見出し画像

【事業者の範囲は】EUサイバーレジリエンス法案

 2023年5月上旬、国際消費者機構の上級デジタル顧問のJavier氏が来日したため、消費者庁の紹介もあり全国消費者団体連絡会と共にデジタル空間における消費者問題について議論を行ってきました。国際消費者機構は国連との距離が近く、経済社会理事会に対する諮問資格を有している他、ISO規格の策定に携わっています。

全国消費者団体連絡会と共に国際消費者機構と情報交換

 この会合では冒頭、最近話題のAIに関する個人情報保護法制について国際消費者機構から説明がなされ、その後、インターネット取引法制の説明がありました。

 その中で出てきた重要な論点が、インターネットの発展による「事業者」と「非事業者」の区別の難しさです。これは日本国内ではおなじみの論点ですが、外国においても同様の論点が存在するそうです。

 この論点は、どの程度利益を上げたり継続したら事業者として各種法令の規制の範囲とされるのかといったもので、代表的な事業者規制として住所氏名を提示する必要がある特定商取引法などが存在します。逆に言えば「事業者でなければそこまで責任を負わなくてよい」という合意が日本には存在します。

インターネット・オークションにおける「販売業者」に係るガイドライン

 そんな中、「事業の規模に関係なくソフトウェア公開したら製造物責任」「規定違反に対しては、最大でグローバル年間売上高の2.5%、または1500万ユーロ(約1650万ドル)の制裁金」というダイナミックな法案が外国で議論されています。

 この法案自体は去年の9月からEUで議論されていたのですが、私自身は正直全く知りませんでした。国際消費者機構の情報提供で初めて知ったという形なので、これだけでもかなり意義のある会合だったと思います。

 この法案は、様々なデジタル製品に厳しい基準を設けることを目的に作成されており、アメリカや日本の規制とは比べ物にならないほどの基準が設定されています。

法案が対象とするのは、欧州で販売されるハードウェア・ソフトウェアを問わず、デジタル要素を有するさまざまな製品であり、要件もこれまでのIoT製品を対象としたカリフォルニア州法や日本の技術適合要件とは比べ物にならないほど多くなっています。また、違反した際のペナルティも多大なことから、欧州市場に事業を展開する日本のメーカーにも影響は少なくないと思われます。

欧州サイバーレジリエンス法案(EU Cyber Resilience Act)概説~日本の製造業への影響と最低限押さえるべき要点~ PwC

 しかし、この法案の1番の問題点は事業者・製造者の定義があまりにも広すぎる部分にあります。

 具体的には「製造者、輸入者、販売者以外の自然人または法人で、デジタルな要素を含む製品の実質的な変更を行う者は、本規則の目的上、製造者とみなされる」とされています。

 この定義に対してはPyhton財団が「オープンソースの開発者が製造責任や賠償責任を負う可能性があり、それがオープンソースの開発と革新を阻害することになる」「オープンソースコミュニティの健全性を危険にさらす問題がある」という声明を4月に発表し、そのうえで、OSSや非事業生成物に例外規定を設けるよう提言しています。

 ソフトウェア消費者が受けるべき保証と説明責任の両方を誰が負っているのかを明確にする必要があります。コラボレーションを促進する目的で公共財として提供されるパブリック ソフトウェアリポジトリを特に免除するという文言があれば、事態はより明確になるでしょう。

The EU's Proposed CRA Law May Have Unintended Consequences for the Python Ecosystem(仮訳)

 この法案自体は主に何かに組み込まれるプログラム等が規制の対象に入ってくるので、3DCGクリエイターには影響がなさそうですが、拡張ツールやOSS等を提供しているクリエイター・エンジニアには影響があると考えれらます。

 EU法は、過去の事例から見ても日本に大きな影響を及ぼします。GDPR(EU一般データ保護規則)が代表的な例です。「事業者」の範囲が際限なく拡大してしまえば、一般のクリエイターが不必要なほど注意を払わなくてはならなくなるのは火を見るよりも明らかではないでしょうか?

 EU新法は、今のところ専門メディアやコンサル、研究者が懸念点を表明しているのみで、当事者となる日本語圏エンジニア・クリエイターに全く周知がされていません。

 NPO法人バーチャルライツは法案議論過程から国際機関と連携し、調和のとれたクリエイティブ政策を推進できる点で大きなアドバンテージを持っています。仮に存在しなければ、国際機関は日本のクリエイターエコノミー的視点を取り入れる機会はなかったと言っても過言ではありません。(実際にバーチャルライツが持つ情報量の多さと提案力が、国際消費者機構と今後の連携を確認し合う理由になりました)

 もし法制動向でバーチャルライツに大々的な期待が集まることがあれば、それはそれで何かとてつもない危機が差し迫っているという事なのであまり良くない状況かもしれないですが、小さな論点を一つ一つ地道に研究していくことがあまり目立たずとも業界全体を守ることに繋がっていくのかなと思います。

著者:SUKANEKI

※オピニオン記事は著者の個人的見解であり、必ずしもNPO法人バーチャルライツの法人としての見解を代表するものではありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?