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センターに立つ人を羨望の眼差しで見る

いちはらさん

やはり,北海道の真夏日は爽やかですか。あぁ,思い描いていたとおりで嬉しいです。

そういえば,わたしの弟が大学生の時に,部活の遠征のためフェリーで8月の札幌にお邪魔したはずなのですが,彼が語った「夏の北海道」として唯一おぼえているのは,

遠征の合間に札幌から別のエリアに車で遊びに出たら,見渡すかぎり広がる青々とした草原,そこにスッと引かれた線のように,ずぅっと先までまっすぐに続く一本道……

……で,スピード違反で捕まった,というお約束のようなエピソードだけ。こんど弟に会ったとき,もろもろアップデートを試みたいところです。

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親潮やら季節風やら山脈やらとの関係で、東北の方がよっぽど寒い日も多々あって。

盆暮れになると集まる高校時代の友人の一人に,冬は靴下を3枚かさね履きするほどの寒がりがいます。そんな彼女は今,なんの因果か盛岡で暮らしています。

ある冬の晩,彼女からLINEが届きます。

「お天気情報みてたんだけどさ。明日の盛岡,日本で一番寒いっていうのは,もう諦めてるからいいんだけど。”世界のお天気”みたら,なんかモスクワより寒いみたい……」

突然のロシアです。

もう「寒い」の基準をどこに置けばよいのやらと,軽く混乱をしました。


今ふと連想されたのは,仙台に住んでいた時のこと。

8月初旬,仙台で開催される七夕祭りには,全国から観光客が訪れます。

かつてない冷夏……というか,梅雨明け宣言がなされないまま秋に突入した年がありました。その年の七夕祭り期間中,薄手のパーカーでは鳥肌がたつほど,じとじとと冷え込む曇り空の下,観光バスからぞくぞくと乗客が降りてくるところに通りがかりました。

みなさま,想定外の寒さに慌てて上着を羽織りながら,口々にこうおっしゃいます。

「さっっぶ! さっぶいさっぶいわー!!」「8月で これはないわ」

うんうん,わかります。お住まいの地域に比べたr

「東北,きっつ!」「仙台,アカンな!」

ちゃうねん。

こんなに寒いの今年だけですよぅ。そう言いたくなるのをグッとこらえ,いやでも,わたしもそういう「1つの事象から全体を判断する」みたいなところあるな……と,ぼんやり自省しているうち,賑やかな御一行は色とりどりの吹き流しの中へと消えていきました。

その頃から20年近くが過ぎましたが,今でも「あ,いまこれっぽっちの材料から全体を判断/解釈しようとしたな」と気づいてヒヤッとすることがあります。

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もっとテクスチャそのものを、直感的に比べてもいいんじゃないかなあ。

以前,とある病院の研究カンファレンスにお邪魔しました。スライドに映る細胞をみながら,ベテランと思しき高齢の病理医の先生がおっしゃいます。

「この細胞,顔つきが悪いんだよねえ」

……か,かおつき……? 

研究カンファレンスで,こんなに「フワッと」した言葉が飛び出すとは夢にも思っておらず,”研究”って,"科学"って,必ず"根拠となる基準"を用いるものなのでは……? と,当時は大きな違和感を覚えていました。

でも,ここ数年でしょうか。あの先生のように,積み重ねてきた膨大な経験値を背景に,目の前の事象を俯瞰して「直感的に」導かれる物事も,きっと科学の有り様の1つなのかもしれない。なんとなく,そう感じていたのです。

けれどもその内視鏡医はきっと、色相環の全体を見てみたかったのではないだろうか。
できればドーナッツの穴の部分に立ちたいと思っていたのではないか。

そうか,あの先生,ドーナツの穴のとこに立ってたんだ

先生のお手紙を読んで,ようやく。ようやく,あの日の違和感がキレイに消失したのを感じます。なぜか,少し救われたような心持ちになり,思わず手を合わせてお手紙を読了した次第です。誠にありがとうございます。

……ところで。

最近ずっと頭の隅っこに浮かんで消えない単語があります。

今回のお手紙を拝読して,「細胞の顔つき」から疾患を考える医師と,「患者の様子」から疾患を考える医師,その営みは両者で似ているのかも,と思ったのがきっかけです。

どちらも,一朝一夕にはできないことで,数えきれないほどの症例を経て至るステージなのだろうな……と考えているうちにですね,ポンッと浮かんできたのが「AI」という単語です。

これ,消去すべきか,ちょっと向き合うべきか。やや悶々としながら,東京の梅雨を過ごしています。


追伸:『DONUTSの罠』,久しぶりに聞きました。やはり最高…最高ですね……。あっそういえば,市原さんが今はなき裏アカウントで「スミノオーク!!」とツイートされていたの,なぜか覚えてます。

(2020.06.26 西野→市原)