自分のやっていることは顧客さんのメリットになっていないのでは?と、疑問に思うようになっていったのでした。

その後、若気の至りでなんやかんやあり、販売職はやめることになります。次も決めずにやめたので、見かねた両親が、知り合いの縫製工場を見学する段取りを組んでくれました。その縫製工場が今の会社の前身、株式会社セイコーです。

学生時代に家庭科でやっていた裁縫は得意でしたが、本革は見るのも初めてで、工業用ミシンのことも、洋服のパターンのことも、ほとんどわかっていませんでした。でもその時縫製をしている職人さん(のちの師匠です)のことを見て、洋服を作るということをもっと知りたい!と思っちゃったんですよね。全然知らないことだったので、逆に好奇心をそそられたんです。

2.縫製工場での修業時代

未知の世界に飛び込む覚悟で入社しましたが、それでもそこから2年間は本当につらかったです…。指示通りに部分を縫う、ひたすら部品を作ってるような感じ。一着を通して縫ったことがないので、何をやっているか把握できず、達成感が感じられない日々が続きました。服を作っている感じがしなかった。

わたしの師匠はあまり教えてくれるタイプではなかったので、やり方を目で盗んでまねすることをひたすら繰り返していました。するとある日、洋服を作るための技術のピースが全部そろう瞬間がやってきました。2年間かけていろんな場所の部分縫いを続けることで、すべての工程を体で覚えたんだと思います。効率よく教えてもらえていたらもう少し早く習得できたのか、もともとこれぐらい時間がかかるものだったのか、今となってはよくわかりませんが、とにかく全部縫えるようになって、そこから仕事がとても楽しくなったのを覚えています。

ある程度出来るようになると、縫うことに自信がついて、師匠を超えたんじゃないかと感じるようになりました。今考えると全然超えてないし、ただの慢心なんですが、その時はそう信じてたんですよね😅なので、そこからは、自分なりに縫製以外で自分に足りていないことを考えるようになりました。

一通りの工程をできるようになったということは、後続に技術を伝えていく立場になったということも意味します。人に教えることは苦じゃなく、むしろ楽しかったのですが、感覚的にわかっていることを伝えるのが難しく、パターンの理解が自分にとって足りていないと感じるようになりました。

そこでわたしは、文化服装学院の夜間部に行くことを決めます。せっかく育った従業員がいきなりいなくなるなんて、代表の立場から考えるとなかなかの痛手だなと思うのですが、そのとき師匠は、何も言わずにわたしのことを送り出してくれました。いろいろ思うところはあったと思いますが、師匠には本当に感謝しています。

3.専門学校時代

文化を選んだのは一番有名な専門学校だったからです。とりあえずここに行けば一通りのことがわかるだろうという、打算的な考えでした😅

いいことも悪いことも色々ありましたが、わたしにとって身になった部分はとても多かったです。

パターンを学ぶことで、自分の持っていた技術や知識と、洋服を作るための理屈が繋がったこともそうですし、資料が充実していて、見たことのなかった珍しいミシンをたくさん見られたこともそうです。ピンキリでしたが、本当にすごい講師の方もいて、上には上がいることを知ることができたのもそうです。あとは今も繋がりのある友達ができたことも大きかったですね。

4.メーカー勤務

学校が夜間だったので、昼はアパレルメーカーの技術部に勤めていました。不良を防ぐ縫製方法を研究して、工場に指導する仕事です。規模の大きい会社だったので、教えることにやりがいがありましたし、お客さんが思ってるダメな部分と、工場がダメだと思ってる部分にずれがあることを客観的に理解できました。これって作ってるだけだと忘れがちなことですよね。。今は作るばっかりなので忘れないようにしないと…。

この頃学んだことも、今に生きています。革に適した形、付属、縫製方法を考えること。検品の大切さ。量産とサンプルが違うもの上がることがあるので検品所で毎回チェックしていました。

反面教師としての側面もありました。素材とデザインとパターンと縫製の担当が集まって話し合う事がなかったので、情報がきちんと共有されず、同じような理由で出るB品が多かったんです。

その後、会社の経営が傾いた影響でリストラにあいます。捨てる服を作っているところは続けられない、ということを肌身をもって感じました。就職氷河期真っ只中でした。

5.フリーランス時代

ボーっとしてたら師匠から帰ってこないかと連絡があり、卒業後は福島に戻ることになりました。

学校で工程分析を覚えてきたので、縫製主任として仕事を回すための知識が深まっていました。3年もやっていないと現場の感覚忘れちゃうな~と思いつつ、1年かけて仕事の勘を戻したのですが、そこで震災がありました。

一旦長野の実家に戻り、師匠から仕事をもらいつつフリーランスになります。最初はそれだけだとやっていけなかったので、バイトも掛け持ちしながら。とても不安な時期でした。

続けていると仕事が増えていきました。営業もしていなかったので、これは奇跡だったと思います。結果的に長野からだと納品が大変だということで、納品先の東京にまた移ることになりました。

ちなみに、その時に決めたの個人事業主の屋号がエヌエスプロです。

フリーランスで革のサンプル縫製をはじめて、やりたいときにやりたいだけミシンを動かせて、出勤しないで仕事ができるのは、とても楽だなと最初は思っていました。でも、続けるうちに請け負った仕事はどんなことがあっても自分でやりきるしかないし、繁忙閑散の波がすごくて、生活と仕事のプレッシャーに押しつぶされそうになりました。会社に属していた時は、他の誰かが責任を担保してくれていたんだな、と感じました。

そうこうしているうちに、セイコーのほうにも少しづつ仕事が戻ってきたようでした。師匠に誘われて、半月ぐらい滞在して仕事をすることが何度かあり、最終的には効率のことを考えて福島にまた戻ることにしました。

6.エヌエスプロ代表になる

最初は雇われだったのですが、ある日師匠に全部やるよっていわれて、突然社長になりました。

これまでのキャリアで財務も経理も、まして会社運営なんてやったことがなかったので、ゼロから勉強することになり、それはそれは大変で、今もまだ大変です😂社長になってからのいろいろあった話もあるのですが、それはまたの機会にさせていただくとして、今5年目です。やっと社長になったことを取引先の方が覚えてくれてきている感じですねー。

この前文化時代の友達と話していた時に、専門学生の時からずっと工場やりたいって言ってたから、夢が叶ってるんじゃない?といわれました。いわれてみればそうかもしれない。でも自分の理想の工場になっているかは、まだこれからだと思うので、半分叶った、ということにしておこうと思っています。

7.理想の工場

お店に行って、大量生産品がずらーーーっと並んでいるのを見ると、いつも感動してしまいます。ひとつひとつに人の手がかかっているのに、同じ品質に仕上げることの苦労がわかるからです。

わたしは、一点もののすごい服をつくるよりも、同じ品質のものを作り続けられるようにすることにやりがいを感じるんですよね。安定した品質でいつも生産できること。

でも、革ってひとつひとつが全部違っているので、いくら均質にしようとしても、まったく同じにはならないんです。そこがジレンマではあるんですが、完全に均質にできないものを、どうやって同じ品質にできるかと考えることが楽しい。

仕事はいつも、クライアントの理想、納期、スタッフの技術の間で製品をまとめることになるので、その時のベストで仕上げていく形になります。もちろん検品はしますし、うまくいっていないものはやり直しますが、いつも課題は残ります。仕事の流れの作り方、作業のお願いの仕方、仕上げの方法などなど。いつも”次はもっとがんばろう”が続きます。

いつか品質の高いものをいつでも均等に作れるチームができるのが、まだ叶っていない残り半分の夢かもしれません。

あ、でもそうなったらなったでやりがいがなくなっちゃうような気も…それもジレンマですね。とりあえずやれることからがんばります!

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8.おわりに

こうして見返すといろんなものに振り回された変なキャリアですが、軸は縫製に置きながら、いろんな角度で洋服に関わってきたなーと思います。まだまだ知りたいことばかりなので、これからもチャレンジは続けていきたいですね。

今回は非常に長い文章になってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました!

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