見出し画像

ミーゼス・ワイヤー:長期化するウクライナ戦争にはデメリットしかない(There Are Only Downsides to Prolonging the War in Ukraine)(2024.6.12)

a 今回のミーゼス・ワイヤーは、ミーゼス研究所のコナー・オキーフ(Connor O'Keeffe)が執筆した、「長期化するウクライナ戦争にはデメリットしかない(There Are Only Downsides to Prolonging the War in Ukraine)」をお送りしたい。

b 先日、ミーゼス・ワイヤーでイスラエル=ガザ戦争にまつわる記事を取り上げたが、ウクライナ戦争(2022.2.24〜)も、未だに収束の目処が立っていない。

c リバタリアンは、戦争を「自己をして、他者が持つ財産権を侵害する行為(または、自己をして、他者が持つ自然権としての自由権を侵害する行為)」として捉えるため、戦争に反対する立場をとる。オキーフの記事も、基本的にはこの立場から書かれている。

d 筆者は、リバタリアンの原則を堅持しつつ、さらに、自己や自己の財産を保存する権利を有していることを鑑み、自己は他者が持つ自然権を侵害しない範囲内で防衛する権利はあると考えているので、この立場から解説記事を書こうと思う。

e ウクライナ戦争には一定のリズムがある。本格的な攻勢を仕掛けるためには、泥濘期(rasputitsa)を避ける必要がある。雪融けの水が退けた後から秋の降雨の時期が始まるまで、すなわち、5月から10月までが、攻勢作戦にかけられる時間である。

f 戦争自体は2022年2月24日に始まったのだが、これは極めて例外的である。あえて、セオリーに反した攻撃を仕掛けて奇襲効果を狙ったものだと考えられる。

g 攻勢作戦の発動と終息が時期的に予測できるのは、防御する側にとっては非常に有利である。逆に攻勢側にとっては攻撃がパターン化してしまうため、奇襲効果が失われて不利な面が多い。

h さらにロシア側の防御地帯は、縦深防御であるため、縦に深い。限られた時間で突破するのは極めて困難なのである。限られた時間で防御地帯を突破するためには、機甲戦力を集中的に投入し、周到に計画された火力支援、航空支援が必要になる。

イスビー「ソ連地上軍」pp.57より
イスビー「ソ連地上軍」pp.56より

i 上記の写真は、ソ連地上軍の縦深防御地帯の一例を表している。もちろん、ソ連地上軍とロシア軍は異なる部分もあるが、共通する部分も多い。筆者は、ウクライナ戦争の初頭から積極的にソ連地上軍に関する資料を集めていたが、ロシア軍の陸戦戦術について知らなければならないと考えたからだ。

j ざっくり分析した上での筆者の結論は、おおよそ以下の通りである。

1.ウクライナ地上軍による夏季攻勢の成否が、戦争全体の帰趨を左右している。

2.夏季攻勢の成否は、ウクライナ地上軍がロシア地上軍が拵えた防御地帯を突破できるか否かにかかっている。

3.ウクライナがロシアの縦深防御地帯を突破し、その戦果を以て外交の支撑(しとう)とするためには、東部戦線に兵力を集中させる必要があり、南部戦線には必要最小限の兵力しか置かない措置を講ずる必要がある。(東部戦線を主作戦、南部戦線を従作戦とするということ)

4.泥濘期中にウクライナは全力を傾けて、最高司令部の移動、兵力の再配置、弾薬の集積、地上交通線の整理、兵站の確立などを行なう必要がある。

5.攻勢は時間をかければかけるほど、攻撃側には不利に働き、また、攻勢作戦が周期的かつ開始時期と終末時期が予測できる場合も、攻撃側には不利に働くことを念頭に置いて作戦を立案するべきである。

6.最高司令部及び野戦軍司令部は、充分な兵力を作戦に参加させることが可能であること、充分な武器弾薬、資材などが用意でき使用可能であること、計画的かつ必要充分な火力支援が可能であること、航空支援作戦が可能であること、以上の四点を実現しなくてはならない。逆にこの四点のうち、どれか一つだけでも実現できない場合には作戦は失敗する可能性が高い。

筆者によるウクライナ戦争に関する分析

k オキーフは、記事中にウクライナ軍が人員不足に陥っていることを指摘しているが、その理由として、砲火力や航空攻撃による支援が十分に受けられずに、いたずらに人員を損耗していて、急速な戦力の回復を迫られていることも一因としてあるように思われる。

l 筆者の分析からもわかるように、ウクライナが戦果を累積させることは実際的に困難な状況にあり、急速な情勢の進展はあまり見込めない。オキーフは、この和平の機会をとらえよと提言しているのだが、ウクライナ側は例え英米側から誘われても容易には首を縦に振らない。損失があまりにも巨大になってしまったからで、ウクライナ側の権力機構にとっては和平のメリットがないからだ(何故かというと、敗北の責任を取らねばならなくなる)。こうなると、戦争はダラダラと続くことになる。

m 日本にとって、ウクライナ戦争から得られる教訓は多い。少し列挙してみると、

1 防御作戦をとる場合には、防御の特殊性、島嶼作戦の特殊性を考慮に入れる必要がある。

2 防御作戦においては、心理的に優越となり、地形を利用することができる。

3 防御作戦は内線作戦であるから、交通線の確保が絶対的に必要である。

4 防御作戦は我の全力を用いるから、想定期間を見積り、必ず想定期間内に事を決するようにし、想定期間を戦いうるに数倍する物量を確保する。物量に勝つには物量しかない。

5 防御作戦は稠密な防御地帯の構築があって初めて成立する。尚且つ縦深防御を重視するべきである。ウクライナ戦争においては、特にこの縦深防御陣地の効力が再確認された。太平洋戦争の戦史においては、ペリリュー島の戦いや硫黄島の戦いに先例がある。

6 防御作戦においては、制空権の確保が何よりも優越する。また、砲兵力及び対地支援作戦を充実させ、防御作戦により完璧を期する。

7 観察とそれによる情報は、過去の人間行為の記述であるから数値で表現することができる。よって数値で表現することが望ましい。また、彼我が投射した戦力は物量であるから数値で表現することができる。これも数値で表現することが望ましい。

8 日本の場合には、防御作戦かつ島嶼作戦であるから、基礎となる情報は太平洋戦争の戦史からいくらでも得ることができる。逆に言えば、太平洋戦争の戦史以外に参考となる戦史がないということを意味する。

9 時間経過による変化は、必ず彼我に影響を与える。例えば、彼我の尖兵小隊が接敵する場合には、彼我対進であることを考慮に入れ、接敵の時間を見積り、緊要地形を確保するようにしている。彼我に与える影響とそれに対する順応を考慮に入れておかなければ、常に後手に回ることになる。後手に回ることがあってはいけない。

ウクライナ戦争の教訓

n 攻撃側・防御側双方共に、戦争でどちらかが一方的に得をするということはあり得ない。このため、戦争に至らぬようにすることが大切だし、万が一、戦争が起きた場合には、多少の不利益は構わずに早期に戦争を終結させることが大切なのである。よって、筆者もオキーフの提言を支持する。ウクライナはロシアが和平に乗るならば、その機会を逸してはならない。

ーーーーーー

長期化するウクライナ戦争にはデメリットしかない(There Are Only Downsides to Prolonging the War in Ukraine)


コナー・オキーフ(Connor O'Keeffe)

1 Last week, President Joe Biden and a number of top American and European officials met in Normandy to attend a ceremony marking the eightieth anniversary of the D-day invasion. In a pair of speeches, Biden recounted the operation that he said marked the beginning of the “great crusade to liberate Europe from tyranny” before drawing a direct connection to where things stand with the war in Ukraine.

先週、ジョー・バイデン大統領と多くの米欧高官がノルマンディーで会談し、Dデイ侵攻80周年を記念する式典に出席した。 バイデン大統領は2つのスピーチで、「ヨーロッパを専制政治から解放する偉大な十字軍」の始まりとなったこの作戦を振り返り、ウクライナ戦争との直接的な関連性を示した。

2 Biden called Russian president Vladamir Putin a tyrant who invaded Ukraine simply because he is “bent on domination.” Biden then renewed one of his favorite tropes, asserting that if Ukraine falls, its people will be subjugated, its neighbors will be in immediate danger, and all of Europe will be threatened by Putin’s aggressive ambitions.

バイデンはロシアのプーチン大統領を、ウクライナを侵略した暴君と呼んだ。バイデンはその後、彼の好きな常套句のひとつを繰り返した。ウクライナの人々は服従させられ、近隣諸国はただちに危険にさらされ、ヨーロッパ全体がプーチンの攻撃的な野望に脅かされることになる。

3 But the West’s chosen depiction of Putin as a tyrant bent on conquering the entire European continent suffered its latest setback last month when it came out that the Russian president is interested in halting the fighting and negotiating a deal that recognizes the current battlefield lines.

しかし、西側諸国がプーチンをヨーロッパ大陸全体の征服を企む暴君として描いてきたことは、先月、ロシア大統領が戦闘を停止し、現在の戦線を認める協定を交渉することに関心を持っていることが明らかになり、最新の挫折を味わった。

4 Putin is showing this interest even though the Russian military is in a strong position that seems likely to get even stronger. Last year’s long-anticipated Ukrainian counteroffensive was meant to drive Russian forces out of Ukraine. But since its launch last summer, Ukraine has lost more territory than it has gained. Recently, the Russians even launched a brand new incursion into territory around the northeastern city of Kharkiv—territory that had already been recaptured by the Ukrainians in late 2022.

プーチンは、ロシア軍が強い立場にあり、さらに強くなりそうであるにもかかわらず、このような関心を示している。 昨年の待望のウクライナ反攻作戦は、ロシア軍をウクライナから追い出すためのものだった。 しかし、昨夏の反攻開始以来、ウクライナは獲得した領土よりも失った領土の方が多い。 最近、ロシア軍は北東部の都市ハリコフ周辺の領土に新たな侵攻を開始した。この領土は2022年後半にウクライナ軍がすでに奪還していた。

5 Russia’s minefields, artillery, and punishing glide bombshave not only kept Ukrainian forces from advancing but left them struggling to hold their positions along the current front line. Meanwhile, Russia has significantly boosted war-related production far beyond anything we’re seeing from the West, which, while bad for the Russian economy in the long run, ensures the intensity of Russia’s bombing and shelling will not cease anytime soon.

ロシアの地雷原、大砲、滑空爆弾(訳注:滑空爆弾とは飛行爆弾の一種)は、ウクライナ軍を前進させないだけでなく、現在の前線に沿って陣地を維持するのにも苦労させている。 その一方で、ロシアは西側諸国とは比べものにならないほど戦争関連の生産を大幅に増強している。長期的にはロシア経済に悪影響を及ぼすだろうが、ロシアの爆撃や砲撃の激しさがすぐにやむことはないだろう。

6 At the same time, the Ukrainian government is facing a serious shortage of soldiers that no amount of foreign aid or equipment transfers can do anything to alleviate. Earlier this year, the Ukrainian parliament passed a law that sought to boost conscription rates by making it easier for the government to find and identify draft-eligible men. But the problem persists, leading Ukrainian officials to tap into the country’s prison population, cut consular services to military-aged Ukrainian men living abroad, and forbid men who are dual citizens from leaving Ukraine. As the country’s supply of young men runs low, the average age of a Ukrainian soldier has climbed to forty-three years old.

同時に、ウクライナ政府は深刻な兵士不足に直面しており、外国からの援助や装備の供与をいくら受けても、それを緩和することはできない。今年初め、ウクライナ議会は、徴兵資格のある男性を政府が見つけやすくし、特定しやすくすることで、徴兵率を上げようとする法律を可決した。しかし、この問題は依然として続いており、ウクライナ当局は国内の刑務所を利用したり、海外に住む軍人のウクライナ人男性への領事サービスを削減したり、二重国籍の男性のウクライナ出国を禁じたりしている。若者の供給が不足する中、ウクライナの兵士の平均年齢は43歳まで上昇している。

7 What makes Ukraine’s situation even more tragic is how easily it could have been avoided. One month after Russia invaded in early 2022, both sides reached an agreementwhere Russia would pull back to preinvasion boundaries and, in return, Ukraine would agree to not seek NATO membership.

ウクライナの状況をさらに悲劇的なものにしているのは、簡単に回避できたかもしれないことだ。 ロシアが侵攻した2022年初頭の1ヵ月後、ロシアは侵攻前の境界線まで撤退し、その見返りとしてウクライナはNATO加盟を目指さないことに同意するという合意に双方が達した。

8 The deal could have put an end to the fighting and handed Kyiv control of all the land Russia had just seized. But, according to senior negotiators on both sides and high-level mediators from the various countries facilitating the talks, officials from the United Kingdom and the United States convinced the Ukrainians to walk away from the deal and fight.

この取引によって戦闘は終結し、ロシアが占領したすべての土地の支配権をキエフに渡すことができた。 しかし、双方の上級交渉官や、協議を進める各国の高官仲介者によれば、イギリスとアメリカの高官が、ウクライナ側に取引から手を引いて戦うよう説得したという。

9 Since then, Ukraine’s leverage over Russia has only diminished. Many Ukrainians have been killed or maimed as the war has devolved into a brutal trench-style artillery war. Meanwhile, Russia laid permanent claim to the land it had earlier agreed to hand back to Ukraine.

それ以来、ウクライナのロシアに対する影響力は低下する一方だ。戦争は残忍な塹壕式の砲撃戦に発展し、多くのウクライナ人が死傷した。 一方、ロシアはウクライナに返還することで合意した土地の永久領有権を主張した。

10 Even with its extensive conscription laws, Ukraine does not have enough soldiers to break through Russia’s now heavily fortified lines, much less to drive Russian forces out of all the territory claimed by Kyiv. The Ukrainians have, so far, been able to prevent the Russians from advancing and seizing all the territory that Moscow now claims. But with their dwindling numbers, Ukrainian forces won’t be able to hold these lines forever.

ウクライナは、その広範な徴兵法をもってしても、現在厳重に要塞化されたロシアの戦線を突破するのに十分な兵士を擁しておらず、ましてやキエフが主張する領土すべてからロシア軍を追い出すことはできない。 ウクライナ人はこれまで、ロシア軍の進攻を防ぎ、モスクワが現在主張している領土をすべて奪取することができた。 しかし、人数が減少しているウクライナ軍は、この戦線を永遠に維持することはできないだろう。

11 So, accepting Russia’s offer to move this conflict from the battlefield to the negotiation table is almost certainly the best chance Ukraine will get to hold onto the eastern territory they still control.

それ故、この紛争を戦場から交渉のテーブルに移すというロシアの申し出を受け入れることが、ウクライナがまだ支配している東部領土を維持するための最善のチャンスであることはほぼ間違いない。

12 But rather than take this opportunity, the Ukrainian government and its backers in Europe and the United States have instead decided to escalate the conflict with risky, strategically pointless provocations.

しかし、ウクライナ政府とその支持者である欧米諸国は、この好機を逃すどころか、危険で戦略的に無意味な挑発行為によって紛争をエスカレートさせることにした。

13 President Biden and a number of other European heads of state recently gave Ukraine a green light to use NATO weapons to conduct strikes within Russia. Around the same time, Ukraine struck two Russian strategic nuclear early-warning radars and attempted to strike a third one deeper in Russian territory.

バイデン大統領をはじめとする欧州各国の首脳は最近、ウクライナに対し、NATOの兵器を使ってロシア国内を攻撃する許可を与えた。 同じ頃、ウクライナはロシアの戦略核早期警戒レーダー2基を攻撃し、ロシア領内の奥深くにある3基目を攻撃しようとした。

14 And, as if hampering Russia’s ability to confirm that they are not under a nuclear attack after allowing Ukraine to shoot US missiles into Russia wasn’t enough, the US then test-fired two nuclear intercontinental ballistic missiles—launching them four thousand miles from California to the Marshall Islands.

そして、ウクライナが米国のミサイルをロシアに撃ち込むのを許した後、ロシアが核攻撃を受けていないことを確認する能力を妨げるだけでは十分でないかのように、米国はカリフォルニアからマーシャル諸島にめがけて2発の大陸間弾道ミサイルを試射した。

(訳注:このミサイルの試射は、2024年6月7日にアメリカ空軍が非武装、つまり核弾頭が搭載されていない状態のLGM-30GミニットマンⅢ大陸間弾道ミサイル2発をカリフォルニア州バンデンバーグ空軍基地からマーシャル諸島クェゼリン環礁のロナルド・レーガン弾道ミサイル防衛試験場へ向けて試射したもので、これはミサイル自体の品質を保証するためのものである。このようなミサイルの試射は、ロシアも行なうことがある)

15 The escalations have not been one-sided. Russia conducted drills simulating the use of strategic nuclear weapons in Belarus and has sent warships and a submarine to the Caribbean. The Russians have also stepped up shelling and airstrikes in Ukraine in response to the strikes on their territory.

エスカレートは一方的なものではない。 ロシアはベラルーシで戦略核の使用を想定した訓練を行い、カリブ海に軍艦と潜水艦を派遣した。 ロシアはまた、自国領土への攻撃に対抗して、ウクライナでの砲撃や空爆を強化している。

16 None of this is necessary. The strikes on Russian territory have not translated to Ukrainian gains on the battlefield. And the Russian early-warning radar Ukraine hit wasn’t even aimed at Ukrainian airspace. All these escalations do is prolong the Ukrainian people’s suffering while nudging the world closer to a catastrophic nuclear accident. Instead of fantasizing about waging some World War II–level offensive on Putin’s Russia, Biden and his friends in NATO should come back to reality and, before it’s too late, agree to work this conflict out with words for a change.

これらのいずれも必要のないものである。 ロシア領内での攻撃は、戦場でのウクライナの利益にはつながっていない。 ウクライナが攻撃したロシアの早期警戒レーダーは、ウクライナ領空を狙っていたわけではないからだ。 このようなエスカレーションは、ウクライナの人々の苦しみを長引かせ、世界を破滅的な核事故に近づけるだけだ。 バイデンとNATOの友人たちは、プーチンのロシアに第二次世界大戦レベルの攻撃を仕掛けると空想するのではなく、現実に戻り、手遅れになる前に、この紛争を言葉で解決することに同意すべきだ。

Note: The views expressed on Mises.org are not necessarily those of the Mises Institute.

ノート:Mises.orgで表明されている見解は、必ずしもミーゼス研究所のものではないことに留意されたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?