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D2Cの定義──『D2C』#3

D2Cは、単なる「中抜き」ではない――。その本質は「顧客との関係性の変化」にこそある。
「ストーリーテリング」×「テクノロジードリブン」
「ビジネスのルールを書き換える2つの潮流をかけ合わせた、今投資家が最も注目するビジネスモデルの全貌と、立ち上げの具体論とは。『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』の一部を、特別に公開します。

私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やし、世界の変革を担っていきます。

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1章 D2C が生んだパラダイムシフト(2/3)

伝統的なブランドと比べた D2C ブランドの特徴は以下の図の通りだ。

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 D2C ブランドは多くの点で、これまでの伝統的なブランドと異なる。

 ここでは図 0-1 で示した要素を分解しながら、D2C とは何かについて細か く解説していこう。

1.「ものづくり屋」ではなく「テック企業」である

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 D2C ブランドと伝統的ブランドの差異を如実に表しているのがデータサ イエンティストの存在だろう。

 一定以上成長した D2C スタートアップには、データサイエンティストが 数十人はいる。社員の 10 ~ 20% にあたる規模だ。

 Warby Parkerでデータサイエンスチームを率いていたカール・アンダーソンによる『Creating a Data-Driven Organization』(未邦訳)という本では、顧客データの分析が、マーケティングや出店計画など経営の主要な意思決定に際し、いかに重要な役割を果たしているかが語られている。

 一方で、伝統的なアパレルブランドでは、どれだけ規模が大きくとも、 データサイエンティストが 1 人もいない会社が多い。

 D2C ブランドはもちろん、ものづくりの会社ではあるが、もの自体のク オリティだけを必ずしも競争優位性の源泉とはしていない。D2C ブランド はものづくり企業として見るより、テック企業として見た方がその本質をよ り深く理解できるだろう。

 D2C ブランドは創業当初から大量のエンジニアや、SNS マーケティング のプロを揃える。データ分析や SNS を通じたコミュニケーションを積極的 に行い、また、それぞれの施策の結果を細かくデータを取り分析していく。 グロース手法や、使用する KPI もテック企業のそれに近いことが多い。

 店舗展開の戦略にもデータがふんだんに使用される。

 店舗の設置は、自社ブランドの名前が検索されたロケーションのデータに 基づいて行われる。また、顧客とのコミュニケーションも Web サイトや SNS を通してなされる。独自のソフトウェアを開発し、需要予測に基づいて 材料の発注や製造なども行っている。

2.「間接販売」ではなく「直接販売」する

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 D2C ブランドは、E コマースだろうが店舗だろうが、顧客とダイレクトに 対話する。

 ブランド立ち上げの直後(場合によっては立ち上げ前)から、顧客と直接コミュニケーションを取り、間に広告代理店などは挟まない。Twitter や Instagram を活用しダイレクトなインタラクションを重ねながら顧客のロイ ヤリティを高め、ブランドのファンになってもらう。

 そうして、オンラインでのプレゼンスをベースにしながらも、リアル店舗 を持つことが多い。すでにオンラインでデータが取得できているため、パー ソナライズされた接客が可能だ。「前回ご購入いただいたジャケットに合わ せやすいシャツです」といったコミュニケーションを、店舗をまたいで行う ことができる。

 顧客と直接関係を築くと、これまでの伝統的なブランドでは考えられない ほど、顧客のことを深く理解できる。「誰が何の商品をいつどこで買ったか」 などのデータがリアルタイムに入ってくるからだ。また、どのような検索ワードで自社のWebサイトに流入してくるかについての分析も、かなり丁 寧に行われている。

 一方、伝統的なブランドが百貨店などに出店した場合、どのような人がど
のタイミングで、どういった周期で商品を購入しているかなどの情報を得る
ことは難しい。アンケートや調査などを繰り返しながら、推理ゲームをして
いるような状態だ。

 E コマースだろうが店舗だろうが、顧客とダイレクトに対話する。ここに D2C の本質がある。

3.「高価格化」ではなく「低価格化」を志向する

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 顧客とのダイレクトな関係構築はコストにも直結する。

 Warby Parkerが市場に参入した当時、アメリカではメガネはレンズ込みで 300 ドルくらいで販売され、日本の JINS や Zoff のようなデザイン性が高くかつリーズナブルな価格帯のブランドは存在しなかった。原価数千円程度のメガネが、中間業者を何社も挟むことで、10 倍近くの価格になっていたのだ。

 Warby Parkerは、小売をまったく通さず直販を徹底することで、99ドルのメガネを実現。マットレスの Casper やスーツケースの Away も基本的には同じ考え方で、中間コストを排しクオリティの高い商品を既存ブランドよりはるかに安い価格で展開している。

 D2C はブランディングにこだわるが、そのブランド価値をそのまま価格 に転嫁し、値段を吊り上げようとは考えない。ここに伝統的なブランドとの 大きな差がある。

 とはいえ、D2C を矮小化して解釈し、単なる「中抜き、安価」と捉えてはいけないという点はあらためて強調しておきたい。D2C の本質は、中抜きにあるのではない。顧客とブランドの関係が質的に変化しているのだ。

4.「着実な成長」ではなく「指数関数的成長」を遂げる

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これまで Casper や Away の例で説明してきた通り、成功した D2C ブラン ドは、創業初年度 100 億円、次年度 200 億円、3 年目 400 億円といった、スタートアップの歴史を見てもあまり例がない指数関数的成長を達成してい る。これは、プロダクト販売という早期に売上が立ちやすい事業領域と、イ ンターネットという指数関数的成長を実現する仕組みの組み合わせによって 生まれたものだ。

 先に述べたように、デジタルネイティブである D2C は「インターネット ドリブンのブランド」とも言える。ブランドにインターネット的要素を組み 込むことで、SNS などを通じ一瞬でターゲット層の間で認知を広げ、インターネットサービスと同クオリティの優れた UX ですぐにトライアル・購入までの導線を張る。多くの D2C ブランドは、友達が Twitter でオススメしていた本を Amazon で買うときと同程度の、シンプルでシームレスな UX を実現している。

 VC からの資金が入っているのも D2C の大きな特徴だ。

 VC は、将来的に巨大なリターンをもたらす可能性がある企業にしか投資 をしない。これまで、マットレスやスーツケースを売っている企業は、インターネット企業のような爆発的成長をすることはなく、VC が資金を投入す ることはなかった。しかし、そうした商材を扱う企業にインターネット的要 素(SNS での低コストの認知獲得、店舗などの初期コスト不要のモデル)が加わることで、短期間で爆発的な成長を期待できるようになった。

 こうした理由から、今や D2C はもっとも注目を浴びる投資分野の 1 つと なっており、VC からより短期的かつ急速な成長を促進するためのナレッジ や資金が大量に投下されている。

 もちろん、こうした爆発的な成長を志向せず、ゆっくりと着実な成長を目
指すことも可能だ。技術障壁が下がり参入障壁も低くなっているため、数百
万円の自己資金さえあれば、資金調達や借入れをせずともブランドの立ち上
げは可能だろう。

 しかし、技術障壁が低くなったからこそ、D2C ブランド間の競争は激化している。急成長をしなければ、次々と登場する競合に顧客の認知を奪われ、簡単に市場から淘汰されてしまう。

 2015 年に創業し Away の競合と目されていたスーツケースの D2C スター トアップ RADEN は、爆発的成長を志向せず、資金調達を最小限にとどめな がらビジネスを展開していた。しかし、VCマネーをテコに急成長する Away に太刀打ちできず、結局 2018 年にビジネスを畳むことになった。

 競争を勝ち抜くために急成長を志向する、というポイントは D2C ビジネ スを検討する上で重要となるだろう。

5.「プロダクト」ではなく「ライフスタイル」を売る

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 D2C ブランドはプロダクトを販売しているのではない。世界観やライフ スタイルを販売している。現代の顧客は “ 機能 ” だけではなく、“ 感情 ” を買おうとしている。

 たとえば、マットレスを販売する Casper を見てみよう。同社をより深く 理解したければ、Casper を「マットレス屋」と捉えてはいけない。
 CEO のフィリップ・クリムはこのように言っている。

“Nike made active lifestyles appealing and Whole Foods popularized healthy
eating, and we think the third pillar of wellness is sleep.”
「Nike は、運動をするアクティブなライフスタイルを魅力的なものにし、 Whole Foodsは健康的な食生活を誰もが手が届くものにした。運動、食事 に加えて、睡眠がウェルネスの第 3 の柱になる」

 Casper は、睡眠を通じて新しいライフスタイルの実現、さらに言うと、 新しいカルチャーの創出を目指している。

 実際に Casper の店舗を訪れると、いかに彼らがライフスタイル全般に配 慮しているかがわかる。

 ニューヨークのソーホーにある旗艦店舗に一歩足を踏み入れると、ベッド
ルームを再現した巨大なブースがいくつも用意されている。そこでは、シン
プルで飾らないインテリアの中にベッドとマットレスが置かれ、枕やペット用のマットレスなどもあつらえられている。また最近はマットレスという枠
を越え、寝室専用の照明もリリースした。

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 加えて、Casper が発行している雑誌『WOOLLY』では、自社のプロダク トについては一切触れられず、ヨガやウェルネス、睡眠、健康などのテーマ で、クオリティの高い多数のグラフィックに彩られた、長文の記事が続く。

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 またニューヨークでは、The Dreameryという昼寝専用スペースもオープ ンした。広々とした空間内にベッドが点在し、25 ドルで 45 分昼寝すること ができる。予約は Web サイトから可能だ。

 Casper では、マットレスというプロダクトではなく、“ 睡眠 ” を中心とし たライフスタイルが売り物になっていることがわかるだろう。

6.「X 世代以上」ではなく「ミレニアル世代以下」をターゲットとする

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 D2Cは「小売のミレニアル世代化(Millennialization of Retail)」とも言われる。

 ミレニアル世代とは、1980 年代から 1990 年代後半までに生まれ、2000 年代に成人あるいは社会人になる世代のことを指す。ミレニアル世代は、ア メリカではその人口の多さから、ファッションスタイル、学歴、デジタルの 活用、労働観など新しい価値観を創出する世代と言われる。

 これまでの古いユーザー体験やコミュニケーションに慣れた世代ではなく、デジタルの発達とともに育ち、新しい消費の価値観を持ったミレニアル 世代に対してものを届けていく。D2C のイノベーションを考える上ではこの「対象マーケットのシフト」も非常に大きなポイントだ。はたして、ミレニアル世代とはどういう世代なのか、少しここで見てみよう。

厳しい懐事情
 D2C の震源地アメリカでは、ミレニアル世代は、新卒としての就職のタイミングでリーマンショックが起き、長年にわたる就職難と失業を経験している。キャリア開始時期と不況が重なり出だしでつまずくと、後から遅れを巻き返すのは非常に難しい。彼らはリーマンショック以降に 10 年ほどキャリアを積み重ねてきたが、ベビーブーマー世代(おおよそ 1945 ~ 1964 年生まれ)、X 世代(おおよそ 1965 ~ 1980 年生まれ)といった上の世代と比較し、まだまだ所得水準が低い。

 ミレニアル世代の資産は、X 世代の 2001 年時に比べて 40%、ベビーブー マー世代の 1989 年時に比べて 20% 少ない。多くのミレニアル世代は家を買 うほどの稼ぎもなく、株式投資をする余裕もないため、過去 10 年の株価上昇の恩恵にあずかることもできなかった。数千万円の学生ローンを抱えてい る人も珍しくない。

 ミレニアル世代の消費の特徴が倹約的、慎重と言われるのはこうした経済 状況が大きく影響している。D2C ブランドの安価なプロダクトがミレニアル世代への大きな訴求点となっているのは、こうした彼らの厳しい懐事情も影響している。

デジタルへの感度
 ミレニアル世代は、小さい頃からパソコンやスマートフォンを持ち、必ずしもテレビを情報取得の第一手段としない。ネットで洋服を買う、動画を観る、知らない人とチャットするなど、自分たちの上の世代が躊躇することに
まったく抵抗を感じない世代だ。

 また、彼らは SNS を通じて情報を発信する第一世代でもある。デジタル の世界では、顧客が発する情報量がブランド自身が発する情報量を上回る。

社会的意義の重要視
 ミレニアル世代はもっとも教養のある世代でもある。この世代は 10 人に 4 人が大卒。10 人中 2.5 人が大卒者のベビーブーマー世代、10 人中 3 人の X 世代を大きく上回る。彼らは教育の過程で社会問題や環境問題に多く触れて きたこともあり、「リサイクル」や「ダイバーシティ」など倫理・環境など に配慮したブランドを好む傾向にある。また、そうした社会的意義に配慮し ているブランドにはより多くのプレミアムを払う、と多数のデータが実証し ている。

日本のミレニアル世代との違い
 バブル期の前後で採用数を上下させたことで会社の人材ピラミッドがいび
つになったことへの反省もあったのだろう。日本の大企業はリーマンショッ
ク後にアメリカほど極端に採用数を絞りはしなかった。

 また、日本は長らく続くデフレの影響で「安くていいもの」にあふれてい
る。日本は、ユニクロや無印良品など、リーズナブルな価格で、品位すら感
じさせるデザインのものを手に入れることができる数少ないマーケットだ。

 こうした違いから、アメリカの成功モデルをそのまま日本市場に取り込む ことはできないだろう。アメリカの D2C ブランドとは異なる価格戦略・ブ ランディングが必要となるはずだ。このテーマは 6 章で掘り下げたい。

7.「顧客」ではなく「コミュニティ」として扱う

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 D2C ブランドの顧客を “ 顧客 ” と呼ぶのは適切ではない。D2C ブランドは 顧客を、一緒にブランドを始め、育てていく “ 仲間 ” のように扱う。

 Casper には、常に睡眠データをトラッキングできる 15,000 人もの顧客データベースがある。そして、顧客は睡眠データをただトラックさせてくれるだけではない。彼らは「新製品を試してみたが、これまでの製品と比べてここがダメだ」などのフィードバックを絶えず送ってくれる。また、新製品のプロトタイプを使用し、その感想や改善案も送ってくれる。

 彼らは Casper の熱烈なファンでもあり、新製品が出れば、積極的に口コ ミで広めてくれるし、イベントにも積極的に参加する。彼らの存在は、顧客というよりマーケターであり、共同開発者であり、エヴァンジェリストでも ある。このように顧客の一部をコミュニティ化し、そのコミュニティからの フィードバックを得ながら「製品開発チームの一員」のように扱うのは、 D2C ブランドが得意とする開発方法だ。

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はじめに
1章 D2C が生んだパラダイムシフト
2章 「機能」ではなく「世界観」を売る
3章 「他人」ではなく「友人」に売る
4章 D2Cの戦略論
5章 D2Cを立ち上げる(スタートアップ・ 大手ブランド・大手小売)
6章 D2Cの先にあるもの
おわりに