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特別集中連載『あんたもわしも、おんなじいのち』第三回 一日密着取材篇(後)

特別集中連載『あんたもわしも、おんなじいのち』
第三回 一日密着取材篇(後)
文:山塚リキマル @rikimaru1990

 テント等を片づけて車に積み込んだのち、夜10時半からパトロールは始まった。黒々と磨き上げられた空には星が美しく輝き、外の空気はきりりと肌をさすようにはりつめていた。パトロールは北九州市内8コースに別れて市内全域を回る。小倉コースは、小倉駅のほど近くからスタートする。そうして駅の“表”と“裏”の二手に別れてそれぞれ物資を持ち、二時間ほどかけて巡回するのだ。炊き出しで配布したお弁当やパン、下着類や防寒具などを詰めたビニール袋を携えてホテホテと歩きまわり、そうして困っていそうな人がいたらこちらから声かけをして、何かお力になれることがないか尋ねるのである。



 この夜、僕が巡回したのは“表”ルートで、抱樸の広報を担当しており、本連載のもろもろのサポート及び撮影をしてくれたアキラくんという青年(ヒップホップ好きのナイスガイだ)とともに深夜の商店街を歩いて回ったのだが、いきなり無力感に襲われる出来事があった。毛布を渡すという約束を事前にとりつけていた男性がいたのだが、どういうわけかその毛布が見つからなかったのである。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら頭を下げると、その男性はふいっと歩き去って行ってしまった。『ああ……』と思いながら屋内駐輪場へと入ると、いきなり眩しい灯りが飛び込んできた。ギョッとするような異様な明るさだ。話を聞くと、ここはもともと単なる通路であって路上生活者の方々がたくさんいた場所だったらしい。いわゆる『排除アート』の派生系である。『排除アート』とは謎の間仕切りを据え付けたベンチだとか、駅のスペースにあるデコボコした突起のオブジェなんかに代表されるアレである。僕はアレがかなり好きではない。『いや、これアートなんで。通行人の目を楽しませるのが目的であって、他に意図とかないっすよマジで』という、人の神経を逆撫でした上にマーガリンを塗りたくるような態度も普通にめっちゃ引く。




 そんなこんなでパトロールしながら職員やボランティアの方々にいろいろとお話をうかがったのだが、とにかく皆さん『関係性』を築くことに腐心されている。ちゃんと顔や名前を覚えているばかりか、きょうの炊き出しは誰が来ていなかったとかも把握しているのである。そんで『◯◯さんは大勢で来られるのが好きでないから私だけで行きます』という具合に、それぞれの性格をふまえた上でコミュニケーションをはかっている。抱樸の活動というのは、物資を手渡してサヨナラするようなその場かぎりのものではなく、一個人として出会い、関係をもつことなのだというのを、僕はようやく気づきはじめていた。



 パトロールは、炊き出しと同じく、言語化できない感情が込み上げる瞬間ばかりだったけれども、いちばん印象的だったのはバス停での出来事だ。駅前のバス停のところで出会った路上生活者の男性に、数名でお話をうかがうヒトコマがあったのだが、その男性は恐縮しながらお礼を繰り返すと、フトコロから一枚の手紙を差し出した。それは炊き出しの際にお弁当と共に配られる、ボランティアのひとが書いた手紙であった。男性は柔和な微笑みを浮かべてこういった。

『この手紙、すごく大事にしてるんです。ありがとうございます。』



 そのとき僕は、喜怒哀楽のどれでもない複雑な気持ちになった。瞬間的に泣きそうになったが、『それは違う』と思って咄嗟に唇を噛み締めた。うまく言葉をつむぐことも出来ず、ただ相槌を打ちながらしきりに頷くばかりだった。あれから10日ほど経つが、あのときのことを思い出すと、いまだに胸がざわめく。

 そして深夜12時半をまわったころ、表と裏のチームが合流し、小倉コースのパトロールは終了したのだが、まだひとつやるべきことが残されていた。毛布が一枚見つかったので、毛布を渡せなかったあの男性に、それを届けにゆくのだ。



 ショウタくんの運転で少し移動したのち、僕は毛布を携えて男性のいるところへ向かった。詳述は避けるがひと気はなく、この寒空の下でもいちだんと冷たい風が吹き抜ける真っ暗な場所だ。あたりを見回してみるもどうにも姿は見当たらず、“いないのかもしれない”と落胆しかけたとき、奥まったところに人の気配を感じた。そっと歩み寄ってみると、さっきの男性が段ボールを敷いて横になっていた。僕が緊張しながら『こんばんは……あの、さっき、毛布がなかったとか言っちゃったんですけど、探してみたら、その、見つかったので、本当にすみません、よかったらいま、お渡ししてもいいですか……』としどろもどろに言いつつ毛布を差し出すと、男性は『ありがとう』と小さくいって毛布を受け取ってくださった。なんといっていいか分からず、僕がペコペコしながら『おやすみなさい』と言うと、男性は『おやすみなさい』と返してくれた。

 車へと戻り、ふたたびショウタくんの運転で夜の北九州をひた走る。僕が助手席で『きょう、色々ありすぎてどう文章にしようか困ってる』というと、ショウタくんはハンドルを握りながら『感じたことを書けばいいんじゃない? 言葉にできないと思ったら、それも正直に書けばさ』といった。
だから僕はそのようにして、この文章を書いた。
こうして北九州での長い一日が終わった。

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