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着る人、着せる人が悪いんじゃないの。つくる側の問題なの。


「着る人、着せる人が悪くないの! 衣服が、衣服をつくる人たちが悪いの!!」

講師の岩波先生がキッパリと言いきったとき
私は救世主を見た思いだった。

前回ふれた、怪我してから私と衣服とのツキアイ(熾烈な戦い)は、着たい服は着てやるぜ!ってある種の意地や、以前のような着るコトを楽しんだり着るコトで自分を表現する気持ちが蘇ってくるとともに沈静化してはきていたが、未だに終結はしておらず…

ヤレ
「着にくい!」「ぎゃーーー、着くずれしても直せん!」
「ぎゃーーー、愛する服をそんなにひっぱらんでおくれーー!!」
イメージしてた着こなしじゃなく「あーん😩着替えたい!(けど、そんな時間無し)」
などの小規模な戰は日常的。

「私と衣服問題」はもう私とヘルパー嬢との終わりなき戦いだと思っていたところへの、冒頭のセリフ🤞

さぁー、もう一度高らかに叫ぼう!!

「着る人、着せる人が悪くないの! 衣服が、衣服をつくる人たちが悪いの!!」


私は、今まで抱え込んできた衣服問題も、広く解放することにしたぞ!
なんせ、私個人の問題じゃないんだもんねぇー! 🤪🤪

先生は他にも
「衣服メーカーが、立位だけでなく、座位、臥位のパターンを最初からつくるべき」と言い放ち
それはそれは沢山の「衣類問題の戦い」に苦しむ病気や障害当事者達を救ってきた話を語り、まるでジャンヌダルクなのよーーん❤️

(本当はこう着たいのだが…)

そして、もう一つが、衣服に困る私たち当事者が、「何が問題で、その解決策を自分たちで見いだし、お直し(リフォーム)の人に伝える知識をもつこと」と「お直し(リフォーム)の人たちのプロ根性に火をつけ、巻きこむこと」も大事だとおっしゃっていた。

このあたりのことは、本当に頷ける。
障害者が社会とうまく繋がるために必要なことと全く一緒だからだ。 

まず☝️
自分に降りかかった問題を、ただの文句として言い放つのはもったいない。
せっかくの社会問題が「個人的文句」で受け流されちゃう確率が高い。
だから、自分でできるところまで分析、ある程度の解決策を見出して「文句を昇華、熟成」してから然るべき人に相談すると相手の本気度は上がるんだなぁ〜と実感することが多い。 

そもそも、障害者がなんか物申すと文句や糾弾チックに捉えられる事が多い昨今。(まぁ、障害者じゃなくてもそんな世の中よね、やぁねー) 
如何に相手の心に訴えるか?!を虎視眈々と考えるオバハンに成長した私。 

ここ一年は、障害者ゆえに降りかかる個人的問題を、プロジェクトと称して関係者に共有してもらいまくっている。

「ヘルパーチームの結束強化プロジェクト」
「移動方法開拓プロジェクト」

こうして、イチ個人の困りごとにつきあってくれる人を増やすと一気に重荷は減るし、専門的知識や全然違う業界の感覚から、凄いアイデアが出てきたりする。

人間ってスゲーのだ。

それに気づいてから、ヘルパーさん、ナースさんはもちろんだが、たまに会うタクシーの運転手さんやガス屋さんetc…総称で呼んでいた人たちの『個』に興味がでて色々話しかけ、今は大抵馴れ馴れしく名前で呼び、私の懐に巻き込むのだ。 ウシシシ😎

私だって、「あの車イスユーザー」より「コバヤシさん、ヒロコさん」って呼ばれたい。
名前で話しかけるとグッと距離が縮まる。是非、お試しを♡

こうやって
「みんなで仲良く楽しく、それぞれが成長したり幸せになる」ことを目指している。

そうそう!
プロジェクトの一つ、今いちばんアツイのが
「ソーイングプロジェクト」 
架橋を迎え、とても楽しい♪♪♪

ものを生み出す事は勿論、初めて知ることにへぇーーってなったり、思い通りにならないところを調整して納得したり…に加えて、助け手のヘルパー嬢たちも楽しんでくれてるのを感じるようになり、同じゴールを目指す仲間って雰囲気になってきたのだ♡

先日は、直線縫いを私が!私がですよっ!!ミシンをかける。 
 
たかが、ポチっとボタンを押すだけなんだが、カタカタと縫い目が進んでいくのを夢中に追いかける時間は他では味わえない癒しなのだ。

デンマークエグモントのあの、特別な空気を思い出すぜっ!!

次は、この経験を誰かにして欲しいのだ。

今回の衣服問題の仕掛け人、代表の綾さんと
「今回がスタート」と意見は一致。
衣服問題も、ソーイングプロジェクトも
楽しく良い方向に進めていきたい。

障害を持つアナタも、アナタもっ!
是非、チーム入りをー!!!

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