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クルエル円舞曲

初めまして、N7thという者です。
この記事は、ボカタッグチーム『ドレスアップ・シアター』にて制作した、『クルエル円舞曲』の小説となっています。ぜひ曲と併せてお楽しみ下さい。

MV→



「すみません、突然だけどあなたのこと、変身させてもらってもいいですか?」
そう僕に声をかけてきた見ず知らずの女性は真っ直ぐな目をしていた。

僕は困惑した。だってこんなスタイルが良くてメイクもバッチリきめて何より美人な女性が、陰キャオーラ全開の僕に話しかけてくる理由がないからである。もしかしたら自分が知らないうちに彼女に何か失礼な事をしてしまっていたのかもしれない。そう一人焦る僕とは裏腹に彼女は話し始めた。
彼女はリコと名乗った。彼女はスタイリスト志望の専門学生だそうで、たまたますれ違った僕を見てビビッと来たという。彼女曰く、僕は顔だちは良いし、スタイルだって悪くないし、ちゃんとした恰好をすればカッコよくなれる、「磨けば光る原石」だという。だから、私にあなたを変身させてほしいというのだった。普段パーカー+ジーパン、目を遮る程長い前髪の下には黒縁眼鏡の僕からしたらとんでもない話だった。この人は何を言っているのだろうと最初は思っていた。いきなり話しかけて来てそんな事言われてもと困惑していたし、何より僕がカッコよくなれる訳ないと、そう信じ込んでいたからである。しかし、リコは「そんなポテンシャル持ってるのに勿体ない」とか、「私が絶対変身させる。あなたなら絶対できる」といか言ってしつこいので、仕方なく彼女に付き合うことにした。

確かに僕はどこか変わりたがっていたのかもしれない。高校生の頃まで根暗な性格と容姿で散々周囲に無視され、心底自分が嫌になっていたのだろう。だから、この突然の誘いに正直心踊っていたところもあった。

鏡に映った僕はまるで僕ではなかった。その僕は、いくらするのか分からないジャケットを羽織り、キラキラしたネックレスをつけていた。黒縁眼鏡は度入りのカラーコンタクトに差し替えられ、重たく視界を遮っていた前髪は美しく上がっていた。言葉だけ知っていて、一生無縁だと思っていたアイシャドウとか、アイライナーとかリップとかいった化粧品が顔を彩っていた。僕はリコの言う通り、磨けば輝く原石だったのだ。
彼女は僕を見て満足そうに、そしてとても嬉しそうにしていた。まるでテレビで輝くアイドルのようだと何度も言った。
僕はまんざらでもなかった。内心変身した自分にワクワクしていた。まさかこんなにも変わることができると思っていなかったからだ。一生陰キャだと思っていた僕がこんなにもキラキラできるなんて。

「リコさん、ありがとうございます!」
「そんな!むしろこっちが無理やりやっちゃってごめんなさい。あと、リコで良いからね。敬語もやめてよ。一応私の方が年上なんだし」
「分か、、、った。本当にありがとう、リコ」
「こっちこそ、私の我が儘に付き合ってくれてありがとう」
「あのさ、リコ。僕、カッコいいかな?」
「何言ってるの!カッコいいに決まってるでしょ!今のユイは世界で一番イケメンだよ!」
「そんな大袈裟だよ!、、だったらさ、認めてくれると思う?」
「え?誰が?」
「、、、、僕の親。」

「国民的俳優夫婦のご登場です!いやー、いつ見てもお似合いですね!!」
毎日のようにテレビから、ネットからそんな声が聞こえてくる。そこには僕の両親が笑顔で映し出されていた。顔よし、スタイルよしなのは勿論、二人とも実力派として名を馳せている国民的俳優だ。そんな大スター二人の子供がこんな陰キャの根暗だと誰が想像するだろうか?
ずっと両親にとって僕はコンプレックスでしかなかった。僕がまだ小さい頃は可愛がってもらえていたが、勉強も運動も普通、陰キャでいつも暗い息子に失望したのかいつからか全く目を合わせてくれなくなった。僕だって、最初は勿論寂しかったし、自分にとって両親は誇りだったから、そんな親に振り向いてもらいたくて必死だった。でも、いくら僕が頑張った所で両親は僕を見てくれはしなかった。時間が経つにつれ、僕もその現実を受け入れて、もうすっかり両親を諦めていたと思っていた。でも、リコにスタイリングしてもらって真っ先に思い浮かんだのは両親の顔だった。どこかでまだ希望を抱いていたのだ。やっぱりあの二人にこっちを向いてほしいって。僕の名前を呼んでほしいって。

「ね、父さん、母さん、僕、知り合いにちょっとスタイリングしてもらったんだけど、どうかな?普段こんな服着ないし、髪も整えないしメイクもしないんだけどさ、似合ってる?」
「・・・」
「父さん、母さん?」
「・・・」
「ねえ、」
「じゃあ、行こうか。」
「ええ。」
「え、二人ともどこ行くの?」
「ああ居たのか。今日は遅くなるからな。じゃあ。」
「父さん?」
「二人で食事なんて何カ月振りかしら。」
「そうだな、近頃はドラマのロケで忙しかったからな。」
「楽しみだわ!!」
「ねえ、母さんも!行かないで、待って、待って!!」

父さんと母さんは僕に目もくれず二人仲睦まじく家から出て行ってしまった。
僕が馬鹿だった。最初からこうなるのは分かっていた事だったのに。変に期待した自分が悪かった。

「僕が悪かったよね、、そんな僕なんかが変われる訳ないのに、、」
「何言ってるの!ユイは本当にカッコいいんだよ!学校でもモテてるでしょ!」
「うん、まあ、、それは、、」
確かにその通りだった。みんな、学校で僕を見る目が一変した。女子からも話しかけられる事が増えた。
「でしょ!今回はたまたまご両親が忙しかっただけとかだよ!偶然!」
「そうなのかな、、」
「絶対そうよ!だからさ、、またチャレンジしてみない?」
「チャレンジ?」
「今度はちょっと違った感じでまたスタイリングさせてもらえない?そうしたら次はユイの事みてくれるかも」
「でもまたお願いしていいの?」
「これは私の勉強も兼ねてるから逆にこっちがお礼しなきゃだよ!」
「じゃあ、、、お願いします」

それから僕とリコは頻繁に会うようになった。スタイリング以外にも、食事をしたり、偶に遊びに行ったりする仲になった。僕はリコにスタイリングをしてもらう度に両親に見せに行った。でも両親は僕の目を見てくれることはなかった。僕の名前を呼んでくれることはなかった。分かったいたはずの事なのに、でもやっぱり僕は両親に拒否される度に傷ついた。その度に僕はリコの元へ行くようになった。リコはどこまでも優しかった。
「大丈夫だよ!また次があるよ!!!」
「ユイはカッコいいよ!!!だから心配しないで!」
「私が保証するよ!私はユイを見てるから。」

リコは僕をちゃんと見てくれた。僕がずっとずっと欲しかった言葉をいつでもくれた。僕はここにいて良いんだと思った。
次第になんだか僕は両親に拒絶される事に安心感を覚えるようになった。あれ程までに両親にこっちを向いてほしいと望んでいたのに、なぜ今になって拒否されるとほっとするのだろう。僕は両親に切り捨てられると、真っ直ぐリコの元へ向かう。

「リコ、」
「あ、ユイ!どうだった?」
「またダメだったよ」
「そっか。でも大丈夫、ユイはかっこいいから!」
「ありがとう。リコにそう言ってもらえるだけで救われるよ」
「そーんな大袈裟な!」
「大袈裟なんかじゃないよ。リコが居なかったら僕、、、正気でいられるかなあ。」
「正気ってww」
「ホントだよ。僕はリコがいないとこんなカッコよくいられないし、傷ついても立ち直れない。」
「、、そーっか。じゃあ、私はずっとユイの傍にいるからね。」
「・・ありがとう。」
僕はまた新たにカッコよくなった自分が映る鏡を見た。なんだか自分がどこかで見たことのあるアイドルに似てきたような気がする。僕はこれから仕事に向かう準備をする両親に話しかけようとした。
—ふと邪な考えが浮かんだ。もしこれで万が一にも、万万が一にも両親が振り向いてくれたら、、、僕とリコの関係は終わってしまう。
僕は、僕は、、、、リコから離れたくない。
僕は家から出ていく両親を無言で見送った。

「そっか、、、今回もダメだったんだ、、、」
「うん。だから、リコ。僕が両親に振り向いてくれるまで、、ずっと僕の傍にいて。」


夢だと思った。駅のホームでスマホを落として拾ってくれたその人は、お兄ちゃん本人だったからだ。
私のお兄ちゃんは今をときめくアイドルだった。カリスマ性があり、将来有望なアイドルとして人気を集めていた。私はずっとお兄ちゃんを見てきた。影で努力しているお兄ちゃんを私が一番近くでサポートしてきた。お兄ちゃんはいつも私を頼ってくれた。こういう歌い方をした方がかっこいいとか、ダンスはこうした方がオーラが出るとか、私にずっと相談してくれた。お兄ちゃんは「リコがいたから僕はこうやって活躍できるようになったんだよ」って何回も言ってくれた。私はお兄ちゃんの役に立つことだけが生き甲斐だった。どんどん有名になっていくお兄ちゃんを見て、なんだか私から離れていくような気がして寂しさを感じる事が多くなったけど、私はずっとお兄ちゃんの傍にいれるように、スタイリストになることを目指した。昔からファッションとかメイクとかには興味があったし、お兄ちゃんの容姿については自分が一番よく分かって、輝かせられる自信があった。お兄ちゃんのサポートをし、お兄ちゃんの夢を一緒に追いかけて、お兄ちゃんのずっと傍にいることが私の使命だと思っていた。そんな私がいるのに!私がいるのに!!!!!
お兄ちゃんは悪質なストーカーに追われていた。個人を特定できるDMが頻繁に送られてきていたらしい。それに、ネットでは悪質な誹謗中傷にあっていた。お兄ちゃんはやがて、そのストレスから体を壊すようになり、病院に通っていた。でもそのことは誰にも言わなかった。多分私を心配させないようにしてくれていたんだろうけど。何でもないように振舞っていたけど。
後から話を聞くと、お兄ちゃんはかなり重度の精神疾患を患っていて、日常生活に支障をきたす程だったらしい。

半年前だった。事故死だった。お兄ちゃんは精神疾患による前方不注意だった。

これは夢だと思った。だって、私がいるのにお兄ちゃんが死ぬわけない。私がいないとお兄ちゃんは生きていけないから。ストーカー被害にあっているとか、誹謗中傷をされてるとか、そういう苦しい事は、ちょっとくらい私に相談してくれても良かったんじゃない?
これは、もしかしたら私の悪夢かもしれない。
そんな急に死ぬなんてお兄ちゃんがそんな意地悪する訳ない。そんなわけない。
そっか。お兄ちゃんはまだ生きてるんだ。どっか疲れて行っちゃったんだ。いつかお兄ちゃんは絶対帰ってくるんだ。

「これ、落としましたよ」
その人は前髪が長くて黒縁の眼鏡をかけていた。お兄ちゃんとは全然違う見た目をしていたけど、その人は紛れもなくお兄ちゃんだった。私の落としたスマホのロック画面に映るお兄ちゃんと、目の前でスマホを差し出すその人は全く同じ顔をしていた。
「、、お兄ちゃん?」
「え?お兄ちゃん?」
「あ、いや、、何でもないです。ありがとうございます」

私はその人からスマホを奪い取って、その場から走って逃げた。お兄ちゃんがいた、お兄ちゃんが見つかった!お兄ちゃんは生きてたんだ、、、でも、あの人はお兄ちゃんじゃない。お兄ちゃんはもっとキラキラしてカッコよくなきゃダメなんだ。私がキラキラさせてあげなきゃダメなんだ。私がスタイリングして、、、元のお兄ちゃんに戻してあげなきゃダメだ。
私はその人の事を徹底的に調べた。名前はユイ。近くの国立大学に通う文学部一年生。両親は国民的俳優で、その一人息子。その人は毎週決まった時間にコンビニへ行くために大学近くの公園を通る。
お兄ちゃん、全部元に戻そう。

「すみません、突然だけどあなたのこと、変身させてもらってもいいですか?」

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