見出し画像

いよいよ制作が始まります

空間確認ツアーが終われば、いよいよ制作が始まります。
他のアーティストも動き始めているようで、レジデンスでもあるやぎやでも、ちらほら遭遇したり。
制作方法は十人十色。すでに大まかなプランができている人もいれば、これからリサーチをして、何が作れるのか考えようとしている人も。
私たちは・・といえば、実は去年から徐々に活動を始めていました。

2018年の木津川アートがきっかけとなり、今もなお瓶原のいくつかのご家族とおつきあいが続いています。親しい方々の家族史や瓶原という土地そのものへの興味、また何よりも写真家的な好奇心から、ファミリーアルバムを見せていただく機会を得ました。
 そこには、ディテールに多少の変化はあるものの、今と同じ形をした家や土塀、石垣が写っていました。そして複数のアルバムの中に、写された人物の世代を変えながら同じ場所で撮影された写真が何枚もありました。私たちはこの変わらない風景と、時のうつりかわりに伴い入れ替わっていく被写体とのコントラストに注目し作品を制作します。」

これは、私たちが応募に際して提出した企画書の一部です。
元々は写真に対する興味が発端でしたが、実際にやってみるとむしろそこで語られる個人や地域にまつわる小さなエピソードに心を動かされることが多くありました。制作に際しては基礎資料として「加茂町史」などを参照しましたが、そこで語られるのはいわゆる「正史」、大文字で語られる歴史です。私たちの興味の対象はむしろ、そこには残らない普通の人々の日常の時間の積み重ねなのです。複数の方にお話をお聞きする中で、少しずつ焦点も見えてきました。

現時点で私たちが注目しているのは結婚(嫁入り)と恭仁大橋です。今は式場で行われるのが一般的な結婚式ですが、昔は家で行われるのが通常でした。年代の異なる幾人かの女性のアルバムを比較すると、その移り変わりが見えてきます。また、実家からお嫁にいくときは、戻ってこないようにと縁側から出て行ったというような細かなエピソードもこぼれ出てきました。また、三代目の恭仁大橋の欄干がとても低くて怖かった、ということが幾人もの方の口から出てきたのも興味深いことです。

これらから何を作るのか、まだ形はあやふやでぼんやりとしか見えておらず、私たち自身も完全にわかっているわけではありません。そして、焦点となる「嫁入り」と「恭仁大橋」の写真についてはまだ探索中でもあります。今これを読んでくださっている瓶原にお住いのあなた、おうちにこれらの写真が眠っていたりしませんか?あるいは写真がなくとも恭仁大橋の架け替えに際して行われた渡り初めについてご存じの方、お嫁入りの思い出など、お話だけでも歓迎です。
なりたなりたろうって誰やねん?話してみてやろうじゃないかという奇特な方など、どなたさまもお気軽にお声がけください。

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?